「お嬢、例の台本だよー」



桃が私の部屋に水色の冊子を持ってきた。



「何ですか? これは」



「えー、言っていたよね?

 先輩達をこの屋敷に招いた時の台本。

 お嬢、読んでないから読みたいって」



「あー。

 そう言えばそんな台本があると

 言っていましたね」



結局、私が鼻血を出して終了してしまったので、今更どうでも良いけれど。



「今、黒川君が

 第二話を物凄い勢いで執筆中だからさー。

 続きが楽しみ!」



「は? 第二話?

 失敗に終わったのに?」



「え?

 大体台本通りに

 上手くいっていたと思うけれど」



あれで台本通り?



黒川、

一体どんなストーリーを書いたんだ?



「じゃあボクは

 レポートを仕上げなくちゃいけないから。

 またねー」



桃が部屋から出て行った。



進学組は大変ですなー。



どれどれ、

折角だから黒川の書いた台本でも読みますか。




『愛は憎しみの果て

 ~裏切りの鳳仙花~(第一話)』





(何? この題名。



黒川、私が学校に行っている間、

昼ドラばかり見ていますよね?



昼ドラに影響されまくっていますよね?)







主人公(お嬢)……屋敷の主の後妻の娘。

 誰にでも優しく、素直で明るい性格。





(主人公って、私の事ですよね?

 フフッ。優しく素直で明るいって……。

 黒川、褒めすぎですよ)





主人公の兄(黒川)……主の先妻の息子。

 突然現れた腹違いの妹を憎み、

 屋敷から追い出そうとしている。

 主人公が幸せになる姿は見たくないので、

 主人公の恋愛を妨害する。



(兄者、私を憎んでいる設定だったの?

 あの呪いのフォーチュンクッキーは

 妨害用だったのだろうか……)





 主人公の友人A(桃)

 ……主人公の兄を愛している。

 主人公の事は、兄に近付くための駒程度にしか思っていない。



(桃ッ、酷いッ!

 フォローしてくれるって言っていたのに。

 ううっ)





主人公の友人B(赤井)

 ……主人公の友人Aの事が好き。

 主人公の事は、主人公の友人Aに近付くための駒程度にしか思っていない。



(赤井、お前もか)





ホワイト・ストーン(白石)……主人公の叔父。

 たぐいまれな才能を持っているが、

 金遣いが荒く、度々金を無心しに来る。

 主人公の兄は叔父に一目置いているが、

 叔父は主人公と主人公の兄諸とも死んで

 財産が全て自分の物になることを願っている。



(ホワイト・ストーン……。

 腹黒いな……。要注意人物)





使用人(青田)

 ……亡き主が生前連れてきた、謎の使用人。

 主に対する忠誠心は強いが、

 主人公や主人公の兄に対する思いは何も無い。

 むしろ主亡き今、使用人を辞めて

 故郷へ帰りたいと思っている。



(青田……

だからあんなにやる気の無い演技をしていたのか。)





……と、いうか、

私の味方が一人もいないよね。



私の恋愛を応援する

ハートフルストーリーじゃないの?




【台本】

その日は朝から不穏な空気が漂っていた。



主人公「酷い! 一体誰がこんな事を……」



主人公の社交界デビューの朝、

この日の為にあつらえておいたドレスが

何者かの手によって切り裂かれていた。



まるで、ばら撒かれたティッシュペーパーのように。



(社交界デビュー?

 どの世界の話だ?

 何故わざわざティッシュペーパーに例えた?)





兄「フハハハ!
 お前にドレスは贅沢だ。

 ジャージで出席するが良い!」





主人公「お兄様、酷い。

    今日は隣国の王子様もいらっしゃる

    のに……。

    ジャージ姿で出迎えるのは

    失礼ではありませんか?」



兄「うるさい!」



『バシッ!』



主人公「キャッ!」



兄の平手打ちを食らい、主人公は床に崩れた。





(ドレスを切り裂いた奴、絶対兄だよね!

 それにしても

 ジャージとか隣国の王子とか……。

 世界観が滅茶苦茶ですな)





使用人「坊っちゃん、嬢ちゃん。

    お客様がいらっしゃいました」



兄「ああ、今行く。

  妹よ、お前も早くジャージに着替えて来い」



主人公「は……、はい」





(ううっ。主人公が不憫で泣けてきた。

 頑張れ、主人公!)





ジャージ姿で現れた主人公に視線が集中した。

恥ずかしさのあまり主人公はぎゅっと目をつぶったが、突然のどよめきにそっと目を開くと、目の前に三人の王子が立っていた。


主人公「あ……」



王子A「そのドレス、素敵ですね」



王子B「何て軽やかで鮮やかな生地だろう。そのドレスは何で作られているのですか?」



主人公「ジャージです」



王子C「ジャージ……。

    早速、家臣に手配させ、

    私も明日から着ようかな」



主人公「いえ。

    ジャージなんて、

    王子様が着る様な物ではありませんわ」



王子A「何て奥ゆかしい方だ」



ジャージで盛り上がる主人公を、主人公の兄と友人Aが忌々しげに睨んだ。



主人公「あ。私、今日のために

    クッキーを焼きましたの。

    よろしければお茶と一緒に

    いかがですか?」



王子B「勿論、頂きますよ。

    貴女の焼いたクッキーをいただける

    なんて、僕はラッキーだ」



主人公「まあ! クッキーとラッキーを

    掛けるなんて。

    ナイス・アメリカンジョーク!」



王子C「ハハハ!

