■ 伊藤ユリ モノローグ
〈鯉のぼりの一件から数ヶ月が経過した後、事件は起こった〉
〈あれは、義母の誕生日を祝いに実家に行った時のことだ〉
■ 伊藤家の前 (夫の実家) 昼
伊藤ユリは家族で義母の誕生日を祝いに実家を訪れた。
インターホンを鳴らすと、何故か義父だけが現れた。
義父「いらっしゃい、待っていたよ」笑顔を浮かべる。
ユリ〈あれ? いつもはお義母さんも一緒に出迎えてくれていたのに、今日はどうしたんだろうか?〉
夫「親父、お袋はどうしたんだ?」
義父「家の中にいるぞ。とにかく中に入りなさい」
義父に促されるがまま、家族は家の中に入って行く。
ユリ〈何か変ね?〉
■ 伊藤家 (夫の実家)居間 昼
義母は居間に居て、笑顔で子供たちを出迎えてくれた。
今日は多分、少し体調が優れなくて玄関まで来れなかったのだろう、とユリは思う。
ユリ「ほら、子供たち。今日はおばあちゃんに大事な用があったんじゃなかったの?」笑顔で子供たちに話しかける。
子供たちは笑顔を浮かべると、義母のもとに駆け寄っていった。
子供たち「おばあちゃん、お誕生日おめでとう!」そう言ってリボンのついた紙袋を義母に手渡す。
義母「あら、これは何かしら?」
ユリ「子供たちがお小遣いを出し合って選んだお義母様へのお誕生日プレゼントですよ。気に入ってくれるといいんですが」
義母は紙袋の中身を開けると、一瞬、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。
子供たちが贈ったのはエプロンであった。
義母「あら、これをおばあちゃんに? でも残念ね。おばあちゃんは沢山エプロンを持っているから、あんまりこういうのはいらないのよ」
その瞬間、ユリは顔を凍てつかせた。
ユリ〈え? 今、何て言ったの? 孫からのプレゼントを拒絶したの!?〉
義母「でも、皆、ありがとうね。おばあちゃん、大切にするから」笑顔を浮かべて子供たちに礼を述べる。
ユリ〈今のは何!? 冗談だとしても許せないわよ!?〉怒りに顔を歪ませる。
しかし、夫や義父は笑い声を上げた。義母の冗談だと受け取った様だ。
ユリ〈夫も義父も何で笑っていられるの!? そこは怒るところじゃないの!?〉夫をギッと睨みつける。
子供たちを見ると、戸惑った表情を浮かべていた。今、起きた出来事が理解出来なかった様子。
ユリは子供たちのもとに近寄ると、三人を抱き締めてやる。
ユリ〈結局、その日、私は事を荒立てたくないと思ってしまい、深く追求することはなかった〉
■ 伊藤家 (夫の実家) 寝室 夜
ユリたちはいつもの部屋で布団を敷いて寝る準備をしている。
子供たちは既に布団の中で寝ている。
ユリは先程のことを夫に尋ねた。
ユリ「あなた! お義母さんのさっきのあの態度は冗談では済まされないわよ!? 」
夫「何のことだ? ああ、プレゼントのことか? あれはお袋の冗談だよ」あっけらかんと笑って見せた。
ユリ「あれが冗談ですって? あなたは子供たちが動揺している姿を見て何とも思わなかったの!? 子供たちは少ないお小遣いを出し合ってお義母さんにプレゼントしたのよ? それをあんな風に言うだなんて、あんまりだわ!」声を潜めながら夫に詰め寄る。
夫「いい加減にしろ。お袋も最後にはありがとうって言っていただろ? なら、それでいいじゃないか。あんまりくだらないことで騒ぎ立てるんじゃないよ」不貞腐れた様に言って、夫は布団に潜り込む。
ユリ〈頼りにならない夫に怒りを覚えつつも、私は必死に怒りを堪えながら布団に入った〉
ユリ〈しかし、本当の事件は翌朝に起きるのである〉
■ 翌日 伊藤家 (夫の実家)早朝
ユリ〈私は家族や義父母の朝食の用意をしに、朝早くから一人で台所に行った〉
朝食の用意をしようとして、ふとゴミ箱の前で立ち止まる。
ユリの顔が驚愕に引きつる。身体がわなわなと震え出し、たちまち顔が怒りで歪む。
震えた手つきでゴミ箱の中に入っていた箱を掴み上げる。
ユリ「こ、これは、まさか……!?」表情が蒼白する。
