体育祭が始まった。





「さち子、
 次の出場種目はリレーだよ」



「ありがとう、エビちゃん。
 行ってきます」





うー。

白石が勝手にエントリーしたせいで、休む暇もない。



エビちゃんの指示通り、

出場種目に参加していく。

幸い、走るのは得意だ。



毎日、黒川に追いかけられているから、逃げ足と体力だけは自信がある。





今のところ全ての競技で一位を獲得している。



この調子で学園バーサス生徒対抗競技も勝たなくては。





「エビちゃん、
 次の競技は何ですか?」



「次の競技は部活対抗リレーだよ」



「あ、それも出場しなくちゃ。

 行ってきます」


部活対抗リレーは、部活のユニフォームを着て部活にちなんだ物をバトンにして走る。



美術部は筆をバトン代わりにしているし、サッカー部はサッカーボールをドリブルしながら走る。



相撲部はまわし姿で摺り足で進むので、とびぬけて遅い。



速さよりパフォーマンス重視の競技だ。



桃はチアのユニフォーム姿でポンポンをバトン代わりにして走るようだ。



桃、相変わらず可愛いな。



あ。演劇部は皆ドレスを着て、お姫様の格好をしている。



松田先輩、お姫様姿が似合うな。

いいな……。

来年こそドレスを着て走りたい。





突然、大きな歓声があがった。





何だ何だ?





歓声がする方に目を向けると、赤井達がエレキギターを持って登場した。



ん?

赤井って、
何部だったっけ?





赤井が観戦している女子に向かって何かを投げると、女子達が叫び声をあげながら、それを取り合う。



何だ?
どうしたんだ?

応援団は学ランを着て、バトン代わりに応援団旗と大太鼓を持って走る。





「ぐ……。竹田・先輩、重いです。

 旗か太鼓、どちらか一つで良いのではないですか?」



「さち子さん、
 応援団旗も大太鼓も応援団の魂だよ。

 試合中、応援団旗を降ろしたり地面に付けるのは絶対あってはならない事だから、気を付けて」





えー?

この旗、引きずったら駄目なの?



他の部活よりハンディが大きくないですか?

ただでさえ、強烈な臭いを放つ学ランのせいで呼吸がまともにできないのに……。





「さあ、頑張って」





背中に応援団旗と大太鼓を担がされ、スタートラインに着く。





「赤井、

 何故エレキギターを持っているのですか?」





隣に並んだ赤井に声を掛ける。





「あれ?

 言っていなかったっけ?

 俺、軽音部だから」


「知りませんよ。
 軽音部って何ですか?

 何だか美味しそうな名前ですね」



「は?

 どこら辺に旨そうな要素が
 入っているんだ?

 要はバンド部だよ」



「へー。

 ……で、

 赤井は何の楽器を担当しているのですか?」



「俺? ボーカルだけど」



「ボーカルって……、歌う人?」



「ああ。そうだ」





赤井。

いつの間にそんな活動をしていたんだ?


「赤井。

 先程、女子に向かって

 何かを投げていましたよね?」



「あー。ピックの事?」





赤井から小さな欠片のようなものを一枚受け取る。



赤井が投げていたピックとやらに、油性ペンでサインが書かれていた。





「このサインは……」



「もちろん俺のサインだぜ?」


赤井……。

自分のサインを配るとは……。



とんだ勘違い野郎だな。





「そのピック、
 折角だからお嬢にやるよ」



「は? いえ。

 こんな物を頂いても腹の足しには

 なりませんから結構です」



「アハハ!」





赤井にピックを返す前に、スタートの合図が響いた。



赤井がスタート音と同時にダッシュした。


「あっ。赤井、待って!

 う……、重い」



私も慌てて走ろうとするが、応援団旗と大太鼓に阻まれる。



他の部も一斉に走り出し、スタート地点はあっという間に相撲部と私だけになった。





「さち子さーん、頑張ってー」



第二走者の竹田・先輩が、遥か彼方で声援を送っている。





竹田・先輩……。

私、頑張れそうにありません。


竹田・先輩の言うとおり、応援団旗と大太鼓を一度も地面に付けず、竹田・先輩に渡した。



今の時点で既にゴールしている部活もあり、応援団はビリだ。





「竹田・先輩……。

 不甲斐ない結果ですみません」





私は悔し涙を流した。





「さち子さん、よく頑張ったね。

 応援団の魂を一度も降ろさなかった君は我が応援団の誇りだよ。

 後は僕に任せて」



「竹田・先輩!」

竹田・先輩から後光が射している。



人から『頑張った』と褒めてもらえるのが、こんなに嬉しいなんて……。



私の目から熱い涙がこぼれ落ちる。



竹田・先輩は、私から受け取った

応援団旗と大太鼓を担ぎ、颯爽と走っていった。





「竹田・先輩……」





竹田・先輩の背中の応援団旗が、天使の羽に見えた。

竹田・優しさ・先輩……。

貴方はやはり、天使だったのですね。

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