番組は雪男を探すため、捜索隊がチョモランマの頂点を目指していた。
途中、捜索隊の一人が雪男の体毛らしきものを発見。
「いよいよ雪男発見ですね!
うー。緊張してきました」
「どうせ、犬か猿の毛でしょう」
「シャラップ、白石」
結局、捜索隊は何も遭遇することなくチョモランマを後にした。
持ち帰った雪男の体毛らしきものを分析した結果、捜索隊隊員の愛犬メリーの毛だったことが判明した。
「あー。そう言えば、隣の二階堂さんが最近ポメラニアンを飼い始めてね」
ほらほら。
青田のどうでも良い話が始まりましたよ。
「あの猫好きで有名な二階堂さんが犬を飼い始めたから、不思議だなと思って本人に理由を聞いたらさー。
それが面白いんだよ。フフッ」
二階堂さんが猫好きで有名って、どの界隈で?
私など全くの初耳ですが。
先に『面白い』と言ってハードルを上げてしまって大丈夫なの? 青田。
思い出し笑いまでしているし。
「おー。理由は何だ?」
赤井、興味津々だな……。
オチを聞いて後悔するよ?
絶対に!
「二階堂さん、ポメラニアンを猫だと思っていたんだって!」
「アハハ!」
いやいや、赤井。
その話に爆笑ポイントは見当たりませんよ?
もう良い。テレビに集中集中。
番組は『世界の恐怖映像』コーナーに変わった。
遠くで白装束姿の女がカメラの方を見てニヤリと笑い、四つ這いでカメラ目掛けて走ってくる。
「ヒィィィィッ!」
映像が大きく振れ、画面が真っ暗になったと思った瞬間、白装束の女の顔が画面一杯に映った。
「ギャァァァァ!」
「ちょっとお嬢、耳元で叫ばないでよ」
「ご、ごめんね、桃。
恐怖映像が怖すぎて。
今、右肩が重くなったような気がしますが……。
これって白装束の女の呪いでしょうか?」
「作り物の映像に呪いなんかあるわけないでしょう」
白石が私の背後で溜め息をつきながら言った。
「ム! 白石。
どうしてこの映像が作り物だと断言できるのですか?」
「映像は白装束の女の顔がアップになったところで終わっていますよね?
都合良すぎませんか?
白装束の女や撮影者が、その後どうなったのかが映っていないのは不自然です」
「撮影者が気絶してしまったのかもしれないじゃないですか」
「撮影者が気絶してもカメラは気絶しませんし、録画モードになっているのなら、勝手に撮り続けていますよ」
「途中で映像が振れていましたよね?
その時カメラが落ちて壊れてしまったのではないですか?」
「落ちた衝撃で壊れてしまったのなら、カメラが落ちた後、白装束の女の顔がアップで映るのはおかしいですよ」
「……」
青田も白石も『お喋りコーナー』に配置したのに、まるで効果なし!
気を取り直してテレビを見ていると、突然、尿意が私を襲った。
「あ……、あの……、桃……。
い、一緒にトイレに行きませんか?」
「えー? ボク、絶対お嬢のトイレに付き合わないって言ったよね?」
「はい。言われました。
だから事前にトイレは済ませておいたつもりだったのですが、青田が振る舞ってくれたお茶に利尿作用があったようで……。
今、とてつもない尿意が襲ってきているのです」
「お嬢。品位に欠ける言葉を発するのを止めてください」
「白石。今の私に品位を求めても何も出ませんよ?
出るのは尿ぐらい……」
「うワァァァ!」
「今の私の膀胱は破裂寸前……」
「うワァァァ!」
白石が自分の耳を塞ぎ、大声で叫んで私の言葉を遮った。
「もう! 二人ともうるさいよ。
お嬢。トイレに付き合うのは今回限りだからね!」
「ありがとう、桃ッ」
毛布を頭から被ったまま桃にしがみついて、屋敷の長い廊下を歩いた。
「うー。
この廊下、何でこんなに薄暗いのでしょうか?
廊下の灯りだけでもLED電球に替えてくれないかな……」
「えー? この屋敷、全てLED電球に替えたって黒川君が言ってたよ?
廊下はムードを出すために敢えて暖色系の電球を選んだんだって」
黒川め。
この屋敷を自分好みに変えて、暗黒帝国でも創るつもりだろうか……。
無事トイレを済ませて再び桃にしがみつき、リビングに戻る途中、屋敷の外で大きな音がして廊下の電気が消えた。
「ヒィッ!」
「あー。停電だね」
「く……、黒か……、か、雷オヤジの呪いですよ!」
「は? え?
ちょっ……、ちょっと落ち着いてよ、お嬢。
痛い痛い。
そこ引っ張らないで。首が絞まるから」
暗闇の中、屋敷中の窓がガタガタと鳴る。
まるで白石と一緒に入った、遊園地のスプラッターハウスのようだ。
「も、桃ッ。
もし、この屋敷の中に殺人鬼がいたらどうしよう。
黒川達、既に殺されてるかも……」
「大丈夫だって。
この屋敷のセキュリティは意外としっかりしているから。
それに、もし殺人鬼が屋敷の中にいたとしても、ホラー映画とかで一番始めに殺されるのは、大抵、お嬢みたいなお調子者キャラだからさ。
お嬢が生きているうちは黒川君達も生きてるって。ね?」
「私が……、一番に……、殺される……」
「違う違う。
そういう意味じゃなくて……。
あー、もう。
お嬢、早くリビングに戻るよ」
恐怖のあまり白目を剥いている私の腕を、桃がぎゅっと掴んで引っ張った。
「桃……。この屋敷の廊下、長すぎませんか?
普段は何とも思わないのに。
むしろ、スライディングや側転の練習に調度良い長さなのに……」
「別に長すぎると思った事はないけど……。
停電で暗くなっているし、お嬢が目を瞑っているから、そう感じるんじゃない?」
「桃……。この長い廊下の向こうに、先ほどテレビで見た白装束の女がいたらどうしますか?」
「ちょっと、お嬢。
今、そんな事思い出さないでよ。
もっと楽しい事考えて。
ほら、何かない? 最近あった面白い話」
「面白い話……。
そう言えば、隣の二階堂さんが買ったばかりのサングラスを無くしたと言っていたので、一緒に探すのを手伝っていたのですが、一向に見つからなくて。
二階堂さんも諦めると言ったから、屋敷に帰ってきたのですが」
「うんうん」
「サングラスを探している時にホコリまみれになったので、白石に目茶苦茶怒られて、仕方なくお風呂に入ったのですよ」
「うんうん、それで?」
「お風呂から出て、喉が乾いたからキッチンに行ってジュースを飲もうとしたら、キッチンで夕食の準備をしていた黒川に、畑から大根を一本取ってくるよう頼まれて」
「お嬢……。その話、長いの?」
「あと少しで終わります。
大根を抜くため裏の畑に行ったら、青田がサングラスを掛けて畑の手入れをしていたのですよ」
「あー……」
「青田に、そのサングラスどうしたの? って聞いたら『二階堂さんが買ったばかりのサングラスを自慢してきたから少し貸してもらったら、畑仕事に調度良くて返すのを忘れてた。アハハ!』と、笑っていました」
「……。お嬢。
もしかして、それがオチ?
全然面白くないんだけど……」
「そうですよ?
青田が登場する話に、面白い話などありませんよ?」
「だったら、何で今したの!」
「だって、怖さを……。
……! 桃ッ!
廊下の向こうに何かがいるッ!」