帰宅後、やはり気になってしまったのでペットの向日葵さんの散歩ついでに、佐那川の川原に行ってみることにした。
帰宅後、やはり気になってしまったのでペットの向日葵さんの散歩ついでに、佐那川の川原に行ってみることにした。
わふ♪
同じく犬の散歩やジョギングをしている人がいて、人通りは少なくはない場所だ。
こんなところで喧嘩などしたものなら通報されてしまう可能性もある。
それはクラスメイトとして、隣の席の者として止めるべきではないだろうか。
なにより、お友達と比べ宇田川くんは、前から気になってはいたようだが、乗り気ではないようだった。友達だからといって嫌なことに付き合う必要はないよ。
暫く歩いて行くと、一本の木の先に三人の影があった。
立ち止まって目を凝らす。
いた!
間違いない。宇田川くんと、誰かあと二人の影。恐らく一人は図書室にいた人だろう。
二対一の喧嘩という感じはしない。みんなで川の方をみている。
なに見ているんだろう?
ここからではよく見えない。
向日葵さん、ちょっと待ってて
向日葵さんを川原の上にあるベンチに繋いで、そっと川の方へ近付き、木の影に隠れる。
三人が見ている方を見ると、なにか川から大きな透明のかたまりが出ている。
川の水が浮き上がっているにしてはすごく綺麗な透明で、それでもなにかがそこにあるとわかるのだ。後ろの背景は透けているのに。
え、なんだろう、あれ?
一人が石か何かをそれに向かって投げると、バシッとあたって跳ね返った。
やっぱりそこになにかある!
マジ?
ちょっとマズイな
図書室にいた人と宇田川くんの声だ。
散る花を……
もう一人がなにかを言い掛けた時、透明な何かがぐらりと動いた。
え……。
認識する間も無く、強い衝撃。
ざあっと風と川の水が吹きかかった。
きゃあっ!
隠れていた木の太い枝が裂けてドサリと落ち、思わず声をあげて尻餅ついてしまった。
なに?
誰だ?
三人が振り返る。
一人がこちらに指を差してくる。
あーおまえだろ?
今日の昼に、聞き耳立ててたやつ?
図書室にいた人だ。
潜んだのにバレていたの?
梓川さん?
あ……
驚いたのと、見付かったことに焦って声が出ない。
彼の表情は陰になってみえない。
どんな顔されてるだろう。よく知りもしない子に覗き見され、跡を追われるなんて。
卑しい奴と思われるかも。
宇田川、知り合いか?
うん、同じクラスのコ
逃がしてやりたいたいところだが、
今、隙を与えるのはマズイ
堅い印象を与えるその声は、冷静なようで少し焦っている感じもある。
ああ、中途半端にくらったから怒ってやがる
図書室の人の軽い声にも緊張感がある。
どうやら逃げた方がいいのだろうが、腰が抜けたみたいで立てずにいる。
向日葵さんの吠えてる声がする。
三人の背を壁にしてみえる透明のなにかは、グラグラと揺れているのがわかる。
三人はあれとなにをしているの?
ねぇ、あれはなに?
生きて、いる?
ああ、生きているよ
え?
耳元でふっと囁かれた気がした。
だれ?
囁きが聞こえる距離には誰もいないし、三人は私に背を向けている。
もしかしてと透明のなにかに焦点を合わせると、なぜかそれと目が合った気がした。目なんてないはずなのに。
そして次の瞬間、透明のものがこちらに勢いよく突っ込んできた。
わっ!
きゃっ!
風と水飛沫を受け、腕で顔にかかるのを防ぐ。
冷たい風と水の後にぶわりと暖かい風を感じた。
え? なにか、入ってきた……??
梓川さんっ!?
異変に気付いた宇田川くんが焦ったように私の名を呼ぶ。
応えたいのに、声が出ない……。
なんかふわふわして変な心地だが、どこも痛いわけじゃないので、そんな顔しないでいいのに。
……
うっわ、マズイことになったぞ。
どーする、一宮!
……
彼女ごと消すしかないだろ
他の二人も蒼い顔をしている。
一宮と呼ばれているお堅そうな方が胸ポケットから白い紙を取り出す。
宇田川くんも作っていたしきふだ?
ヤメロっ!!
宇田川くんが叫ぶ。
なにやら自分はピンチな状況のようなのだが、その理由もわからず実感がなくて、ただただ宇田川くんも叫ぶんだと感心してしまう。
そういえば、あの透明のやつがいなくなってる。
うたが、怒っちゃったよ、一宮
お前の気持ちはわからないでもないが、
こいつはただでさえ三人でも手に余るんだ。
このコの体力もそうはもたないだろう。
暴れて酷い死に面見る前に、やってしま……
風さそふ
一宮の話を最後まで聞かずに、宇田川くんはなぜか歌い出した。
花のゆくへは知らねども
心地好いような、逃れられないような歌だ。
うた、それ!?
惜しむ心は 身にとまりけり!!
なんだろう、身体の中が熱い。
風が我が身の周囲を回っている。
身体が、浮いている気がする。
自然と、目を閉じる。
暗闇の中で水の雫がぽちょんと水面に落ち波紋をつくる情景が浮かぶ。
梓川さんっ!
宇田川くんの声に目を開けると凄く近くに彼の顔があった。ドキンと心臓が己の場所を主張する。
今は無理かもしれない。
でも必ず、オレがなんとしても落とすから!
暫くの間、我慢して!
言っている意味はよくわかっていなかったが、彼の訴える必死さに頷く以外考えられなかった。
ふわりと身体が地に着く。
湿った地面を足に感じる。
本当に浮いていたんだろうか。
身体、なんともない?
……ん、たぶん
あ、喋られる。
ごめん、オレの力が及ばなくて。
君の中に封じるしかなかった
宇田川くんのせいじゃないよ、なんていかにも気を使ったようなセリフ、言えなかった。
ただ首を振るだけで精一杯。
陰が掛かり、見上げると二人が見下ろしている。
お前が封印したんだ、お前が最後まで責任を持て。
彼女から目を離すなよ
わざわざ言うな
一宮が苦々しい顔で言うと、宇田川くんがぶっきらぼうに返す。
あんまり仲が良くなさそうだね……。
それにしても、
封印ってなんだろう?
私の中になにかが入り、それを封印せざるを得なかった、ということであっているだろうか。
ちょっと自信ない。
そのなにかって、たぶんあの透明のものだよね。
あれって一体なんなんだろう。
目が合った瞬間、あれは、生きている、と応えた気がする。
それから、変わったことは少しだけ。
ひとつは、私の中に入り込み、封印されたものが水に関係するせいか、雨女になったこと。
ほら、おかげで今日も雨のせいで楽しみにしていた体育のテニスは中止。
下駄箱で傘を畳みながら空を見上げていると、あの二人が通り過ぎる。
ふたつめに、宇田川くんと一緒に居た二人が、生徒会長入江一宮と弓道部部長入江匝瑳(そうさ)と知ったこと。
一宮はジロリと睨みつけ、匝瑳はひらひらと手を振ってくる。両極端で反応に困る。彼らは兄弟ではなく親戚の関係らしい。
それとみっつめ……。
おはよう、宇田川くん
下駄箱の隅で待っていた宇田川くんに声をかける。
おはよう、梓川さん
みっつめは、
宇田川くんが、いつも傍にいてくれるようになったこと。