初めて打ち合わせを行った男性が、私の一人目の担当者となる相手だった。
名前は秋田さんとしておこう。

「改めまして、xyzの秋田と申します。宜しくお願いいたします」

ここでは仮に会社名を株式会社xyzとしておく。

「山田です。宜しくお願いいたします」

カフェで具体的な契約についての話し合いが行われた。

「早速ですけど、山田さん弊社についてはご存じでした?」

「えーと……なんとなくは」

実は会社名を見たのは初めてだったのだが、親会社がそこそこ有名なのは知っていた。
というか、親会社が有名だからこそ子会社でも信用できると思ったのだ。

「弊社がアプリ開発を知っているのは知っていますよね?」

「はい、知っています」

「これまではゲーム系のアプリを作ってきましたが、今度スマホ向けの漫画アプリを立ち上げます。そこで、山田さんには第一期生として弊社で初めて連載して頂く作家さんになっていただきます」

改めて感じたが、何故私だったのだろう。
世の中にはもっと本気で漫画家デビューしたい人も沢山いただろうに。

「それでは契約を結ぶにあたって、契約書に目を通していただきます」

テーブルに広げた契約書を見ながら、秋田さんは説明を始めた。
契約書の中身は、大体どのような仕事であっても書かれているような内容だった。
しかし、契約書に少々引っ掛かるものがあった。

「この『独占利用』というのは、連載終了後も破棄されないのですか?」

「はい。こちらは仮に連載が短期間で打ち切りになったとしても、数年間は続きます」

契約内容をざっくり説明すると、「一度この会社で連載をしたら、その作品、作品に登場するキャラクター、そのストーリーは数年間他所で公開してはいけない」というものだった。
作品を独占的に利用する権利は、会社が持つという事になる。
よく有名な少年誌で『●●先生の作品が読めるのはジ●ンプだけ!』という宣伝文句があるが、あれも「ジ●ンプ以外では発表してはいけない」という契約だからだ。

しかしその場合、ジ●ンプのみで独占的に連載する代わり、連載期間中はきちんと原稿料がいただける仕組みだ。
会社は作品を独占的に使う権利を得る。作者はそれに見合った原稿料が貰える。
双方にとって損のない、対等な契約である。

ところがこの契約書と秋田さんの話によると、連載が打ち切り、または終了した後であっても、同じ作品は他所で発表できないという。

例えばジ●ンプで打ち切りになった漫画が、出版社すら異なるマ●ジンで続編連載という例がある。
これは、ジ●ンプで連載できなくなった時点で作品を独占利用する権利もなくなっているので、マ●ジンに移動できたという事だ。

連載が終われば原稿料も印税も頂けないのだから、作家にお金を出さないのに独占的に利用する権利だけが残るというのは、むしろ不自然だ。

大手出版社ですら作品が終了すれば他所に移れるのに、何故この会社は連載終了後も作品を発表する権利を持ち続けるのだろう?
思えばこの契約書が、私が抱いた最初の不信感であった。

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