午後4時

蟻子は買い出しの帰り道を歩いていた。

~♪

今日の夕飯や、
明日の朝ご飯や、
色々な食材を買って、
田圃の側の道を歩いていた。

田圃のふもとに、
何かをみつけた。

あら?

これは何かしら?

これはBB弾である。

いや違う。

これはドラゴンボールだ。

ドラゴンボール?

七つ集めると願いが叶う、
あの伝説の・・・。

いやどう見てもBB弾だろう。

BB弾が何なのかは、Googleで画像検索をすると分かります。

いやこれはドラゴンボールだ。
私たちが、蟻子の心の声がそう言っている。

じゃあそういうことにしよう。
今ここに、七つのドラゴンボールが
落ちている。

願いを念じるのだ。

(・・・・・・・・・。)

(羽咋君の持つタマが、三つに増えますように……。)

蟻子の恋人、羽咋射気(はくい・いるき)は、
大学の講義を終え、
廊下を歩いている所だった。

なんか股間がムズムズするなあ

帰ろう。

おーす!
よう羽咋!

彼は羽咋の親友、七尾等柏(ななお・とうはく)。
小・中・高・大と、半生を通じて羽咋とつき合ってきた
大親友だ。

お疲れ

これから帰りか?

うん

一緒に帰ろうぜ。

いいけど、その前にトイレにいっていいかな。

トイレにいこう。

羽咋のトイレは大の方の用だった。

(さっきから股間に感じる謎の違和感は、
一体なんなんだ?)

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

はっ!!

遅かったな。

ああ・・・・・・・・・まあ・・・・・・
帰ろうか。

七尾。

なんだ。

これから俺の言うことは、
紛れもない真実であるので、
冷静に落ち着いて聞いて欲しい。

いってみろ。

俺のキンタマが、
三つに増えているんだ。

俺のキンタマが、
三つに増えているんだ

はっ!?

どういうことか、わからないと思う。
でも、本当のことなんだ。

こんなこと、初めてで……
でもどうしたらいいか…………。

いやちょっと待て、どういうことだよ!!
キンタマが増えることってあるのか!?

分からない。
人体の神秘だ……。

いやいやいや、ありえないだろ!!
いつからそれに気付いたんだ?

4限終わったあと、股間に違和感を感じて、
うんこするついでにキンタマを触って確認したら、
どうも、タマが三つあるようなんだ。

嘘だ!!
絶対、何かの間違いだろう!

嘘じゃない!!

そこまで言うなら、
俺の股間を触って確認してみるといい。

嫌じゃ!!

何が悲しくて、
男の股間を揉まなくちゃいけないんだ!!

例え親友であろうと!!

そんなのは、まっぴら御免だ!!

別に揉めとは言ってない。

でも、そうするしかないんだ。
これは人類が未だ嘗て経験したことのない、
世紀の瞬間だ。

「健常な二つのキンタマが突然三つに増える」、この前代未聞の大事件を証言する、生き証人になってほしい。

俺一人の力では、それを証明することができないんだ!!今ここで俺の股間を触り、
人体の可能性をもっと深く追求するんだ!

服の上からでいいから!!!

当たり前だ!!

わ、わ、分かった。
お前も、その異常事態に動揺しているようだし、俺が触って、真実か嘘か、それを証明してやるよ。

手短にやれよ。

微妙に頬を赤らめるな。

スッ・・・・・

(ん……これか……)

(……………ん?)

(えっ……………んん!?)

ほ・・・・
ほ・・・・
ほ・・・・

そ、そんな・・・・
ありえない・・・・・

これで分かっただろう。
これが、その手に掴んだ真実だ。

この手に、掴んだ、真実・・・・・・。

蟻子がドラゴンボールにかけた願いが、
何故、そんな願いだったのか?

掴もうぜ!
ゴールデンボール!

答えになってない。

昔ドラゴンボールのオープニングの歌で、
そういう替え歌があったのじゃ。

しらんがな

真面目な話、羽咋には頑張ってもらいたいからな。

何をだよ

羽咋は肝っ玉もみみっちいし、
尻小玉もないし、
金玉もしょうもない器量だ。

尻小玉はないだろ

ありさんのこの偉大なる侵略計画の中で、
蟻子の恋人、羽咋のキンタマが、
貧弱な遺伝子しか残せないような器量だと、
この先何かと困っていくことになる。

あっ……そういう話だったんですね。

これはせいしをかけた戦いなのだ。

せいしをかけた戦い……。

下品な話を繰り返してると、
これを読んでいる読者の皆様にも申し訳なくなってくるので、
この話はこの辺で打ち止めにしておこう。

この会話はオフレコで

それでお前、これからどうするんだ。

どうしよう。

「三つのキンタマを持つ男」として、
これから生きていくのか。

限りなく不名誉だが、そういうことになるな…………。

まあ、よかったじゃん。
普通の人間は持てない、アイデンティティだぜ。

良いわけあるか!!
この異常事態に、何をのんきなことを言ってるんだ!