    こりゃ、一本取られましたな」







(黒川……)







使用人「はいはい。

    嬢ちゃんが焼いたクッキーを

    お持ちしましたよ」



主人公「皆さん、一つずつ手に取って

    いただけますか?

    実はこのクッキーの中に、

    いくつかメッセージが書かれた紙が

    入っています。

    メッセージ入りのクッキーを当てた

    方には幸せが訪れると

    言われていますので、ゲーム感覚で

    楽しみましょう」





会場に来た者達が全員、

主人公の作ったクッキーを手に取ったところで、一斉にクッキーを割った。



メッセージが入っていた者も入っていなかった者もそれぞれ楽しみながら食べているようだ。





王子A「私のクッキーは……。

    あ、メッセージが入っていましたよ。

    『あなたの人生に幸多かれ』」



主人公「王子A様の人生に幸多かれ!」





主人公の声と共に、歓声が沸き起こった。





王子B「私のクッキーにもメッセージが。

   『幸運はすぐそこまで来ています』」



主人公「王子B様に幸運を!」





また歓声が上がった。


(まあ、

このあたりは台本通りだったかな?)





王子C「私は……。

    え? これはどういう意味ですか?」



主人公「え? 見せていただけますか?

   『今日、この会場で誰かが死ぬ』

    キャッ!

    私、こんなメッセージは入れていません」



兄「妹よ。冗談にしても、やり過ぎだ」



主人公「お兄様! 私、こんなメッセージなど入れたりません!」



?「ククッ……」





(何? この急展開。『?』って誰?)





兄「妹よ。

  では、おまえの手にしているクッキーには何と書かれている?」



主人公「ああ、そうですね。

    私のメッセージは……。

    ヒィッ!」



主人公はクッキーを割り、

中のメッセージを見て絶句した。





兄「何と書いてあったか?」



主人公「何でも……。何でもありません」





主人公は自分宛てのメッセージを

ビリビリに破き、ぎゅっと握りしめた。





兄「何故破いた? 見せろ!」



主人公「キャッ!」



主人公の兄からもぎ取られた主人公宛ての

メッセージが床の上に散らばった。



まるでばら撒かれた

ティッシュペーパーのように……。



(黒川。ティッシュペーパーの表現、

気に入っているな……)


ざわめく会場の中、一人の紳士が現れ、

会場は、しんと静まり返った。



白いスーツの紳士は、抜群の頭脳で、

ティッシュペーパーのように散らばった

メッセージを、あっという間に繋ぎ合わせた。



『犯人はお前だ』



兄「ホワイト・ストーン氏」



主人公「え? 誰ですの?」



兄「妹よ。お前は知らないかもしれないが、叔父のホワイト・ストーン氏だ」



主人公「ホワイト……、ストーン……、氏」



ストーン氏「ハハ。事件だと聞いて、いてもたってもいられなくてね」





ホワイト・ストーンが

綺麗に整えられた口髭を撫でながら、

にっこり微笑んだ。





主人公「クッキーを焼いたのは私ですが、こんなメッセージを入れた覚えはありませんわ」



ストーン「まあ、待ちたまえ。

     まだ誰も死んではいない。

     死人が出る前に、こんな趣味の悪いイタズラをした犯人を見つければ、事件は未然に防げると思わないかね? マドモアゼル」





(……どこの紳士だ?)





主人公「そ、そうですわね。

    誰がこんなイタズラを……」


主人公が口を開いた瞬間、



ドサッという物音と共に主人公の足元に

何かが崩れてきた。





主人公「キャー!」



使用人「じょ……、嬢ちゃん……」



主人公「使用人!」





(え? 青田?)





使用人は口から泡を吹きながら、

虫の息で主人公に何かを伝えようとした。





主人公「使用人?

    使用にーーーーーん!」





使用人は主人公の足首を掴んだまま、

ガクリと力尽きた。







(青田? 青田ーーーー!)







?「ククク!」



兄「手遅れだ……」



主人公の兄が使用人の首筋に触れ、

首を横に振った。



ストーン「おっと。

     事件は未然に防げなかったようですな」





ホワイト・ストーン氏は

パイプの煙を揺らしながら

使用人の回りをゆっくりと一周し、

静かにこう言った。



ストーン「皆さん、一歩も動いてはなりませんよ。犯人は、この会場の中にいるのですから」



主人公「早く……。

    早く犯人を捕まえてください」





主人公は使用人に足首を掴まれたまま、

腰を抜かし震えている。





ストーン「お嬢さん、お待ちなさい。

     私の頭の中で既に犯人の見当は

     付いています」





?「……」





主人公「誰? 誰なの?」







ホワイト・ストーンはパイプをくわえ、

口髭を撫でながら叫んだ。







ストーン「犯人は、あなたです!」(つづく)







(誰だーーーー! 誰なんだーーーー!)

閑話(お嬢と五人の執事)【黒川劇場】

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