校長先生のありがたい言葉や新入生代表の希望あふれる声明を聞き流しているうちに入学式は終わり、僕達はこれから一年お世話になる教室へと足を運んだ。

 美香は教室内を軽く見回しながら口を開く。

美香

 クラス分け表でも思ったけど、同じ中学の子は全然居ないね。新鮮だねー

ケンスケ

 ここは地元でも有数の名門校……。
 そうも同じ中学の奴が居てたまるか

美咲野先生

はーい、席につけ

 心の中で毒づいていると、教室の扉が開き、女の先生が顔を出した。
 どことなく頬がやつれている……よく見ると目の周りにはクマもできているようだ。

 だがしかし、その先生は病的な表情とはとても釣り合わない魅力的な身体を持っていた。

 しなやかに引き締まった腰ライン。
 スーツの上からでも自己主張をする大きな胸。
 それなりにむっちりとした太もも。

ケンスケ

 こ、こりゃあたまらん!
 ヨダレだらり~ん!

美香

 なに鼻の下伸ばしてんの

ケンスケ

 ひぎぃ!

 美香は不機嫌そうに僕の足を思いっ切り踏みつけ、自分の席に向かっていった。

ケンスケ

 うぅん……さっきのチョップといい今日はひでぇことしやがる。
 きっと女の子の日なんだな

 クラスメイト全員が席に着いたところで、豊満ボディの先生は口を開ける。

美咲野先生

えー、私が担任の美咲野 湯江(みさきの ゆえ)だゴボォッ!

 自己紹介の途中で美咲野先生は血を吐いた。

ケンスケ

 ……えー!?

 クラス中に衝撃が走る。

美咲野先生

 ゴホッ、ゴホッ……いや、なに、心配することはない。こんなことは日常茶飯事だ

 美咲野先生は懐から薬瓶を取り出し、中の錠剤をざらざらと勢いよく飲みこんだ。

ケンスケ

 この人は日常的に血を吐いてんのか

 動揺するクラスメイトを無視し、死にそうな声音で佐々森先生は続ける

美咲野先生

 ……あー、生き返る……。
 えーと、ん、じゃ、さっそくだが、みんな大好き自己紹介をしてってもらうか

 美咲野先生は言いながら、まるでとろけた餅のように身体を教卓の上に貼り付けた。
 体力を使い果たしたのかもしれない。

 そんなわけで、自己紹介開始。

ケンスケ

 僕は先の生徒達に習って当たり障りのない自己紹介をする。
 奇抜なことを言う必要なんてない。
 僕は静かに暮らしたいのだ。

ケンスケ

 それにしても……

 美咲野先生。
 今にも死にそうだし、多少のなげやり感があるが、それを除けばしっかりした先生のようだ。
 自己紹介の進行も滞りない。

ケンスケ

 いきなり血を吐いたときは驚いたが、しかしちゃんと仕事をする先生のようだ

 しかし、なんだろう……。
 この、既視感というか……似たような感じ……。

 そう、まるで『あいつ』のような……。

 いや、美咲野先生と『あいつ』では明確な違いがある。

 仕事。
 役割。

ケンスケ

 …………

 自分の役割を投げ出してどこかに消えた『あいつ』。

『あいつ』と美咲野先生では、そこが違うのだ。

『あいつ』。

ケンスケ

 それはつまり……

 僕の親父のことである。

pagetop