まあ俺には関係ないからな。
お前のキンタマがどうなろうと・・・。

(・・・・・・・・・・。)

じゃあ、また明日な。
もしかしたら夜にそっちいくかもしれない。

なんだその宣言は。
また明日じゃねーだろ。

じゃあな。

おかえり、羽咋くん!

ただいま。蟻子。

それから、
羽咋はアパートに帰り、
蟻子の作ったお夕飯を食べながら、
今日一日の出来事などを話していた。

しかし羽咋は、キンタマの件、
股の間に生まれた三つ目の宝玉について、
言及することができなかった。
なんとなく、言いづらかったのだ。

羽咋は、できれば秘密をあまり持っていたくないと考えている。
当初、蟻子の前に座る羽咋は、蟻子の前で良い姿を見せようと、言葉を着飾り、見栄に塗り固めた自分を演じることで対面を取り繕っていた。
しかし同棲生活を続けているうち、そんな自分に嫌気がさしたのは羽咋の方で、
正直な告白をしたいつだかの夜を経て、家での羽咋の生活は限りなく自分の内面に素直なものになっていった。

しかし、そんなことがあってもなお、
羽咋は蟻子に対し、
自分を晒け出しきっていないんじゃないかと思う時があった。
そういう時の羽咋はいつも、心の中にモヤモヤしたものを抱えながら、
何か別のことで気を紛らわせて、その時のことを忘れようとするのだ。

羽咋は、その時間、心のモヤモヤを晴らすため自分の気を紛らわすそんな時間がいつも嫌いだった。
羽咋が蟻子との間に隠し事を持ちたくないと考えるのはそういう理由で、
蟻子の前に座る自分は全てがフラットな、純粋な自分でありたい。
そう思いながら、最近はずっとそれでやってきていたのだ。

今回の場合は、本来左右対称であるべき人体の構造に、
常ならざる奇妙な付点がついているので、
そのモヤモヤはより具体的なものだった。

夕飯を終え、食器を洗い片づける頃、
羽咋はこのキンタマのこと、自分の中に生まれたこのモヤモヤのことを、正直に蟻子に打ち明けようと決意した。

そうした矢先、
七尾から電話の着信がかかってきた。

もしもし?

もしもし?羽咋?
今お前等のアパートの下にいるんだけど。

え?

ドライブしようぜ!

あ?

“タマヒュンロード”いこうぜ!

なにそれ

蟻子も来いよ!

何何?
どうしたの?
七尾くん?

なんか、ドライブしようぜ、だって……

えー、いいじゃない!
私も行っていいの?

行きましょうよ!
三人で!

羽咋と蟻子は七尾の運転する車に乗った。

タマヒュンロードってなに

タマがヒュンとするロードだよ。

まあ行きゃあ分かるよ。

タマって何??

そのタマヒュンロードは、
金沢市と内灘町を繋ぐ橋を渡った、
河北潟沿いを走る道にある。

道路が舗装された時期が異なるためなのか、
金沢から内灘へ向かうこの一直線の道路には、
ゆるやかな斜面を登っていった先が、急な傾斜をかけて
ガクンと落ちる地点がある。

その道を50km/h以上の速度で走っていると、
突然、車体が宙に浮いたかのような感覚に陥り、
その後に強い衝撃が車に乗る者全員に降りかかってくる。

この時の、「タマがヒュンとするような感覚」、
死の恐怖が隣り合わせになる瞬間が、
その道を“タマヒュンロード”と呼ぶ所以である。

七尾は大学で別の友人からこの道の情報を知った。
誰が言い出したのかは知らないが、その道のことを指して七尾達は“タマヒュンロード”と名付けていた。
“チンさむロード”という名称を使う者もいるが、七尾はタマヒュンロードという名称の方を気に入っていた。

しかし、そんな道路の名前の所以を、
今の羽咋はまだ知らない。
羽咋はいま、地球上で初めて、
三つのキンタマを股間に携えながら、
このタマヒュンロードを渡るのである。

そろそろ近づいてきたな。
タマヒュンロードに。

ねえ、なんだってまた、
そのタマヒュンロードとかいう道を走ろうとするの?

