キサラギの返事も待たずに、俺は教室を出た。階段を探し、とりあえず上る。

 幸運なことに屋上へと続く扉があったので、外に出た。爽やかな風が吹いている。誰もいないことを確認して、俺は横になって伸びをした。

 だまっていい子についてきていたサンザシが、となりにちょこんと座る。

一時間目はひやひやでしたねえ

そこかよ……

キサラギさんとの会話は、見ていてひやひやしませんでしたよ。むしろ、どきっとしたのはキサラギさんでしょう

 まあね、と俺は笑った。流れる雲を見ながら、最終確認しようか、とサンザシに言う。

キサラギがどう出てくるかはわからないからね……

様々なパターンを考えて、挑むのですね!

 腕がなりますねえ、とサンザシが白い歯を見せる。まったく。能天気なサンザシを見ていると、張り詰めていた緊張がどこかに飛んでいってしまうようだった。

 屋上で時間を潰しまくり(ごめんね、縁君)、昼休みにキサラギを迎えに行く。先程とは違い、彼は廊下に出て待っていた。

ケンと憲二に連絡はしたのか

 挨拶もなしに切り出される。そして連絡をしていないことに気がつく、やばいやばい。

携帯壊れちゃってさ

 キサラギはあきれたようにため息をつくと、自分の携帯電話を取り出して、さっさと連絡をしてくれた。

どこで話をするんだ?

 携帯をポケットにしまい、キサラギが言う。

落ち着いてくださいね、さらっと言いましょう

 サンザシさん静かにして!
 俺は小さく息を吸って、静かに、小さく、言った。

パスワードを知っている。パソコン室に持ってきてくれ

 キサラギが、明らかに不振そうな眼差しをこちらに向ける。何を、とは言わないが、こいつが犯人ならわかるはずだ。

……お前、どこまで知ってるんだ?

 食いついてくれた。心底ほっとする、推理は当たっていたようだ。本当は何も知らないけどね。嘘八百の演技を、俺は続ける。

お前が思っている以上の情報を俺は持ってる。それを吟味した上で、お前に協力するっていってるんだ。

いろいろ聞きたいこともあるけど、時間がない。とにかくパソコン室に。話はそれからだ

……お前

 いいかけて、キサラギは目を伏せた。

……先にパソコン室に行ってろ

 走り去るキサラギを見ながら、ふうと俺は息をはく。緊張した。今さらになって、汗が毛穴から吹き出てくる。
 うまくいった、のかな?

 パソコン室で待つ中、そういや仲間を引き連れてきたりしたらどうしようとはらはらもしたが、キサラギは一人でやって来た。

 右手はポケットにつっこまれている。おそらく、そこにディスクがあるのだろう。


 俺は、姫様が以前座っていた席にいた。入り口から一番遠い席だ。

 キサラギは、早足で俺のもとに歩いてくると、俺のとなりに腰かけた。部屋には誰もいないのに、ひそひそと話始める。

誰にもいってないよな?

言わねえよ。それよりさ、パスワードを教える前に、聞きたいことがある

俺もだ

 俺もだ!? 勘弁してくれ。心臓がどきりとはねた。何が来る、何が来る。

縁、どうしてお前、俺がディスクを盗んだって分かったんだ

 確かに、とサンザシが後ろで息を飲んだ。

 確かに。どうしよう。というかこんなときのサポーターじゃないのか!

 とっさに飛び出たのは、まあ、なんというか、悪役のような台詞でもあった。

そ、の質問の前に、答えてほしいことがある。これに答えてくれれば、俺はなんで分かったのかを、教える

 ずるすぎる。

 相手の弱味を握った上で、本当に守られるかどうかもわからない約束をするなんて。ひどい、ひどすぎる。

 しかしこれしかないのだ。

今から必死につじつまあわせを考えます!

 サンザシさんが叫ぶ。

 よろしく、と心の中で返事をして、俺は静かに生唾を飲んだ。

 キサラギ、おそらく鬼の親分は、苦渋に満ちた表情を浮かべている。そりゃそうだ、おそらく心の中は、ふざけるな、とか、このやろうめ、とかだろう。

……誰にも言わないでくれ

1 秘密のディスクと不思議な姫様(9)

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