体育祭の朝がやって来た。



応援団の練習にも大分慣れてきたところで演劇部の入部はどうでも良くなっていたけれど、黒川の滅茶苦茶張り切っている姿を見るとやはり全力で勝たねばならないのだろう。



負けた時の黒川の要求が怖いッ。



体操服に着替えキッチンの前を通ると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってきた。



「黒川、おはようございます。

 今日の朝食は豪勢ですね」



「おはよう。

 これは皆の弁当分だ。

 朝食なら既に食卓に並んでいる」


「黒川。今日の戦いに勝つため、

 弁当に毒を盛ったりして
 いませんよね?」



「そんな事するわけないだろう。

 俺はお前を紳士的に叩きのめす!」





まあッ!

叩きのめすですって。



紳士が使って良い言葉なのかしら?





「黒川、
 弁当の味見がしたいです。

 一個だけ分けてくださいなー」



「味見って……。

 いつもと変わらないだろう?

 仕方がねーな」


黒川が小皿に卵焼きを乗せてくれた。



黒川が作る卵焼きは、

砂糖と塩のみで味付けされている。



砂糖を少し多目に入れるのがコツらしく、

そのほんのりとした甘さがクセになる。



うー。

食べたいけれど我慢我慢。



黒川が本当に毒を盛っていないか、

毒味をしなければ。



赤井と桃はチームメイトだから本当に毒が入っていた時の事を考えて毒味させられないし、白石は警戒心が強いから、なかなか食べてもらえないだろう。


「青田ー。

 青田のために弁当のおかずを

 こっそり盗んで来ましたよー。

 良かったら食べてください」



珍しく早起きして皆と一緒に食卓を囲んでいる青田の前に卵焼きを置いた。





「え?
 
 僕だけ? いいの?」



「プリーズ、プリーズ」



「折角お嬢が僕のために

 盗んできてくれたのだから、

 ありがたく頂こう。

 うん、美味し……、ウッ!」


青田は卵焼きを口に放り込むと、

突然うめき声をあげながら食卓に突っ伏した。





「ギャー! 青田ッ!

 死なないで青田!

 黒川ッ!

 やっぱり毒を盛っていましたね!」





慌てて青田肩を揺すると、

青田が私の腕をガシッと掴んだ。





「やっぱりって……、何……?」



「ヒィッ!

 ゾンビ青田ッ!

 誰か助けてー!」


青田が私の腕を掴んだまま、

白目を剥いてニタリと笑った。



ホラーだ。



ここから先、心臓の弱い方は閲覧注意。





「悪霊退散、悪霊退散……」





「お嬢、朝っぱらからウルサイ。

 早く朝飯食って学校へ行け」





弁当を作り終えた黒川が、私と青田のやり取りを見てもなお落ち着き払った様子で食卓に着いた。


「黒川ッ!
 黒川の毒盛り卵焼きのせいで、

 青田がゾンビ青田になったのですよ?

 殺人です、殺人。

 黒川が実行犯で私は共犯者ですよ?

 よく落ち着いてベーコンエッグが

 食べられますね」



「死んでいないのなら、

 殺人にならないだろう。

 責任持って

 ゾンビになった青田君の世話をしろ」



「ゾンビの世話の仕方なんか
 分かりませんよ」



「フッ……。アハハハ!」





私の腕を掴んだまま、ゾンビ青田が笑いだした。


「あ……、青田?」



「いやー。

 黒川君の作った卵焼きが大好物のお嬢が、

 食べずに僕の所に持ってきたから

 おかしいと思っていたんだ。

 やっぱり毒味だったんだね」



ヒィ!

青田、ゾンビは演技だったの?





腕を掴まれたままの私に、

ゾンビとは別の恐怖が襲ってきた。





「お嬢。

 今日はお嬢のチームを全力で潰すからね」


青田がニヤリと笑う。



一番本気になったら駄目な奴を

本気にさせしまった……。





青田の戦闘力がどれ程なのかは分からないが、

何をやらかすか見当もつかないのが

青田の一番怖いところ。





勝つためならば手段を選ばないだろう。





「あ……、赤井、桃。

 やっぱり出場を辞退してよろしいですか?」

「えー? 何言ってるの?

 青田君が本気で潰すって言っているんだから、

 こっちも本気を出さなきゃ!

 楽しみー!」



 

あ……。

終わった……。



いや、終わりの始まりだ。





嵐の体育祭が幕を開ける。

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