そりゃあ、羽咋のキンタマが
増えた記念にさ。

えっ?

あっ

羽咋くん、それってどういうこと?

いや、えっと、それはそのー……

なんだ、まだ言ってなかったのか?

言おうとしてた矢先に、お前から
電話がかかってきたんだよ。

じゃあ包み隠さず今こそ言うんだ。
今ここで。おおっぴらげに。公衆の面前で。蟻子に。

あー、うー、蟻子、
大事なことだから、嘘だと思わないで
聞いて欲しいんだけど……。

キンタマが三つに増えたの?

えっ?い、いや、そう、三つなんだけど…
そうなんだ。増えたんだ。

羽咋くん、御夕飯の時、
ずっとなんだかもぞもぞしてたから、気になってたんだ。

蟻子、俺は……

ねえ羽咋。
その金玉、触ってみてもいい?

えっ!?
いや、いきなり何を・・・あっ・・・

わあ……本当だあ。
本当に、三つなんだね。

蟻子、ちょっと……その……
パンツの中に手をいれるのは

羽咋くんの重みが、
すごく手に伝わってくるよ。

・・・・・・・・。

ねえ羽咋くん。
これって、とってもステキなことなんだよ。

私はずっと、羽咋くんの身体をみてきたのよ。
モヤモヤしてるときの羽咋くんの姿も、
イライラしてるときの羽咋くんの姿も、
楽しそうに笑ってる羽咋くんの姿も、
テンションが上がっちゃってるときの羽咋くんの姿も、
私の目はずっと羽咋くんの身体の変化を見つめていたの。

羽咋くんは今、あなたの身体の全てを分かってもらいたくて、こうして私にこのことを告白してくれたんでしょう?

そして今この瞬間、羽咋くんの身体にはひとつの大きな変化が起きた。
羽咋くんの身体は今、完全で唯一無二の特別な身体になったのよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

だから私は、羽咋くんのその身体の全てを受け止めるの。
私がいま、こうしているようにね。

そういうことだから、今夜は楽しみにしててね。

ほわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

俺の!!!!!!

俺の車でちちくりあってんじゃねえ!!!!!!!!

公衆の面前で!!

公衆の面前ではないだろう。

羽咋と蟻子を乗せた七尾の車は、
タマヒュンロードを走っている。

羽咋と蟻子は、この道が
“タマヒュンロード”と呼ばれる理由を、まだ知らない。

これは蟻子の拾った、
七つのBB弾(ドラゴンボール)である。

(この玉がある限り、
 羽咋くんのキンタマは永遠に3つになる……)

(ずっと大事に持っているのよ。
 このBB弾は、羽咋と蟻子がある限り、
 永遠に……。)

蟻子、そのBB弾はなんだい?

えっ?
ううん、なんでもないのよ。

そう……。

なあ、暑いから、窓開けるぜ。

うん

「今日道で拾ったの。
キレイだからとっておいてるのよ」
と言いかけて、咄嗟に言えなかった

この道を行けば、どうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せばその一足が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ

行けばわかるさ

蟻子はBB弾についた砂埃をみていた。

(磨いて綺麗にしておこうっと)

ありがとーーーーっ!

3!

2!

1!

ダアーーーーーーーーー!

(えっ!?
 ・・・・・・・ああっ!!)

車の窓から、七つのBB弾が、窓の外に打ち出されていった。
これは蟻子の完全なミステイクだった。

うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

あはははははははははははは!!!
分かっただろ?これが“タマヒュンロード”さ!!

タマがヒュンッとしたわ・・・。

キンタマが飛んでいく勢いだったな。

BB弾が……。

え?
BB弾?

とんでっちゃった。

その辺の道に転がってるって。
また探しに行こうよ。

そういえば、最近みないなー、BB弾……。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

それから羽咋の日常は、特に代わり映えもしないまま、
それとなく五月が過ぎ、六月の雨が降ろうとしていた。

キンタマが三つに増えたあの夜の出来事は、
淡く儚い夢の中の出来事だったのかもしれない。
帰ってきたら二つに戻っていたキンタマを見て、
羽咋はなんとなく、そんなことをぼんやりと思っていた。

心の中のモヤモヤは、
いつかきっと忘れてしまうだろう。

         ~ありさん、たまを拾う~ 終わり

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