〜純文学の歴史。 part5〜

まあ、大江健三郎なんか語る前に深沢七郎という存在も忘れられないから、語っておこう

深沢七郎?

ああ。楢山節考という作品で、第一回中央公論小説賞を受賞したツワモノだ

いつ頃の話でしょうか?

石原慎太郎とほぼ同時期

楢山節考ってあれでしょ……? 姥捨山をモチーフにした……

そう。屈指の名作だから、これは早いうちにあげようかと思う。すげえ話だぜ。実の母を山に捨てに行くんだからよ

へええ……

この深沢七郎は元々ギタリストでね。日劇で勤めるほどの腕を持っていた。ギターだけでレコード出しているはずだよ。こんなギタリストがこんなニヒリズムの果てのような無頼な作品を書くのだから面白い

ギタリストねえ

文壇の大御所、正宗白鳥がこの深沢七郎のことを可愛がっていてね。深沢七郎の逸話を見ると実に面白い

へえ。正宗白鳥って夏目漱石貶した人(part1参照)でしょ?

短絡的やな……この正宗白鳥という奇人と深沢七郎という奇人。見事な奇人同士の話でね。面白いよ本当に

なんか片や偏屈、片やギタリスト……なんか漫画みたいですね

まあ、この深沢七郎ってのは人類滅亡とか口走ったり、皇室をぶち殺すブラックユーモア小説を書くような人だからね。天才となんたらは紙一重と言うが、深沢七郎はまさにそれで、時にその奇抜なアイディアや行動が煙たがれたりしたんだよね。特に有名なのが

風流夢譚事件……

よく知ってんな。天皇が殺される夢を見たある男を描いた風流夢譚って小説を見た右翼青年が中央公論の社長の家に殴り込んで、家政婦をぶち殺したってね

恐ろしい……

大体、こう見る限り、底辺の右翼なんてバカなもんだよ。大物を除けば。天皇がなんだよって。僕は天皇崇拝者でも排斥論者でもないが、天皇陛下に失礼だ! 売国奴だ! とほざく連中は天皇を免罪符にして、己の根拠を通そうとしてる不逞の輩の塊だからな。ネトウヨなんてそのさえたるもん。天皇はそんな右翼が描く妄想や話なんて考えてもいやしないはず。第一、公務が忙しくってバカに構う暇なぞないだろうし

まあまあ……熱くならずに……

ふむ。悪かった。で、だ。僕はこの深沢七郎は、石原慎太郎以上の解放、赤裸々に描くモラルの破壊を行った人だと思うな

昔話風の話が多いのに?

うん。石原慎太郎のは上辺の風俗で破壊なんて言っても見てくれの破壊なんだ。よーにいえば、戦後という大きなハリボテを用意して、これ見よがしに破壊してる『風』をみせているだけなんだ

なるほど……上辺だけですか……

だからね。石原慎太郎の作品群に対して、先述した宇野浩二は選評で石原慎太郎とは常識人な所を、わざと隠してモラルの欠如を演じているのではないか? というような鋭い指摘をしている。政治とかなんたら抜きにしても、石原慎太郎の作品というのは感性であり、その根幹には良い意味でも悪い意味でも良家育ちがあり、常識があったわけだ

それに対して深沢七郎は……

全く逆。深沢七郎は縛られるものなどなかったし、強制なんて嫌いだった。石原慎太郎より歳上だったから戦争経験はあるからそこも大きく作用してるに違いないが、アプレと呼ばれた石原慎太郎より、恐ろしい存在ではないか。ドロドロとした虚無的でモラルの破壊を行えるだけの根幹を持っていたはずだよ

……なんか深くなってきましたねえ

だからね。老婆をさも当然のように捨てて、谷から突き飛ばすような小説が書けるんだと思う。常人ならば民話由来でも描けねえよ。描けたとしても、それはあくまでも常識の範疇で、ルールに縛られた親子像を描くだろう、だってこの作品、読めばわかるが主人公の老婆は死を自覚し、死を受容しているんだぜ……まあ、長くなるからこの辺で切るが、それくらいモラルの破壊を行えた人だ。この深沢七郎の誕生も文学史には欠かせない。

正宗白鳥との関係は?

それは楢山節考『考』で詳しく描くことにしよう。こんなダラダラしていられないからね。作者も早く書評書きたがっているし

メタwwwww

で、その直後、綺羅星のごとくに現れたのが開高健と大江健三郎というわけだ

大江健三郎ってあれでしょ? 津川雅彦曰く売国奴左翼でしょ?

