「ねぇ、ジャージー。
私の友達を紹介する日、
いつにする?」
家庭教師の佐藤ミサは、相変わらず今日も私に勉強を教える気は無いようだ。
「ああ、そうですね……。
来週の日曜日辺りなら、黒川達もこの屋敷にいますし、お客様を迎える準備をしてもらえるんじゃないでしょうか?」
「は?
何でこの屋敷で会うことになってんの?」
「え?
何処かへ行くつもりなのですか?
一体何処へ……」
「当ったり前じゃん。
普通はカラオケとか居酒屋とか行くよね?」
「居酒屋って……。
私、未成年なのですが」
「じゃあ、カラオケで決まりー!
来週の日曜ね!」
「いやいや、待ってください。
カラオケボックスは悪の巣窟だと黒川が言っていました。
そんな恐ろしい所、絶対行きませんよ」
佐藤ミサがクスクス笑った。
「ジャージー。
アンタ、黒川サンに騙されてるよ?
カラオケボックスが悪の巣窟なわけないじゃん」
「いえ。
この間、黒川の忠告を無視してファミリーレストランに行ってみましたが、非常に危険な場所でした。
そもそも私はカラオケボックスに行くお金も持ち合わせていませんし」
「カラオケ代ぐらい、男に奢ってもらえばいいじゃん。
私、一度もお金を出したことが無いよ」
「佐藤ミサなら、お金を払ってくれる男がいるかもしれませんが、私にお金を払う男などいませんよ。
いたとしても、下心がありそうだから危険です」
「ジャージーに下心?
そんな奴、いるわけねーだろ。
アハハ!」
佐藤ミサ、相変わらず失礼な奴だな。
もう慣れてしまったけれど。
「とにかく私はカラオケボックスなど行きませんから。
あ。カラオケがしたいのなら、屋敷の倉庫に爺ちゃんのカラオケセットがあったような……。
爺ちゃんしか使っていなかったから、演歌しか入っていないかもしれませんが」
「……。
じゃあ、この屋敷でいいよ。
屋敷に黒川サン達が居ない日って、いつ?」
「え?
黒川達が居たら駄目なのですか?」
「当たり前じゃん!
執事が居たら全然楽しめないよ」
「そんな事ありませんよ。
黒川はお菓子を用意してくれるし、トランプをするなら大勢の方が楽しくないですか?」
「はぁ? トランプ?
アンタ、いい加減執事離れしないと、相当ヤバいよ」
「ヤバい……、ですか……」
……分かっている。
高校生にもなって、友達と遊ばず黒川達とトランプをしているのがおかしい事ぐらい。
でも。初対面の人と、行ったことのないカラオケボックスに行くより安心安全。
お金を掛けず気を遣わず、何時間でも楽しめる方がいい。
「……。分かりました。
今週の土曜日は、黒川達は買い出しに行って、赤井と桃は部活でいませんから、その日でいかがですか?」
「オッケー。決まりー。
言っておくけど、黒川サン達には内緒だからね」
こんな事……。
黒川達の承諾を得ず、勝手に決めてしまって良いのだろうか。
でも……。
佐藤ミサの言う通り、執事離れしなくてはならないのも事実。
屋敷に佐藤ミサとその友人を招くことを黒川達に秘密にしたまま、約束の土曜日を迎えた。
買い出しに出掛ける黒川達を庭先で見送る。
「お嬢。本当に一人で留守番出来るのか?」
「黒川。私を一体いくつだと思っているのですか?
留守番ぐらい出来ますよ」
「お嬢。この間、新発売のお菓子をチェックしたいから買い出しに付いて行くと言っていませんでしたか?」
「あ……。えーっと……。
今日は疲れているので、新作チェックは来週にします」
「疲れているって……。
風邪を引いたのかな?
熱が上がるかもしれないから、一緒に留守番しようか?」
「青田、心配無用です。
しばらく寝たら、疲れなんて吹っ飛びますから」
「……。
そうか。
なら、大人しく寝ていろ」
「は……、はい。
行ってらっしゃい」
別に悪い事をするわけではない。
屋敷に人を招いて、お茶を飲むだけ……。
なのに、妙な罪悪感で黒川達の顔を真っ直ぐ見られなかった。