暗闇の向こうでユラユラと動くものが見える。
「桃ッ!
こちらに向かって来ていますよ!
白装束の女ッ!
絶対、白装束の女ですよ!
怖っ。目茶苦茶怖っ」
「え?
ちょっと、お嬢。落ち着いて。
頭から毛布を被っているお嬢の格好の方が怖いんだけど」
「ほら。
ノーイ、ノーイ言ってるじゃないですか。
ノーイ、ノーイって、何?
鳴き声?
ノーイ、ノーイ言いながら、こっちに近づいてる。
ギィャアアア!」
「あッ。お嬢、待っ……!」
あまりの恐怖に、私は桃を置いて猛ダッシュした。
ノーイ、ノーイという声が私を追い掛けているのが分かる。
桃、ごめんね。
私が白装束の女に呪われたせいで、桃が犠牲になってしまった。
私、桃の分まで頑張って逃げるから。
『ノーイ』
「ヒッ!
ノーイさん、成仏してください」
『ノーイ』
「ギャァァァァ!」
白装束のノーイさんに毛布を剥ぎ取られ、私はその場に崩れた。
「ノーイ、お嬢。大丈夫?」
「……え?」
そっと見上げると、毛布を持った青田が不思議そうな顔をして立っていた。
「青田……?
青田がノーイさんなの?」
「え? ノーイさんって、誰?」
「いえ。
青田がノーイノーイ言いながら追い掛けて来るから……」
「あー。停電になったから、僕の部屋にキャンドルを取りに行ってね。
リビングに戻る途中、桃と毛布の塊が見えたからオーイって呼んだけど、突然、毛布の塊が桃を突き飛ばして猛スピードで走り去ろうとしたから、心配になって追い掛けたんだ」
「じゃあ、ノーイノーイって……」
「オーイがノーイに聞こえたのかな?」
青田が小さく笑った。
「じゃあ、桃は……?」
「お嬢!
いきなり突き飛ばすなんて酷いじゃん!
もう二度とトイレに付き合わないからね!」
廊下の向こうから、怒りながら桃が来た。
「ご、ごめんね、桃。
ご無事で何より」
今世紀最大の恐怖を味わった私は、再び毛布を頭から被り、青田と桃と一緒にリビングへ向かった。
「……ところで青田。
何故、白装束のような着物を着ているのですか?」
「ああ。これ?
停電でエアコンも切れて暑いから、キャンドルを取りに行ったついでに浴衣に着替えたんだよ。
この浴衣、今年の盆踊り用に誂えたんだけど。どうかな?」
青田が私の隣で、くるっと回ってみせた。
「……。
暗くてよく分かりません」
リビングに戻ると、真っ暗な中、白石と黒川がソファーに座っているのが見えた。
「暑いな……」
暗闇から、暗黒大魔王のような黒川の低音ボイスが響いた。
暗黒大魔王のくせに暑さに弱いのか……。
「キャンドル、沢山持って来たよ」
青田が部屋中にキャンドルを置きながら、火を灯していった。
「青田……。
一体何本立てるつもりですか?
あ、これ良い香り」
「アロマキャンドルだからね。
せっかくだから、この暗闇を楽しもうよ」
生前、爺ちゃんが海外から送りつけてきたアンティーク家具で揃えられたリビングが、キャンドルの灯りで良い雰囲気になった。
おお。
まるでお伽噺に出てくるお姫様の部屋みたい。
私は頭から被っていた毛布を、ドレスのスカートのように腰に巻き付けた。
「白石王子、私の事をプリンセスと呼んでください」
「絶対嫌です」
「もう……。
白石王子はイヤイヤ王子ですね。
仕方がありません。
黒川王子、私の事をプリンセスと呼んでください」
「プリンセス」
ギャッ!
何という破壊力!
は……、恥ずかしい……。
黒川、何で恥じらいもなくさらりと言えちゃうの?
背筋がゾワゾワする。
ん?
黒川、今なら何でも言ってくれるのかな……。
ならば、日頃言われない言葉で黒川に褒めちぎってもらおう。
心のデトックスだー!
「黒川王子。
『数学のテストで百点獲って偉いゾッ☆頑張ったな!』
って、言ってもらえませんか?」
「お嬢。何、馬鹿な事を言っているのですか?
昨日返ってきたテストの点数を見ていないのですか?」
「ノォォォオ!」
黒川が口を開く前に、白石の邪魔が入った。
心のデトックスどころか、白石の毒舌が心に突き刺さってボロボロにされる。
「嵐が鎮まるまで時間がありそうですし、今からテストの答案を見直したらどうですか?」
「テストは黒川の部屋の天井裏の奥の方に仕舞ってありますから、こんな暗闇で探すのは大変ですよ」
「大丈夫です。
今朝、天井裏の掃除をして今ここに……」
「ノォォォォオ!」
白石がシャツのポケットから答案を取り出そうとしたので、慌てて白石に飛びかかり、テストの答案を奪った。
「こ、こんな薄暗いところで見たら視力が悪くなりますよ?
テストは電気がつくようになってから、じっくり見直しましょう。ねッ?」
「お前……。
また俺の部屋に隠したのか」
『カッ!』
「ギャッ!」
黒川の怒りを表すかのように、また稲妻が光った。
「か……、堪忍してくだせぇ、黒川様……」
「……。
全く……。
仕方がありませんね……」
白石が深い溜め息つく。
そんなやり取りをしている間も、青田は黙々とキャンドルを立てていた。