ユリ〈ゴミ箱の中には、昨日、子供たちが義母にプレゼントした品が、紙袋ごと捨てられていたのだ〉
あまりにもショッキングな出来事に、ユリは震えが止まらない。あまりの怒りに叫びそうになる。
ユリ「許せない……子供たちの気持ちをなんだと思っているのかしら!?」
ユリ〈私は急いで夫の元に向かった。しかし、怒りのあまり事情を話せず、急用が出来たから今すぐ家に帰りたいとだけ告げた〉
夫「わ、分かった。それなら急いで子供たちを起こして帰る支度をしよう」ユリの剣幕に動揺した表情を浮かべる。
ユリ〈結局その日、私は義父母には挨拶もせず、家族と一緒に家路についた〉
ユリ〈しかし、この一件が後に大騒動を引き起こすきっかけになったことを、私はまだ知る由もなかった〉
■ 伊藤ユリ モノローグ
〈義母に対して腸が煮えくり返るほど怒り狂った私は、夫に事情を説明した〉
〈夫はきっと私と一緒に怒ってくれる、と信じていたのだが、私の想いは夫の怒声によって粉々に打ち砕かれたのだった〉
■ 伊藤ユリ 家 昼
今朝、実家で子供たちが義母に贈った品が無惨にもゴミ箱の中に捨てられていたことを夫に説明するユリ。
すると、夫は呆れ返った表情を浮かべると嘆息した。
夫「なんだ、そんなことか。くだらねえな」
ユリ「くだらない、ですって!? あなた、それはどういう意味!?」
夫「それはきっとお前の勘違いだよ。お袋がそんな酷いことをするわけはないだろう。多分、間違ってゴミ箱の中に紛れ込んだだけさ。お前はいちいち大袈裟なんだよ」
絶句するユリ。
怒りでユリの身体が震え出す。
ユリ「あなた、本気で言っているわけじゃないわよね?」顔を蒼白させる。
夫「もういいから黙れ! いいか? 適当に理由をつけて後でちゃんとお袋に謝罪の電話を入れておけよ? それと、二度とこんな馬鹿な真似はするな。いいか、これはお願いじゃない。命令だからな?」ユリを睨みつける。
ユリ〈謝罪? 何で私が義母に謝らなくてはならないの? 悪いのは私の方なの!?〉
ユリは夫を睨みつける。
ユリ「ちょっと待ってよ。どうして私が悪い風になっているの? 納得できないわ!?」
夫「オレの言うことが聞けないなら、とっととこの家から出て行け! 誰のおかげで食っていけると思っているんだよ。偉そうにオレの家族を侮辱する様なことは二度と言うんじゃねえ!」
ユリは絶句する。
ユリ〈あれ? だとしたら、私は家族じゃないっていうの? 実の子供にあんなことをされて、あなたは何とも思わないの? もしかして、あなたを家族と思っていたのは私だけなの?〉
夫は絶句して立ち尽くすユリを見て、チッと舌打ちする。
夫「ったく、面倒な女と結婚しちまったもんだぜ。こんなことなら、お袋の言う通り、別の女と一緒になれば良かったな」ユリに聞こえるようにわざとらしく声を上げる。
ユリ〈このクソマザコン男が! それはこっちのセリフよ!!〉
怒りのあまり、ユリは台所に向かう。
シンクに手をつくと、悔しさのあまり大粒の涙を零し始める。
ユリ「子供がいなかったら、あんたなんて即離婚してやったのに……!」悔しさのあまり身体を震わせる。
ユリ〈結局、私はそれ以後、義母に電話をすることはなかった。謝罪の電話もうやむやになり、夫とはギクシャクしながらも再び元の日常を取り戻すことになった〉
ユリ〈しかし、その数日後、再び事件が起こる〉
ユリ〈ある日、夫が仕事から帰って来ると、私にこんなことを言って来たのだ〉
夫「悪いけれども、七五三の衣装を出しておいてくれないか?」
ユリ「お義母さんたちが子供たちにプレゼントしてくれたもの? なんで?」
夫「お袋がちょっとだけ借りたいんだってさ。いいからお前はオレの言う通りに七五三の衣装を出せばいいんだよ。あ、それと、明日それを実家に送っておいてくれ」
ユリ〈義母が? いったい何の為に?〉
ユリ〈怪しいと思いながらも、私は夫の命ずるがまま、翌日、子供たちの大切な思い出がつまった七五三の衣装を夫の実家に送ったのだった〉
ユリ〈そして、悪夢のメールが義母から送られてきたのは間もなくのことだった〉