このネクタイをおくれよ。女の子にモテないんじゃ死んだかいがないからね

そう、なら、お金はいらないわ

サマンサがにっこり微笑むと、青年は嬉しげに笑った。
ピカピカに磨き上げた靴に、センスの良いシャツ。典型的なイタリア男だ。

ありがとう、ねえ、此処に来て初めて会った女性は君なんだ。色々聞きたいことがあるからドルチェとかどうかな?

ふふ、とサマンサも笑いを漏らす。

このお店は本当に可愛いね。君が経営してるからかな?

そうよ。私は可愛いものが大好きなの

僕もなかなかに可愛くないかい?

残念ね、うちの店員たちには敵わないわ

本当に店員さんたちも可愛いよ。此処は本当に天国だ

天国……? いいえ

にこり、とサマンサは笑う。

ヴァルハラよ


紅玉が肩を竦める。

軟派な奴ね。お金入ってこないのに時間だけ取られてもったいないある

サマンサはクスリ、とする。

イタリア男だもの、仕方ないわ。それに、今回は別件でお金が入るわよ

別件ってなんですか?

依子の問いにまたクスリ、と笑う。金髪がフリルのシャツに落ちる。

また、構成員が足りないから、船を使えるイタリア男が来たら紹介してって

ああ、それで『思い』、の方が入らなくってもOKって事か

エミリーの言葉に紅玉はにゃっと笑う。

テンチョ、ボロイ儲けあるな

その後、新たに『思い』を支払い現世に帰る客が来たため、その話は終わった。
しかし翌日。

オイコラ、開けろ!

ガンガンと扉を派手に叩く音で、三人の店員は開店準備の掃除をストップした。

も、申し訳ありません開店は

営業時間外ある。また来るよろし

依子の言葉を紅玉が愛想もなく遮る。再び埃を塵取りに集める作業を再開している。
しかし、扉を殴る音は止まない。それどころか蹴り始めているようだ。

そんな事は知ってるし見りゃ分かる! 二秒以内に開けねえと扉ぶっ壊すぞ!

朝っぱらからキレてんじゃねえよ! うるせえな!

エミリーが怒鳴り返すと、本気でドアノブがガシャガシャと不穏な音を立て始めたので、慌てて依子は扉を開けた。

あの、お客様、申し訳ありません。まだ準備中でして……

目の前の女は言った。

だから知ってるっつってんだろ、ぶっ殺すぞ。店長を出しな、ジャポネーゼ

……嗚呼……やはり貴女でしたか

店の奥からサマンサが顔を出す。
彼女も同意見だった。

やっぱり貴女だったのね、アンドレア

茶色のショートカットに、黒の眼帯、赤のシャツに黒のパンツを着こなす。どれをとってもお洒落に隙がない上、シャツから零れんばかりの胸に細いウェスト、きゅっと吊り上った尻に長い脚。ミラノでモデルをやれそうなこの三十路の女は、カウンターにどんと拳を下した。
アンドレア、という男性名なのが依子たちには気にかかるところだが、未だに理由は聞いていない。

おい、サマンサ

やん、いつも通りサムって呼んで

同年代であろうサマンサのふざけた声を、ギロリと片目が睨む。

おい、もう一度、俺が出した条件を言うぞ。船を使えるイタリア男を紹介しろ、引き換えに5万ドル払う

あら? 貴女のアジトまでの船はこちらで負担する、という文章が抜けているわね

いけしゃあしゃあと言ってんじゃねえ! 俺はお前に確かに5万ドル支払った!

前払いだったわねえ……

そして昨日男が来たので出航させると電話してきた!

そうね、貴女のアジトは船じゃないと行きにくいわ

それなのに……

またバン、とカウンターが叩かれる。

船も野郎も一向に届かねえのは如何いう訳だ!

あらあら、とサマンサは口に手を当てる。

うちは雑貨屋よ、人材派遣会社じゃないわ。貴女に紹介した男が船を持ち逃げしても、知る限りでないわよ

やっぱりか! 野郎、頭の風通しを良くして豚の餌にしてやる!

荒れるアンドレアから離れて、エミリーがこそこそ話す。

そんなだから構成員足りなくなるんじゃねえの

依子もこそこそ返す。

職業柄仕方ないですよ

紅玉もこそこそ返す。

あの女ボスも消えられるのが嫌なら、イタリア男以外を雇えばいいある。中国人、お金さえ払えばとても真面目よ

聞こえてるぞ小娘ども

低く呟かれた言葉に、慌てて視線を逸らした。

まあ、落ち着きなさい。美人が台無しよ。それに、うちもそこまで無責任じゃないわ

サマンサはモバイルパソコンを開いた。

ちゃんと、船に発信器くらいは付けてるのよ

ぴ、ぴ、と光が点滅している。

ただ、少し変なのよねえ

光が点滅しているのは、海の中なのだ。陸地から3キロほど離れた場所で、ぴ、ぴ、と音がする。

ね? 3キロも船を捨てて泳ぐほど、貴女はモテないかしら? イタリアマフィア、ロッソファミリーの女ボスさん?

ち、と舌打ちをする。

3キロは泳がねえな。興味がないならお前の話を断れば済むことだ、サム

ふふ……とサマンサは笑う。

安心して、貴女が船を出す前に、ちゃんと何があるか調べて来てあげる

嫌な予感が三人を襲う。

ね、依子、エミリー、紅玉、ちょっと海まで行ってきて

予感的中。三人は

はい

ヘヴンズ・ドアー3「―我(ワタシ)、タダでは殺さないよ」

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