梓川さくら

お、お屋敷だぁーー!!

 思わず叫んでしまう、人の家の門構えの前で。

 一般家庭で育った小娘が、ババンと日本調の屋敷を目の前にしたら驚くのも無理ないよね?

梓川さくら

宇田川くんってお金持ちだったんだぁ

宇田川詩水

いや家は代々の家だから。
中身はごくごく庶民的な暮らしだよ

 それでもこれだけの土地を持っていることに変わりない。

 門の横に人用の扉があり、そこから入っていくと、砂利道に飛び石が並び玄関と庭まで続く。

梓川さくら

うう、なんか急に緊張してきた。

 ある日の放課後、宇田川くんにちょっとうちに寄って行ってくれないかと招待を受けた。
 なにやら宇田川くんの父親が私に対して話があるらしい。
 恐らくこの間の川の件だと思い、断る理由もなくのこのことついて来たわけだが、大きな家を前にして自分はどうすべきかわからなくなってしまう。

 進むのを躊躇っていると、玄関から誰か出てきた。玄関先の人に深々とお辞儀をしてからこちらに向かってくる。
 お客さんだろうか。二人の女性だ。

早川のおばさん

あら、宇田川のお坊ちゃん、
おかえりなさいませ。
お久しぶりでございます

宇田川詩水

こんにちは、早川のおばさん。
星那さんもお久しぶりです

早川星那

お久しぶりです

 宇田川くんが早川のおばさんと呼んだ人は、うちの母さんくらいの年代で、微笑みながら軽く頭を下げる。

 その後ろに大人しく控える方は星那さんと呼ばれて答えた。二人は母娘のようだ。
 真っ黒な髪で清楚~ってかんじ。着ているのはお嬢様学校の制服だ。

早川のおばさん

今日は息子の婚礼のご挨拶をさせて頂いたの

宇田川詩水

へぇ、望さん結婚ですか

早川のおばさん

ええ、そうなの。武中のお嬢さんを頂けてね

宇田川詩水

それはいい縁ですね

 宇田川くんがとても事務的に答えているのがわかった。

早川のおばさん

そうなのよ。
あちらとは以前からご懇意にさせて頂いていたけど、縁はなくてね。
良き縁がないかと思っていたとこに、これでしょう?

宇田川詩水

良かったですね。おめでとうございます

早川のおばさん

ホントにね~。
娘もそろそろと思っているのだけど……

 早川のおばさんの目がチラリと泳ぐ。
 なにが言いたいのか、初対面の私でさえ分かってしまう。

 宇田川くんが躱す。

宇田川詩水

まだ、少し早いのでは?

早川のおばさん

娘なんて早ければ早いほどいいのよ。
それで、そちらは宇田川のお坊ちゃんの彼女?

 ギラリと睨まれた気がする。
 わたくしの獲物を横取りする盗っ人ではないだろうね、と。

宇田川詩水

いや、違いますよ。同級生です

 宇田川くんがさらっと答えたのに合わせてペコッと会釈する。
 ちょっぴりがっかりした気もするが、目を付けられでもしたら困るので彼は正しい。

早川のおばさん

そう……。
では私たちはこれで。
我らの幸福と繁栄を祈らんことを……

 恭しくお辞儀をして門を出て行く。

梓川さくら

なんか変なの

宇田川詩水

え? 今の結びが?

梓川さくら

いや、それもあるけど。

さっきのおばさん、
すごく丁寧な敬語使ってたけど、
名前じゃなくて、どこそこの坊ちゃん、
お嬢さんって呼ぶのがそこはかとなく変

 宇田川くんも早川さん、ではなく早川のおばさんと言っていたけど。

宇田川詩水

……まぁ、そうだろうね

梓川さくら

上っ面だけのママ友同士の会話みたいな。
なんとか君ママ、なんとかちゃんのパパって

 その場合は子供が中心の世界だからわからなくもないが、さっきのおばさんの言い方は、人ではなく家が中心みたいだ。

梓川さくら

結婚なのに、
なんかおめでたい感じが持てなかったな

宇田川詩水

オレらの場合、
結婚は家同士のものだからね

 オレらの場合?

宇田川詩水

実際、さっきの話の早川の長男と武中の長女の婚姻は、小さい頃から話は纏まってたんだよ

梓川さくら

フィアンセってこと?
うわーすごい

 だからなんか白々しかったんだ。以前から決まっていたことをさも最近決まったかのように振舞ったから。

 あれ、待てよ?

 ふと気になる事柄が湧いて聞かずにはいられない。

梓川さくら

……ちなみにさ、
宇田川くんにもフィアンセが?

宇田川詩水

オレの場合はまた別かな

梓川さくら

そうなの?

 あっさり別だと答えた。つまりフィアンセはいないし、家同士の結婚はないってこと?

