??

あーあー、まーたこれは

 喉を一突き。なんて清々しいんだろう。青年は口元に浮かぶ笑みを抑えながらも、その傷口に顔を寄せた。
 そして、色の変わりつつある赤をうっとりと眺めながら思案を巡らせる。
 ――ちょっとばかり足りない。これだけでは不十分だ。例えば、もう少し喉を開いてみるのはどうだろう。鎖骨の方まですーっと線を伸ばし、少しだけ開いてみる。それから、この人は少し足が太いから削ってもいいだろう。胸部も無駄に大きい。だが折角だ、これは残しておいてもいい。
 目の前に倒れる女の形の肉塊を自分だったらどうしたか、青年の頭にはそればかりが廻った。勿論今目の前にあるこれは青年の手によって作られたものではない。彼はただそれを眺めているだけだ。

??

……まぁ及第点ってとこかな。ただまぁ、動機は気に食わないけど

 彼の言う動機とは、この連続殺人事件のものだ。彼が思うに、最初の一件目は恐らく、勢いである。今のものと比べれば首元に小さな切り傷が目立ったし、何度か喉を突こうとして外したのだろう。それ以降は上手くなっているものの、デザイン性にやや欠ける。
 青年としては、元の“キャンバス”、すなわち女性の形状も気に入ってはいないらしい。

??

さて、品評はここらにして、と

 青年は軽い足取りでそこを後にする。間違っても第一発見者などという扱いにはされたくない。いろいろ面倒な上、警察組織には知人もいる。顔が割れるのはよくないことだ。創作活動にも支障が出る。

??

他の人間のアートを見るのもいいけど、俺も久々に作ろうかなぁ

砂尾緋糸

きょっおのごっはんーはなーにっかなー

 歌いながらスキップをする、赤いランドセルを背負った少女。可愛らしい顔立ちに、快活な印象を与えるさっぱりとした服装が特徴的だった。Tシャツにハーフパンツ、膝小僧には絆創膏。

??

おお、そういえばいいのがいたな

 ――まだもう少し準備が必要だし、何より許可を貰っていないなぁ。
 そんなことを思いながら、青年はにっこりと笑って彼女に近づいた。

駿河恵司

おお、これはまさしく!

 黄色いテープが張られた事件現場。横たわる遺体は、丁度恵司の要望通り、女性のものだった。
 茂浦の自宅から帰る途中、音耶からの連絡でこの場所にやってきた埴谷達。遺体を見てはしゃぐ恵司に呆れる音耶から資料を受け取った埴谷は、深くため息を吐いた。

埴谷義己

また同じ手口か……

 首を一突きされた笑顔の女性の遺体。どうしたものかと思案していると、恵司がぬっと埴谷の手にある資料を覗き見てきた。

駿河恵司

やっぱりそうだべ

埴谷義己

何がだ?

駿河恵司

女の子の名前。初って漢字がついてるだろ

 言われて目を通す。……確かに。しかし、それが何だというのだろうか。
 基本的には埴谷が分からないので痺れを切らした恵司が結局答えを教えてくれる、というのが流れだ。
 理由は一つである。

駿河恵司

じゃあこの問題に正解したら答えを教えてやるよ

 ほら見ろ。埴谷は内心で毒づく。
 恵司は出題側という立場に飽きたのだろう。
 彼とて一応は人間だ。しばらくすれば飽きが来るものである。しかし、そのまま答えを教えるのではなく、問題にするというのは恵司には珍しいことだった。いつもなら犯人の名前だけ言って投げやりになるというのに。

駿河恵司

『曽根崎心中』に登場する主人公とヒロイン、及び主人公の友人の名を答えろ

埴谷義己

は?

 突然すぎて言葉に詰まった埴谷。そもそも、曽根崎心中はタイトルこそ聞いたことがあるが、その程度の知識だという彼には答えを出すことは出来ない。彼が答えを言えずに考えていると、後ろから助け舟が出た。

駿河音耶

お初と徳兵衛、友人の名は九平次だ

駿河恵司

さっすが俺の弟ー!

 最初から埴谷が答えられるとは思っていないのだろう。楽しそうに音耶の肩をべしべしと叩く恵司の姿を見ながら埴谷は苛立ちを隠す。いつものことだ。それに、ここで彼が気分を害した場合答えを言わずにどこかへ行ってしまう可能性だってある。

埴谷義己

と、とりあえずいいだろう。答えを教えてくれ、流石

埴谷の言葉に、恵司はわざとらしく咳払いをすると、「それじゃあご清聴願いますよ」と茶化すように真実を話し始めた。

第一話 ⑤ 新たな犯行、そして

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