朝だ。



黒川に起こしてもらい、

顔を洗って制服に着替え、

黒川が用意した朝食を食べる。





一週間の始まり。





「モシャモシャ……」



「お嬢。
 サラダをモシャモシャ食べないで
 ください」





朝から白石に注意を受ける。



「じゃあ、

 レタスはどうやって食べるの
 ですか?」



「モシャモシャ言わさずに
 食べるのです」



「難しいな……。モシャモシャ」



「ボンヤリしながら食べるから
 モシャモシャしてしまうのですよ。
 もっと食べる事に集中してください」



「サラダを食べる事に、
 いちいち情熱を燃やしていたら
 身が持ちませんよ。
 モシャモシャ」



「ああッ!
 その死んだ魚の様な目で
 モシャモシャされると、
 妙に腹が立つ!」



「フフッ。
 白石、朝から
 ハイテンションですなー。
 モシャモシャ」


「体育祭の準備をしなければ
 なりませんからね」


「体育祭かー。
 誰かさんのせいで、
 ほとんどの競技に出場しなければ
 ならなくなっちゃったから
 面倒臭いなー。モシャモシャ」


「今日は早目に登校しますよ。
 お嬢も早く準備してください」


「うー。はいはい」



いつものように洗面器を持って
白石の車に乗り込む。





「桃と赤井は体育祭で
 何種目出るのですか?」



「俺は部活対抗リレーと
 パフォーマンスと学園バーサス
 生徒対抗競技の三つだな」



「ボクも赤井君と同じだよー」



パフォーマンス?

学園バーサス生徒?



何それ?





「いいなー。二人とも。
 私など誰かさんのせいで、
 五種目も出なければなりません」



「お嬢は七種目ですよ」



「は?
 白石。いつの間に
 二種目増えているのですか?」



「お嬢も『学園バーサス生徒対抗競技』

 に出るんだよね。
 一緒に頑張ろう!」



「だから何なのですか?
 学園バーサス生徒対抗競技など
 知りませんよ?」



「えー? お嬢、知らないの?
 一番盛り上がる競技なのに。
 ボク達生徒代表と、学長、教師代表、
 PTA代表、職員代表で、
 知力や体力、団結力を駆使して
 戦う競技だよ」





わ……、

悪い予感しかしない……。





「あのー。
 ちなみに教師代表は……」



「白石君だよ」


ほらほらほらほらッ!





「PTA代表って……」



「黒川君」



「し……、職員代表は……。
 もしかして……」



「青田君」





予感的中!





「何故、私が生徒代表なのですか?
 知力の時点で代表失格ですよね?」



「知力は俺と桃に任せておけ。
 お嬢は体力要員だ」



「嫌だー。
 そんな競技、
 絶対出ませんからね!」


「お嬢。
 車の中で洗面器を
 振り回さないでください。
 後ろが見えません」



「うるさい、白石。
 バックモニターでも見てろ!」





学園に到着すると、

いつものように洗面器で顔を隠しながら
靴箱へ向かう。





「あれ? さち子さん?」





ん? この声は……。



そっと洗面器の影から覗くと、
笑顔が眩しい松田先輩が目の前に。


「あ。松田先輩、ごきげんよう。
 あの……。
 昨日は途中で退席してしまって、
 すみませんでした」



「いや、全然構わないよ。
 それより体の調子はどう?」





うー。

私の体調を気遣ってくださるなんて。



もったいのうございます。





「ご安心ください。

 私はこの通り元気でございます!

 そーい、そーい」


松田先輩に、元気な姿を見せるため、

洗面器で踊ってみせる。





「フフ。それは良かった。

 ところで、その洗面器。どうしたの?」



「あ、こ、これは……。

 洗面器でメデューサの呪いが防げるか、

 検証してみたくて……」



「メデューサ?
 あのギリシャ神話の?」



「あ、はい。
 目を見たら石になってしまう、
 あのメデューサです」

「なるほど。

 確かに洗面器で戦いを挑んだら、

 どういう結果になっていただろう……。

 研究としては非常に興味深いね。

 もしペルセウスがメデューサに負けていたら、

 神話が大きく変わっていただろうね」





松田先輩……。



私のどうでも良い冗談に付き合ってくれる

なんて。



優しさを通り越して、少し面倒臭いな……。





「あ、あのー。

 神話を変える度胸はありませんから
 安心してください。

 ハッ! 私ども普通科の教室は、

 五階(エレベーター使用不可)に
 ありますから、急がなくては!
 これにて失礼!」

私は洗面器を抱えて、

そそくさとその場を立ち去ろうとした。





「あ、待って、さち子さん」



「ハイ?」



「君、演劇部に入らない?」



「え?」



「僕、演劇部の部長をしているけれど、

 昨日の君の演技力に感心してね」



「演技力って……。

 あのヤギの物真似ですか?」



「そうそう」

「あー。でも、ヤギが出てくる物語って、

 あまり無いですよね」



「いやいや。

 ヤギではなくて、

 君にはお姫様役をお願いしたい」



「お、お姫様って、プリンセス?

 シンデレラとか白雪姫とか……、あの?」



「そうそう」



「やります。やりたいです。

 やらせてください!」



「フフッ。

 まあ、配役は話し合いで決めるから、

 必ずしもお姫様になれるとは限らないけれど」

「必ずなってみせます!

 この演技力で!」



「良かった。

 じゃあ、入部届に保護者と担任の

 サインをもらって持ってきて」



「ハイッ!」





……ん?



保護者と担任のサイン?

黒川と白石……?





早くも悪い予感しかしない。

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