黒川達が屋敷から出ていくのを見送った後、私は佐藤ミサ達を迎える準備を始めた。


自分の部屋の鏡の前に立つ。


こんな格好をしていたら、また馬鹿にされるかな……。


鏡に写った私は、毎度お馴染みのジャージー姿だ。


せめてスカートぐらい履いた方が良いだろうか。

でもスカートなんて制服ぐらいしか持っていないし。


桃の服を借りようか……。

いや、勝手に黒川以外の部屋に入ったら駄目だ。

 
仕方がないので、制服に着替えた。


キッチンへ行き、冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を出す。


こんな時はオレンジジュースより紅茶を用意した方が良いのかもしれないけれど、紅茶の淹れ方が分からない。


毎日飲んでいるのに……。

黒川が淹れてくれるのが当たり前になっていた。


そう言えば、佐藤ミサが友達を何人連れて来るのか聞いていなかったな……。

三、四人ぐらい?



食器棚から適当にグラスを取ってトレーに乗せ、お菓子を探した。


カウンターの隅にチーズケーキが置いてある。

 
きっと黒川が、お茶の時間に皆で食べるために焼いたのだろう。


チーズケーキはカウンターに置いたまま、煎餅が入った箱をトレーに乗せて、自分の部屋に向かった。


松田先輩達を招いた時に使った応接室の方が広いけれど、佐藤ミサの友人が来た痕跡を残さないようにするため、自分の部屋に来てもらおう。



……そうだ。

カラオケセットも用意しなければ。



倉庫として使っている部屋から古いカラオケセットを引っ張り出して、自分の部屋に運んだ。



ぐ……。重い……。



配線が分からないな……。



コンセントを挿してカラオケセットをいじっていると、庭先のチャイムが鳴った。



「佐藤ミサだ……」



庭先に出ると、門の向こうに佐藤ミサと二人の男が立っていた。

え……。友達って……、男だけ?



「ジャージー。
 早くここを開けてよ。

 何、ボサッと突っ立ってるの?」



「え……。あ……、うん」


ボタンを押して門を開けると、佐藤ミサ達が入ってきた。



「スゲー。
 想像していた以上に広いな。

 ジャージーちゃん、金持ち学園の制服着てるし」



金髪の男が、庭の広さに驚いている。



「ジャージーちゃん。
 何でジャージーって呼ばれてるの?

 ジャージーってジャージー牛のジャージー?」


「え……。
 牛ではなくて……」



耳にピアスをした男に質問され戸惑っていると、佐藤ミサがクスッと笑った。



「ジャージー。

 いつもジャージ姿だからジャージーなのに。

 制服なんか着て、どうしちゃったの?

 『私は金持ち女子高生です』ってアピールしてるの?」



「そ……、そんな事ありません……」



……格好悪い。



恐らく佐藤ミサに、男友達が来るのを期待して頑張ってお洒落をしたと思われている。



「ミサ。意地が悪いな。

 ジャージーちゃんが可哀想だろー?」


「……!」



ピアスの男が私の肩に手を置いた瞬間、背中がゾクッとした。



「フフッ。

 ジャージー。顔、真っ赤だよ?」



嫌だ……。



松田先輩達をこの屋敷に招いた時も緊張したけれど、それとは全く違う、心地悪い緊張感が走る。



「あの……。
 体に触れないでいただけませんか?」



「フッ。気取っちゃって」



肩に置かれたピアスの男の手から逃れるために身をよじると、佐藤ミサが鼻で笑った。


早く帰って欲しい……。



黒川達に言わなかったことを後悔しながら、自分の部屋に案内した。





オレンジジュースをグラスに注ぐ手が震える。



佐藤ミサ達は椅子に座り、テーブルの上の煎餅の箱を開けた。



「えー? 煎餅?

 ジャージー、ケーキか何か無かったの?」



「ありません」



「ふーん……。

 まあ、黒川サン達に秘密にしているから仕方がないか」


「……」



「お。女子高生の部屋にカラオケセットがある。

 ……知らない歌ばっかじゃん。

 演歌?

 ジャージーちゃん、渋いねー」



ピアスの男はしばらくカラオケセットをいじっていたが、途中で飽きて、また席に着いた。



「じゃあ、そろそろ私達は帰ろうか」



オレンジジュースを飲み干した佐藤ミサと金髪の男が立ち上がった。



「え?」



「じゃあ、
 ジャージーの事、よろしくね」



佐藤ミサと金髪の男が、ピアスの男の肩をポンと叩いて部屋から出て行こうとした。



「え?
 佐藤ミサ、一体どういう事?
 あ、……待って」


「ジャージーちゃん。
 アイツら付き合っているから」


「……!」


佐藤ミサを引き止めようとする私の腕を、ピアスの男が掴んだ。

 
それを見た佐藤ミサはクスッと笑い、部屋から出て行った。



「ジャージーちゃん、
 ちょっと落ち着いて」



「は……、離してください。

 貴方も佐藤ミサと一緒に帰ってください」



「えー?
 まだ何もしていないのに追い出すの?」



「何もって……。

 オレンジジュースを飲んだから、もういいですよね?

 この煎餅、箱ごと差し上げますから。帰ってください」


「ジャージーちゃん」



ピアスの男が掴んでいた私の腕を引き寄せた。


「ぎゃぁあああー!」



ピアスの男の顔が近い!
近すぎる!



「ギャーって……。

 そんな反応をした子、初めてなんだけど……」



「か、帰ってください」



「嫌だ。
 ……って言ったら?」



ピアスの男が笑う。



「黒川が……、執事達がもうすぐ帰って来ますから。

 貴方が大変な目に合いますよ?」


「執事がこの屋敷から居なくなる時間を選んで、俺らを呼んだんだろう?」



「既に助けを呼んでいますから……。

 あ……、あと三分で帰って来ます」



「三分? ハハッ!

 携帯も持っていないのに、どうやって助けを呼んだの?

 なら、三分以内に助けが来るか掛けようよ」



ピアスの男が語気を強めた。

……怖い。

 

ピアスの男に腕を掴まれたまま、体がすくんで身動きが取れなかった。



「く……、黒川は柔道も剣道も書道も空手も有段者です」



「何? 突然」


「白石は口喧嘩で負けたことがなくて……。

 相手の痛いところをジワジワ責めて、精神的にやられます。

 二度と立ち直れないぐらい。徹底的に」



「だから何?」



「青田は華道の師範代で。

 華道を馬鹿にしてはいけませんよ?

 剣山やハサミを持っているのですから」



「ハハッ!」



「赤井は倒れても何度も立ち上がってきます。しつこいぐらいに。

 桃だって、普段は女の子みたいな格好をしていますが、私の後ろに隠れるような事は絶対しません」



「ジャージーちゃん、涙目になっているよ? 大丈夫?」



「だから、早く帰ってください」


「あ。約束の三分だ。

 いくら最強の執事でも、この場にいなければ意味がないよね?」



ピアスの男が私の両肩をぐっと掴んだ。


私は怖くなって、ぎゅっと目を瞑った。



助けて……。

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