宇田川詩水

まずどこから話せばいいのかな……。
正直全く知らないって人にうちのこと話すなんてはじめてなんだよ

 宇田川くんのお部屋にあげてもらっていろいろ教えてもらうことになった。

 男のコの部屋なんてはじめてあがるのでちょっとテンションあがってキョロキョロしてしまう。

 彼のお部屋も畳だったがベッドがあった。机の上には教科書じゃなくて、よくわからない本が数冊置かれている。壁にポスターなんかは貼られていないが、白く表情のないお面がひとつ机の横に掛けられている。

宇田川詩水

梓川さん?

梓川さくら

あ、ごめんごめん。
何だっけ?

宇田川詩水

父さんも無茶言うよ……

 宇田川くんのお父さんは、宇田川くんにきちんと説明してもらえと言った。
 だから宇田川くんはすっかり困り顔だ。

 たぶん彼は、自分たちの稼業というものを、人に知られてはならないということが染み付いてる。

 だから特別親しい人もつくらず、目立たずに、加えて敢えて避けると逆に目立っちゃうから自然に振る舞い、自分の周囲に薄い壁を張るようにずっと生きてきた。


 それを急に取っ払えと言われてもすぐには応じられないのも無理からぬことだ。

梓川さくら

宇田川くんは、あの透明のものみたいなのとずっと闘ってきた、ってことであってる?

宇田川詩水

う、うん。
透明なのはあいつの場合だけど

梓川さくら

あやかし、には種類がいるんだね?

宇田川詩水

ああ

梓川さくら

それらを倒すのが稼業なんだね?

宇田川詩水

そうだ

梓川さくら

入江くんたちもそうで、
さっきの早川さんもきっとそうなんだよね

 うんと頷く。
 あとはかんなぎとかくぜ家とかあったが……。

梓川さくら

まだわからないことがあったら、
聞いていいかな?
今はこれで頭いっぱいだから

宇田川詩水

問題ない。いつでも聞いてくれ

 認識にズレがなければ今はこれでいいと思う。

 あれ、なんか肝心なこと忘れているような……。

梓川さくら

あ!
そういえばさっき言ってた、
いろいろな護り様って?

宇田川詩水

ああ、そうだね、
それも言っておかないと

 常に宇田川くんが護ってくれるって、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、複雑だ。

宇田川詩水

スズ、セレン

 宇田川くんが誰かを呼んだ。
 すると誰かが扉をコンコンと軽く叩いた。

スズ

にゃー

 宇田川くんが開けると白猫さんがちょこんと座っている。青い眼がくりんと可愛らしい。

 次に窓の方からコツンと音がして振り向くと、窓の外に黒猫さんがいるではないか。金色にちかい黄色い瞳がなにかを訴えているみたいだ。
 宇田川くんが窓を開けて入れてあげると、宇田川くんに擦り寄って座った。ゴロゴロ喉を鳴らしている。

セレン

ん……

宇田川詩水

白いのがスズで、黒はセレン

 白猫スズは私を興味深そうに見上げながらクンクンと匂いを嗅いでいる。

梓川さくら

宇田川くんのペット?

 いや、それにしては呼んだらすぐ来た。
 猫さんって躾出来るんだっけ?

宇田川詩水

いや、これは式とか遣い魔といってね。
従えた妖なんだ

 普通の猫さんじゃないのかな。
 この子たちも妖なの?

 猫さんの視線が真っ直ぐ私をみつめる。

梓川さくら

妖を従えるの?

宇田川詩水

契約を結ぶんだ。
例えば毎日の食事とか、その妖だけでは行けないところへ連れて行くとか。
その代わり少し手伝ってってね

 猫さんはどんなお手伝いしてくれるのかな。人間みたいに二本足で立って洗濯物を畳んだり料理をする姿を思い浮かべて、ちょっとワクワクした。

宇田川詩水

あの電柱に止まってるカラスもクロムっていうんだ。
それとベッドの下にねずみがいるんだけど、チタンは臆病だから見掛けても叫ばないでやって

梓川さくら

……全部宇田川くんの式なの?

宇田川詩水

数だけはいるんだ

 少し照れ臭そうに微笑する。

 式というものがどういうものなのかよくわからないが、お手伝いしてくれる、言わば仲間ともいえる妖がいっぱいいるというのは心強い限りだ。

宇田川詩水

彼らを傍に着かさせてもらう

梓川さくら

え? もしかして、彼らが護ってくれるの?

宇田川詩水

うん。普通の猫やカラスに見えるけど、
歴とした妖だから。

流石に、君の中の妖と戦える程強くはないけど、見張ることは出来るから、
梓川さんに何か危ない事があったらすぐに判る

スズ

にゃにゃ

 スズさんも答えてくれたみたいだ。

梓川さくら

へぇーすごい

 よくはわかってないけど、なんか凄いな。
 私が遠く離れていても宇田川くんにはわかるって、なんだか小っ恥ずかしいような気もするけど、ちょっと嬉しい気もする。

宇田川詩水

妖の正体さえわかっちゃえば、
従わせることは案外たやすいんだ

梓川さくら

正体?

宇田川詩水

その者がどんな妖で、
どのくらいの力を持っているのか。
その力を上回らないと無視されるんだけど

 つまり妖の知識と力量の見極めと、自分も力がないと出来ないってことじゃない?
 それって全然容易くないよ。

宇田川詩水

例えば、
今机の上のお菓子を狙ってるやつ

 宇田川くんに言われて机の上を見ると、お菓子の横で何かが動いた。

 目を凝らすと、親指くらいの大きさの人のような形をしたものがそこにいるではないか。ちょこちょこと動いてお菓子の箱を開けようと奮闘している。
 ぅぁ、かゎいい。

宇田川詩水

家鳴り、もう少しばれずに捕れ

ぴぃっ!?

 宇田川くんが怒ると、小さき者が飛び上がって驚き、わたわたする。
 そして本の陰に隠れてしまう。

宇田川詩水

こいつはこんなんだから、
よく人に目撃されてる

 そう笑って言いながらお菓子の皿を差し出してやる。

 小さき者はびくびくしながらも本の陰から出てくる。小さいから顔ははっきりわからないが、宇田川くんを見上げ首を傾げて取っていいのか伺っているようだ。

宇田川詩水

寝ている間に失せ物が出て来たり、
宿題が済んでいたりするって話は聞いたことあるだろう?
それはこいつの仕業だよ

梓川さくら

えーそれはありがたいー

 お菓子をひとつまみ取って小さき者にそっと渡してみる。
 よく見えないが、ぱあっと表情を明るくした雰囲気を感じた。そしてお菓子を抱えてまた本の陰に隠れてしまった。

宇田川詩水

気まぐれだし、代わりになにかを捕っていくけどね。
お菓子とか果物を部屋の真ん中に置いておくといいよ。
海外じゃあ彼らをフェアリーと呼ぶらしい

梓川さくら

フェアリーって妖精!?

 ファンタジー小説などの世界に出てくる妖精と妖は似て非なるものかと思いきや、実は同じものだった?
 寧ろ妖精は妖の一種ということになるの?

 なんだかますます妖のこと知りたくなってきた。

祓い人 宇田川詩水 ep4

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