あの……ああいう人の話は鵜呑みにしないほうがいい。別にどう捉えようが自由だけど鵜呑みはバカだよ。津川雅彦だって、大江健三郎から見ればロクなもんじゃないと思ってんじゃねえの

まあまあ……

戻ろう。それで先にスタートを切ったのは開高健。彼は二十歳の時に同人誌『えんぴつ』に入って、創作活動を中心した。もう、この頃から才能の片鱗があって、当時の同人たちは開高の才能を激賞していたようだよ

確か、大阪だよね?

せやで。大阪市大出身。んで、その同人で出会った作家、牧羊子って女の人と結ばれたんだ。まあ、才能あるというても、まだ同人誌だしね……開高健は結婚を機に鳥井……今のサントリーに勤めはじめた

サントリーですか……飲み物……ジュル……

サントリーって創業者のトリイって名前にさん付けしてひっくり返して、トリイサン、サントリイ、サントリーにしたんでしょ?

おま……よく知っているな。で、昭和三十年頃から徐々に雑誌掲載が増えていって、昭和三十二年『パニック』という小説で辛口評論家、平野謙の激賞を得て、華々しくデビューを遂げる

平野謙ってクソ毒舌なのは有名だよねえ

今は忘れられたがるけどね。石原慎太郎の作品をどうしようもないの匙投げたくらいだし。それで、平野謙は開高健の作品にのめりこめた、とその筆力の高さを評価したんだ。パニックは面白い、が話すと長くなる……面白いから後で上げるわ

その作品で一気に……

そう。この人の作品の根底にあるのは人間の愚かさや保守革新の対立、世間に踊らされる人間やものを描こうとしているんだな。ある意味で第一次、第二次戦後派の復権というところか。

随分大きなテーマですね……

これは大江健三郎にも言えるのだが。で、この開高健はこのパニックと巨人と玩具で地位を確立して、『裸の王様』という小説で芥川賞受賞した。この時、刃を交えたのは大江健三郎だった

ここで大江健三郎ですか

ああ。芥川賞受賞前に大江健三郎のことを言うか

はい

大江健三郎は言うまでもなく、今日本を代表する作家だな。川端康成に続いて二人目のノーベル賞受賞者で、世界的地位も高い、と

なんか噂だと左翼らしいじゃん

あのな……そういうこというなや。あの人にはあの人の思想ってのがあるのだから。ネトウヨみたいなこといいやっさんな

なるほど……それで?

それで……大江健三郎は愛媛に生まれ、豊かな自然に恵まれて育った。この経験が彼の思想の根本となる

はい

で、東大に進学し、渡辺一夫に師事をして、実存主義……まあ、これを話すと長くなるけど、当時流行っていた実存主義の教えを受けた、と。これも大江健三郎の民主主義思想の根本となったわけだ。そんな大江健三郎は開高健とは違った

違うとは?

開高健がデビューをするまで、それなりの時間がかかったのに対し、大江健三郎は大学生のうちにはなばなしいデビューを遂げたんだ。

大学生ですか⁈

うむ。『奇妙な仕事』という作品で東大新聞の懸賞で当選し、さらにそれに続いて『死者の奢り』という作品を描いた。これはあまりにも有名で屍体洗いのアルバイトという都市伝説まで出来たほどだ

なるほど……

その作品の根幹はやはり実存主義的な、なぜ人間は生きるのかというようなね。だからそこに出てくる人は独特で、第三の新人のような、ボンヤリとした劣等生ではなく、本当に奇妙で怪奇なことをやることが多いんだが……僕は大江健三郎好きじゃないから、語るかどうかわからないが、『死者の奢り』くらいは論じようと思う。めんどくさいから戻るね

どうぞ

どうぞって……んで、先に芥川賞受賞したのは開高健。強硬に押し合い、どうしても決まらないから当日欠席をした宇野浩二に意見を求め、開高健が先に決まったという伝説まである

大江健三郎は?

その半年後。そしたら、面白いことが選考でおこったんだわ

彼はもう新人じゃないって意見がたくさん出たのだわ。二十三歳で

ええ……二十三歳で? 声優かよ……

原由実です♡

もういいよ! それは!

