いや、僕は本当に普通の少年なんだけどね。……高校こそ行ってないけど、多分、年齢的にも君に近いんじゃないかな

 桐蔭(とういん)はしれっと言ってくれたが、次の瞬間、笑みが深くなった。

でも、奇妙な能力があるんだよ……あまり人には言わないけど。この店を開いてるのも、その力を有効活用するためでね

……能力、というと?

 いざとなれば掴み掛かることも辞さない気持ちで俺は尋ねたが、桐蔭の返事は意外なものだった。

キーワードが頭に浮かぶんだ……ランダムにね

よくわからないな

う~ん……すっごく説明しにくいんだけどね、どこかに行った時、あるいは誰かを前にした時、その土地や人に関わりそうなキーワードが、自然と僕の頭に浮かぶ。例えばさっきは、君を見た瞬間に『複数のキャラ』という言葉が浮かんだ。だから『中にまだ誰かいる?』って尋ねたんだよ。脅かしたなら、ごめんね

いや、驚いたのも事実だけどね

 俺は多分、今はひどく疑わしい表情で桐蔭を見つめているはずだ。
 向こうもそれを感じたのか、苦笑気味に返す。

この店もさ、その能力を活かして始めたんだよ。つまり、僕が気に入ったお客さんの話し相手をするのが、店の意図ってわけ。僕との会話が気に入れば、最後にお客さんが任意でお金を置いていってくれるし、気に入らなきゃ、そのまま帰ってもらっていい。別に無理に回収しないよ

 最初と変わらない穏やかな微笑みのまま、桐蔭は説明する。

キーワードを並べると、君のように怪しむ人もいるんだよ。その場合は、無理にキーワードを並べることもしないしね

う~ん

 話を聞けば聞くほど、怪しさが全開になっていく気がする。
 俺は目を瞬き、じっと桐蔭を見た。既にかなりこいつを試す気になっている。だって、放置しておくのも、気になるからな。同じくギフト(能力)持ちとして。

無理にキーワードを並べる気がなくても、どうせキーワードは既におまえの脳内に浮かんでいる訳だろ、その理屈で言うならさ? なら、怒らないから並べてみてくれ

いいけど……本当に怒らないかい?

 桐蔭は、初めて用心深そうな声を出した。
 前にも気味悪がられたというのは、本当らしい。

本当に頭に来た時は、止めるなり自分でガードするなりする

 そこで一拍置き、そっと告げた。

どうしても気に入らないし、俺や家族の障害になると思えば……その時は、おまえを殺す


 低い声で言ってやったが、相手は動じなかった。
 不思議なのは、冗談と受け取ったわけじゃないようだってことだ。

ははは……うん、君はいざという時、本当に相手を倒す人だね

 うんうんと、当たり前のように頷いてくれた。
 納得したのか、今の!?
 ……いや、確かに俺は本気で言ったんだけど。

じゃあ、思いつくままに始めよう

 桐蔭は柔らかく言うと、じっと俺の目を見て、ぱっぱっと口にしていった。

妹……黄金色の輝き……ギフト……飛び降り……戦士……人殺し

おいおいおいっ

 眉根を寄せてずらずら並べるキーワードに、俺は正直、青くなった。
 こいつ、マジじゃないか! 本気で能力――つまり、俺と同じギフト持ちだ。

 しかもこいつ、俺が呆れた声を出したのも気付かなかったらしく、そのままキーワードを続けた。

黒い影……殺人現場……クロオ?

そこまででいい!