宇田川詩水

本家の者は迂闊に縁を結ばせないんだ。
オレは次男だから余計にね

 次男だからって、どういうことだろう。

宇田川詩水

さっきの星那さんと、
って話も何度か出てるけど、
オレは本人同士の問題もあると思うから

 でも、さっきの女の子はそれも満更でもないのかも。

 玄関を入るとなにかキュッと身が締まる気がした。動きを止めると宇田川くんが不思議そうに声を掛けてくる。

宇田川詩水

どうしたの?

梓川さくら

あ、なんでもない! お邪魔します

宇田川詩水

どうぞ

 視線も感じた気がするが、気のせいだろう。

 こっち、と案内される。一番奥の部屋だ。
 緊張のせいかドクンと心臓が一度鳴る。

宇田川詩水

父さん、ただいま

 畳の間には男の人が座っていた。宇田川くんのお父さんだ。

梓川さくら

こ、こんにちはー

 友だちのお父さんってなんか苦手だ。
 ローテーブルに座布団が四つ。お父さんの向かいに二人並んで正座する。

宇田川の父

その子が、
件のお嬢さんか

宇田川詩水

はい

梓川さくら

はじめまして、梓川と申します

 緊張でどうにかなってしまいそうだ。
 別に結婚前のご挨拶でもないのにね。

宇田川の父

足を崩しても構わないよ

梓川さくら

あ、ではご厚意に甘えて

宇田川詩水

……

 正座とか慣れないので助かった。宇田川くんがなにか言いたげに見ていたが遠慮はしない。

宇田川の父

貴女の中に入り込んだ妖を
封印せざるを得ず、呪を架けたそうだが、
身体に変調はないかな?

梓川さくら

はい、全然

宇田川の父

見た限り、呪に問題はないようだし、
妖も大人しくしている

 彼らにはなにが見えているのだろう。

 あれ、そもそも妖ってなに?
 あの透明のもの?

宇田川の父

うちの母も、
その身に妖を封印していたんだ

梓川さくら

そうなんですか?

 宇田川くんのおばあさんということかな。
 じゃあそんなに珍しいことではないんだ。

宇田川の父

彼女の場合、自ら行ったというがね

 自分のお母さんのことを彼女というのはなんだか変な感じ。威圧感のある感じで話すから余計にかな。

宇田川の父

人の中に妖を封じるというのは
そう珍しい話ではない。

だが、君のような一般人に、
というのははじめてかもしれない

梓川さくら

一般人?

宇田川の父

器がある程度力を持っていないと
耐えられない認識でいたが……

梓川さくら

うつわ……?

宇田川詩水

父さん

宇田川の父

ああ、すまない。
詩水、御巫に連絡を取ってみなさい

 宇田川くんが諭すように声を掛けると、お父さんは私の存在を思い出したようだ。

宇田川詩水

はい

宇田川の父

久瀬家にも話をつけておこう

 かんなぎ? くぜ家?
 もうわからない名詞ばかりで、なんにも理解できない!
 あとでちゃんと宇田川くんに説明してもらわなきゃ。

宇田川の父

梓川さん、こんなことになってしまって大変申し訳ないが、私たちの稼業については口外しないで頂きたい

梓川さくら

え?

宇田川の父

これはとても特殊で繊細なものです。
公に広まるのは望ましくない

 稼業って、たぶんあのみえないものと闘ってることだよね……。
 ひとに話せる程、私はなにも理解していない。
 不確かなものを広めるような幼稚な真似などしない。
 それなのに敢えて口止めするなんて心外だよ、宇田川くんのお父さん。

梓川さくら

はい

 少し不愉快ながらもイエスと返事をする。

宇田川の父

貴女に憑いてしまったものの責任は
宇田川家が必ず果たせてもらいます。
今後、もしかしたら危ないこともあるかもしれないが、
常に詩水に護らせようと思っている

梓川さくら

え、常に?

 少し気持ちが浮き上がってしまった。

 でも冷静に考えてみると、学校は殆ど一緒にはいられるけど、学校以外でも一緒に居たら勘違いされちゃうよね。

 宇田川くんが複雑そうな顔をしてこめかみを掻く。
 ちょっと頬が紅く染まってる?

宇田川詩水

や、流石に常に一緒にはいられないけどさ

宇田川の父

護り様はいろいろあるからね

梓川さくら

 急に宇田川くんのお父さんの感じが変わった気がする。今は穏やかな感じ。

宇田川の父

詩水にきちんと説明してもらうといい。
知らないことばかりなのにすまなかったね

梓川さくら

い、いえ……

 私の心を読んだかの様だ。
 そんなに顔に出てしまっていたかな。

宇田川の父

……妖とは、もう言葉を交わしたかい?

梓川さくら

え! 話すことが出来るんですか?

宇田川の父

そう聞いてる。
貴女の口を借りて話すこともあるそうだ

梓川さくら

……そ、それはヤダなぁ

 宇田川くんが横で苦笑しているけど、私は本気でそれは気持ち悪いって思った。

祓い人 宇田川詩水 ep3

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