「青田。
キャンドルを立て過ぎではないですか?
一酸化炭素中毒を起こしそうで怖いのですが……」
「部屋の広さに対してこの本数ならば、一酸化炭素中毒になる確率は限りなく無に等しいですよ」
「白石。
無に等しくてもゼロではないのでしょう?
宝くじは当たる確率が限りなく低くても、当選する人は必ずいるのですから。
青田。その白い蝋燭、まさか仏壇用のものではないですよね?」
「ん? 墓参り用の蝋燭だよ?
買いだめしておいたのがあったからねー」
「ちょっ……!
その蝋燭、何本立てました?」
「何本立てたかなんて、いちいち数えてないけれど……。
あ。箱に百本入りって書いてあるね。
未開封だったから、これで百本目かな」
「ギャッ!
あ、青田……。
何て事をしてくれたのですか……」
「え? 何が?」
「え? 何が?
じゃ、ありませんよ。
百物語でも始めるつもりですか?
本物のノーイさんが出てきたら、どうするつもりですか?」
百物語。
詳しい事は分からないが……。
白い蝋燭を百本立てて、順番に怖い話をしていく。
一つ話し終えるごとに一本ずつ蝋燭を消していき、百本目の蝋燭を消した時、世にも恐ろしい怪奇現象が起こるというアレだ。
「青田君。
確かに蝋燭を立てすぎですよ。
一酸化炭素中毒にならないとしても、安価な蝋燭には人体に有毒な物質が含まれている場合がありますし、蝋燭のススで部屋が汚れると困りますから」
そう言って、白石が白い蝋燭を吹き消した。
「ギャァァアー!
白石ッ!
何て事をしてくれたのですかッ!」
「は? 何ですか? お嬢」
「百物語を中途半端な状態で終わらせるなんてッ!
白石、呪われますよ? ノローイ、ノローイ」
「お嬢。お前、何て顔をしているんだ……。
お前の顔の方が、よほど呪われているぞ」
「まァッ! 黒川、酷いッ!」
「折角だから、怖い話でもしてやろうか?」
黒川が私を見てニヤリと笑った。
「け……、結構ですッ!」
「黒川君。
お嬢を怖がらせてどうするの。
またトイレに行けなくなったら面倒なんだけど」
「昔、あるところに……」
桃が溜め息をつきながら言ったが、黒川はお構いなしに話し始める。
「わーわーわーわーわー!」
私は両手で耳を塞ぎ、大声を出した。
「お嬢。うるさいですよ」
「だって、黒川が怖い話を止めようとしないから……」
「さち子という少女がいました」
黒川が構わず話し続ける。
ぬ? さち子?
何で私の名前?
「さち子には、美人で頭の良い『A子』という友達がいました」
黒川。
相変わらず、物語に惹き込むいい声をしているよね……。
「さち子は、美人で頭の良いA子の事を羨んでいました。
いつも『A子はいいよね。A子はいいよね』と、言っていました」
これって……。
さち子がA子を妬んで殺してしまうパターンですよね?
殺されたA子が怨霊になって出てきますよね? ヒィッ!
私は黒川が突然大声を出して驚かせてくるのに備えて耳を塞ぎ、目を瞑った。
「『A子はいいよね。A子はいいよね』」
黒川が声色を変える。
まさか……。
さち子が怨霊になるパターンですか?
「A『子はい』い、A『子はい』い=コワイ話だ」
は? え?
「く……、黒川?
もしかして、親父ギャグですか?」
「フハハハハ!」
『カッ!』
「ギャッ!」
黒川が得意気に笑うと、また稲妻が走った。
黒川、恐怖!
「あーあ。聞いて損したー。
黒川君のギャグ、めちゃくちゃ寒いんだけど。
青田君。このキャンドル、何本か借りていい?
お風呂に入りたいから」
「いいよ。
沢山あるから、何本でも持って行って」
「桃。こんな非常時に、お風呂に入るのですか?」
「うん。
真っ暗で退屈だし、お風呂に入って早めに寝るよ」
「でも、お風呂も真っ暗ですよ?」
「だからアロマキャンドルを灯して入るんだよ。
ほら。海外ドラマなんかでよくやっているでしょ?
ロマンチックだと思わない?」
確かに……。
海外ドラマに出てくるようなお風呂だと、ロマンチックかもしれない。
しかし、この屋敷の風呂は、銭湯や旅館の大浴場のようにだだっ広く、壁一面に見事なアンデス山脈とコンドルが描かれている。
そこに蝋燭を何本か立てただけで、ロマンチックになるのだろうか。
「じゃあ、行って来るね」
そう言って、桃が部屋から出ていった。
……あれ?
そういえば、赤井の姿がない。