契約書の内容は「連載が終了後も作品の独占利用権は会社が持つ」というもので、私はこの部分に少し引っ掛かりを抱いていた。
秋田さんはこれを感じ取ったのか、すかさずフォローするように

「でもこれは●年が経過すれば破棄になりますから!それに山田さんの漫画は面白いので初期に打ち切りにはならないと思います。契約期間中はずっと連載が続いていれば、終了後の独占利用権も気にしなくていいでしょ?」

確かに契約書に書かれた独占利用権が継続する期間中、打ち切りにならなければさほど問題はない。
しかし、漫画家志望ではない自分ですら漫画業界がシビアなのは知っている。
有名作家作品でも簡単に打ち切りになる世界なのに、そこまで簡単に打ち切りにならないと言えるだろうか?

少々気になる点はあったが、正直この段階で私は漫画の連載や自分の作品にそこまで思い入れはなかった。
まあ、打ち切られればそれまでだし独占利用権も別にいいかという感覚だったのである。
もしも私が若い頃から漫画家志望で、業界の決まり事や契約内容も熱心に調べているタイプだったら、この段階で契約はしなかったと思う。

今となっては後の祭りだが、この段階で連載を断っていればよかったと今でも思う。

契約に関する話し合いは、その後も続いた。

「さて、弊社の特色ですが基本的にネームチェックは無し。作家さんの好きなように描いていただこうと思います」

「え?ネームチェックしないんですか?」

ネームというのは漫画原稿のもとになる、ざっくりとしたコマ割り、台詞、ストーリー展開などを描いたものだ。
一般的に漫画家はラフなネームを描いて担当にチェックして貰い、台詞やストーリーにおかしなところがないかを指摘して貰う。

もちろん読者目線で話が分かりにくい、つまらないといった点もはっきりと指摘されることがある。
このチェックが済んでGOサインが出れば、本格的にペン入れをした原稿に取り組めるのが一般的な流れだ。
幼少期漫画家になろうという漫画を読んだことがあるので、そのあたりの知識は身に着けていた。

「弊社は作家さんの自由な発想や描きたいものを優先します。なので担当者は基本口出ししません。もちろん過激すぎる表現や、規制に引っ掛かる表現などは最低限チェックしますが」

「かなり自由に描いていいんですね」

自分のイメージ的に漫画家は好きなように描けず、担当者の厳しいチェックを通過して描くものという印象があった。
しかしこの会社では最低限のチェック以外、担当者は作品に口出ししないという。
これまでの打ち合わせでいくつか気になる点はあったが、最終的にこの「自由に描ける」点に魅力を感じ、私はとうとう契約書にサインをしてしまった。

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