パソコン室にいるキサラギに、俺はそっと声をかけ、二人で抜け出した。

うまくいったか?

ああ、キドウ君を呼んできてくれって、校長先生が

直々か……どんな処罰がくだされるのやら

 行ってくる、とキサラギは小走りで駆けていった。

やっぱりキドウ君って、キサラギ君のことでしたね

ね……あ、ていうか

 今さらの情報でもあるが、もしかして。
 姫様を呼び出して、訪ねる。

なあ、キサラギの名字って、漢字でどう書くんだ?

 姫様はきょとんとしながら、教えてくれた。

鬼の道、でキドウですけど……それがどうかしましたか?

 ああ、こんなところにこんな近道もあったのか。体から力が抜けていく。

いや……何でもない


 パソコン室に戻って数分後、姫様の携帯電話がなった。ディスク奪還の知らせに、姫様は跳び跳ねて喜んだ。

愉快犯だったみたい、大事にならなくてつまらないからって、校長室の前にディスクが置かれてたみたい!

なんだよ、暇な犯人だな

 け、とケンケンが舌を出す。

よかったですよ、何にせよ、一件落着ですね

 ケンが笑う。

 どうやらうまく揉み消されたようだ。ほっとしながらサンザシを横目で見ると、サンザシが嬉しそうにクリアですね、と笑った。

では、さようならです

 サンザシが言う。あっ、と声をあげたのは姫様だった。

そっか、えっと

ん? どうかしましたか?

 ケンが姫様を覗きこむ。

あ、いや、んっと、えっと、ごめん、ほっとしたらなんか……すぐ戻る!

 姫様が駆け出す。どうしたどうした、と慌てる俺の肩を、ふたりがぽんと叩いた。

姫様の様子が変だぞ、親衛隊長

そうですよ、追いかけて差し上げないと

 最後の最後までからかわれっぱなしだ。俺はうなずくと、姫様を慌てて追いかけた。

 パソコン室から少し離れた廊下の先で、姫様がこちらを向いていた。俺が駆け寄ると、姫様は、深々と頭を下げるのだった。

ありがとうございます、ありがとうございます……本当に

いえいえ、そんな

どうやって……?

……企業秘密です

 いうと、もう、と姫様が笑う。しかしすぐに、表情は悲しみに覆われていく。

もう、行ってしまわれるのですね

ああ、はい。そうみたいで

 俺もよくわかってないんだけどね。


 姫様は、俺の返事に顔中を歪ませると、一歩、近づいてきた。

 ただでさえ近い距離なのに、さらに近づいてくるとなると、さすがの俺もどきどきしてしまう。
 俺が一歩踏み出してしまえば、抱き締められる距離なのだ。こらこら、姫様、ガードが緩すぎる。

 姫様は潤んだ瞳をこちらに向けた。その目は、どこかに強い意思も見せた。

 どうしたのだろうと思ってると、突然、姫様は口を開いた。勢いよく、言葉が飛び出てくる。

あのディスクの中に入ってるのは、私の過去なんです。事情があって、両親と名字が違うということは、お話ししましたね。その詳細が……

 姫様は、下唇をぎゅっと噛んだ。

……ここまで、ここまでしか、言えませんが

そんな、いいのに

いえ、本当に大切なものなんです。言えなくて、本当にごめんなさい。本当に、本当にありがとう

 桜色の目から、きらりと涙がこぼれ落ちそうになる。

 俺は慌てて、その涙を親指でぬぐっていた。あっ、と後ろでサンザシが声をあげたけれど、気にしない。

おーい、隠れてしろ、そういうことは

 サンザシよりさらに後ろからの声にぎょっとする。振り替えると、キサラギがにやにやと笑っていた。

キサラギ! ディスクが見つかったの!

 姫様がぴょんぴょんと跳ねながら報告する。おお、とキサラギは満面の笑みを見せた。さすが、演劇部。

よかった! 二人はまだ中にいるか?

うん、いるよ!

じゃ、二人と乾杯でもしてるよ。早く戻ってこいよ――縁!

あ?

 キサラギは、ぎろりと俺を睨み付けた。

言うなよ

 疑われているようだ。

言わねえよ

 即答すると、キサラギはだよな、とはにかんだ。

ありがとう

 そう言って、鬼はパソコン室に戻っていくのだった。

そろそろ、行かなくては

 サンザシが、静かにそう言う。じゃあ、と俺は姫様に微笑んだ。

ところで、縁ちゃんの記憶はどうなるんでしょう?

それなりに修正されて残ります。なるべくいじらないように、最小限の修正です。例えば、姫様の美味しいカレーの記憶は、一人で食べたというもので残ります

あのカレー、本当に美味しかった

 俺が微笑むと、姫様はまた、泣きそうな表情になった。

……また、会えますか

 寂しそうな顔をしないでほしい。俺まで名残惜しくなってしまう。

忘れません、姫様。いろいろとありがとう

 こちらこそ、という姫様の声が、遠くに消えていく。まわりがどんどん、白くなっていって――。

はあい! ひとつめのお仕事ご苦労さまでございました!

しかしあれだよね、分からずじまいのディスクとやらはどう考えても伏線だよね、

ひっぱったよね、また行くことになるんじゃないかなって、気がついた? 

気がついてなかったらネタバレだよねえ、ごめんねえ!


 最初の部屋に戻ったと思ったら、目の前に突如現れた、謎の人物が俺の目の前で手を広げていた。


 銀髪の学生服。

ゲームマスター……!

 サンザシが、二歩後ずさりした。


 俺も思わず。テンション、たっけえ……!

1 秘密のディスクと不思議な姫様(12)

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