んで、結局、揉めた末に、二十代という点が考慮されて、受賞したんだが……もうこれだけ見ても分かるが文壇デビューが一大イベントになっていったんだな。これは戦後の、高度経済成長に伴う世間に追随するようなものだと僕は思うんだが

分かるよ。めっちゃ分かる

わかってんのかこいつ……

それでこの二人のデビュー。片方は行動的で、世間の人間の無力さ、愚かさを描き続け、さらには従軍経験やベ平連ってのを結成したりと開高健は闘志として活躍し続けた。大江健三郎は独特の信条の上で様々な問題作を描いた。それは戦争であり、障害であり、人間の生き様であり……そんな姿が、作家の姿勢が評価されて、ノーベル賞をもらったというのはいうまでもないね。

なるほど。

この二人の登場の後は、田辺聖子まで……田辺さんも大衆文学にいっちゃったけど、そこまでこれっという人は出ないなあ。それより、その五年間で面白い現象が起こったんだ

な、なんです?

大衆文学の純文学、純文学の大衆化という現象が起こったんだな

は?

まあ、難しいんだけども……分かりやすく言うとね。芥川賞受賞作、また作家、および、純文学に関連する人物たちが、例えば官能小説だとか、戦記や推理小説など大衆文学的な作品を描くようになり、それとは逆に大衆文学的ではない、本当に詩情あふれる作家たちが直木賞をはじめとした大衆文学として注目されたという点だな

よくわからん

まず、後者は伊藤桂一って詩人が『蛍の河』って小説で直木賞を受賞した。この作品は戦記物の態を取ってるとはいえども、私小説に近い、詩情あふれる、剣豪やSFが跳梁跋扈するような大衆文学からかけ離れたような作品が直木賞を取っちゃったんだ。さらに昔、芥川賞で大いにもめた純文学作家の田宮虎彦の作品が……田宮虎彦は語るに値するんだけど、この人は純文学グループにはあまり属さない人だったから……直木賞候補に入って、歴史小説書いたりと、めちゃくちゃになり始めたんだ

……なんか、ますますわからなくなってきましたねえ

うむ。石原慎太郎のような通俗小説が芥川賞を取って以来、めちゃくちゃになった。さらに言えば、芥川賞作家の松本清張が推理小説や時代小説を描き始め、さらに松本清張と同期で受賞した五味康祐が柳生武芸帳と呼ばれる剣豪小説を描くようになった。さらに、その人たちより先輩にあたる井上靖も歴史小説や紀行小説を描くようになったんだなあ

……なんでそうなったの?

ふーむ。こればかりは言えないが、戦前と比べ、教育も盛んになり、出版ブームも起こった上に検閲もなくなった。自由なものが書けるようになったから、みんな面白いものを描きたい、と行動始めたんじゃないの

なんというか原点回帰だね

だから、純文学の枠組みはなんとも言いようがないんだよ。最初に言ったように

なるほど……そう行き着くわけですか……

その後は、田辺聖子というのちに大衆作家に転ずる人が芥川賞受賞したり、内向の文学と呼ばれる、やはり第三の新人の回帰世代がまた生まれたり、野坂昭如みたいな私小説的な特異な文体を持つ人が文壇に現れたり、そう思ったら、唐十郎、尾辻克彦……先年死んだ赤瀬川原平……とか、若者の人気者だった芸術家や劇作家が純文学デビューしたり、村上春樹を始めとする中上健次、村上龍といったような……一部ではダブル村上の時代なんとか……新人が颯爽に登場したりと、ますます、純文学なのだか、中間小説なのだか、大衆文学なのだか、わからなくなってきたんだ

今でも?

今なんか、ゴミばかりだよ。どの界隈も。大体、ラノベ風情が流行り、真似する世の中だ。僕なんて文学も文壇もぶっ壊れてると思うけどなあ。もうこんなもんでいいだろ?

貴方様……随分投げやりですね

もうめんどくさくなってきてな。胃が痛いし

お可哀想に。誰のせいでしょう!

お前らのせいだろう!

どーどーどー

馬じゃない!

……痛ててて。では、この辺で……詳しくは作家のエピソードで話すから、次に移ることにしよう。大体、こんなものを真面目に読むより、日本文学史とか専門書読んだ方が間違いなく身につく

あーあ、長かった

それを言うなそれを!

次回から本題に入ります(多分)

純文学のミカタ!! ~第六話。純文学の歴史 part5~

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