 俺が断固として言うと、ようやくキーワードの羅列が止まった。
 こっちが制止したためというより、少し驚いたらしく、桐蔭は顔を上げた。

あ、君は今、心を閉ざしたのかな? へえ、そういうことができるんだ。クロオの後にもう一つだけキーワードが出たけど、それ以降は全然駄目だ。凄いね、君

 子供みたいに嬉しそうに微笑む。

 俺は呆れた思いで相手を見返すと――怒鳴りつける代わりに、今度は自分の邪眼を使ってこいつを見た。
 仕返しっていうわけでもないけど、このまま立ち去るわけにもいかない……なにしろ、こいつはクロオの名前を出したからな。

 かつて、俺と妹が遭遇し、俺達にギフトを押しつけやがった男の名前を。

……うわぁ

 邪眼の判定は出た……桐蔭涼と名乗る少年は、クロだった。
 つまり、こいつの身体はうっすらと黄金色に光っていて、『俺の人生に多大な影響を及ぼす』相手の一人だと判明しちまったわけだ。 

サイレントボイスの言うこと聞いてて大丈夫なんかね。エラいヤツに当たったぞ……遁走するか諦めて関わることにするか、考えないとな

その言い方……もしかして、今僕を見て、何か妙なものが見えた

妙というか、おまえが俺の人生に大きな影響を与えるらしいのがわかった。もっとも、俺がここでおまえと関われば、の話だけどな。……逃げた方がいいのかもしれないなあ

 俺は頭を抱えてしまった。
 堂々と愚痴ったせいか、まるで今の質問に答えるように、桐蔭が手を差し出す。

それが君の能力かぁ、へぇ? 僕は気に入った相手には優しいよ。関わればいいじゃない?

……でも、気に食わん相手には冷たいって?

 俺がまぜかえすと、桐蔭は薄く笑った。

 少し冷えた笑みで、こいつの性根が少し垣間見えた気がした。少なくとも、善人一筋ってわけじゃなさそうだ。

 かといって、俺の敵ってわけでもないようだけど……あくまで、今のところは。

 深々と息を吐き、俺は桐蔭の手を握って思い切って振ってやった。

冴島ヒロだよ。ヒロでいい

僕も涼でいいよ


 何が嬉しいのか、桐蔭……改め涼は、やたらとニコニコ笑み崩れている。
 女の子が見たらさぞかしぽおっとするんだろうけど、あいにく俺は男だしな。

やあ、僕にもとうとう同志ができたかなぁ……はっは

何を笑ってんだか

あのさ、不思議なんだけど、君は妙に上手いタイミングでここへ来たね? 自慢じゃないけど、本当に僕は滅多に店を開けないのにさ

俺の妹も、俺に似て便利な能力があるんだよ。今回はそのアドバイスだ。それより涼、せっかくおまえに当たったんだから、おまえもなにかいいアドバイスくれよ。今後の調査の指針をさ

いや、いきなりそんなこと言われてもね

 涼は女の子みたいにクスクス笑う。

僕はあくまでキーワードを並べるだけだよ。でも……そうだな、連想キーワードってのを試してみる? たまにこれでビタッと正解に至ることもあるらしいから

連想キーワード?

 オウム返しに言うと、涼は頷いた。

君が調べたいことの断片を何か言ってくれ。それについて僕の脳裏でキーワードが浮かべば、連想キーワード成立さ

よし

 ここまで来たんだし、駄目元だな。

じゃあ、病院

病弱

 即答か! 俺が見返すと、涼は照れたように笑った。

いや、僕は病弱なトコがあって

今はおまえのことはいいんだよっ。次、学校!

もう一年以上、行ってません。あはは

……連想になってないよ! そのまんま答えるなよっ

ははは、ごめん……だから、そうそう成功しないんだってば

ええい、じゃあブレスレット!

 ここで、初めて涼の返事が遅れた。
 なぜかすっと笑みが消え、俺を真面目な顔で見返す。

中野のマルイ

えっ、なんだそれ?

いや……この中野駅の近くにあるんだけど、だからマルイだよ。もしかして、連想キーワード成功かな

 涼は考え込むように腕を組む。
 わざとらしく首なんか傾げてるが……どこまで本気なんだ、こいつ。

第二章③連想キーワード

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