俺の望みはお前との決闘だ!!!

俺の声が闘技場に響く。
そして俺は親指で首を掻き切る仕草をした。

山岸

あ?!
……てめえなんつった?

まるで知性を感じさせない、どこか動物を感じさせる声がした。
やはり二年前からまるで成長してない。
攻撃的な本能だけで生きてやがる。
ここはもっと挑発しよう。

タカムラ

テメエをぶっ殺すつってんだよ。
このブタ野郎!

俺は笑顔で言った。
俺はもはや相手が同級生ではなく殺すべき敵であることを理解した。

ああ、そうか。

俺はこの瞬間のために生き残ったんだ。
この野郎だけじゃねえ。
全員ぶち殺すために泥をすすって生きてきたのだ。
そんな俺を見て豚が笑う。

山岸

あーはっはっはっは!
言うじゃねえか!
いいだろう。一週間後だ!
お前をここで殺してやる!

まだ豚は俺を格下だと思っているらしい。
自分を大きく見せるのにやっきになっている。
まだ恫喝が俺に効くと思ってやがるのだ。

日常的に戦ってきたこの俺にだ。

頭が悪いにも程がある。
だから俺は相手のレベルに合せて、わかりやすいように親指を下に降ろした。

タカムラ

宣言するぜ。
てめえは俺に命乞いをする。


 俺はにやりと笑った。

山岸

くくくッ!
小便垂れ流しながら俺に命乞いをするのはお前だ。

そう言うと山岸が人差し指を天に突き立てた。
すると俺の対戦相手、正規兵のアゼルから火が出る。
火はあっという間にアゼルを包み、アゼルを消し炭にする。

タカムラ

……おい……豚野郎。
これはなんだ?

俺は怒りをこめていった。
ある程度のパフォーマンスは予想していたが、これはやりすぎだ。
闘技場で戦った戦士には敬意を払うべきだ。
それをこの豚はいきなり殺しやがったのだ。

山岸

リストラだ。
お前程度に負けるのだからな。
そんなヤツはいらん。

豚は勝ち誇っていた。
己の器の小ささをさらけ出したともわからずに。
俺は理解した。
こいつは殺さなければならない。
野郎は誰のためにもならない。
こいつを排除するのは俺たち異世界の人間の義務なのだ。
俺はこれまでにない怒りを感じていた。
それは義憤というヤツなのかもしれない。
俺はもう一つこの豚を殺す理由ができたのだ。
そしてもう一つ。

タカムラ

お前。
それは勇者の証か?

 ぴくりと山岸の眉が動いた。

山岸

そうだ!
お前が得ることの出来なかった力だ。

タカムラ

そうか。
じゃあ寄こせ。

お前のものは俺のもの。

好きだろそういうの?

俺ははっきりと言った。
みるみるうちに山岸の顔が真っ赤になっていく。
やはりバカは死ななきゃ治らない。
こんな安い挑発に乗るなんて。

山岸

殺す!

タカムラ

オイコラ殺してみろやクズ!

俺があくまで挑発した。
最終的に俺が闘技場からつまみ出されるまでこの醜い言い争いは続いたのだ。
なあに黒騎士の態度の悪さは有名だ。
俺には傷つく名誉なんてない。
だが俺はこのとき知らなかった。
すでに違う風が吹いてきたことに。

ダ・ヴィンチの工房

正規兵型アゼルのメンテナンス。
今は私の所属する工房が契約している。

クラスメイトが次々と売られていく中、私はアゼルの開発・メンテナンスを手がけている工房に売られた。

親方の弟子として。
以来、二年間、私は親方の弟子、いわゆる徒弟としてここで働いている。
私の名前は細川香織。
工房の職人だ。

ダ・ヴィンチ

ホソカワぁッ! 腕の調整は終わったかー?!


 しゃがれた男の声が響いた。
 親方の声だ。

親方ぁッ!
腕の機体調整完了したッス!

私も負けずに怒鳴り返す。
仕事では常に喧嘩腰。
普通の日本人から見れば酷い労働環境に思えるかもしれない。
だけど私はこういうノリになれていた。
私の家は、小さな鋳物の工場。
金属を溶かして型に流し込む方式で製品を作っている。
マンホールから鍋までいろいろな製品をだ。
工場のノリはこの工房と似ている。
非常に慣れ親しんだノリだ。
それに機械を触るのは昔から大好きだ。
分解し、清掃し、故障箇所を交換する。
その全ての作業が好きだ。
だからここでの仕事は非常に楽だ。
苦にもならない。
今回も会心の出来だ。
それなのにあのハゲ。
返事も寄こさない。
イラッとした私はもう一度怒鳴る。

細川

親方ぁッ!
聞いてんのかー!?
黙ってると残った毛抜くぞ!!!

ダ・ヴィンチ

聞いてるぞ!
テメエの腕は信頼してるから怒鳴るんじゃねえ!!!

細川

あいよー!
んじゃ下に降りますわ。

私は昇降機に乗り、下へ降りる。
親方は脚部のメンテナンス、拡大鏡を目につけてギアボックスの清掃をしている。
分解し、油汚れを溶剤で落とし、組み立ててから油をさす。
やはり老獪な職人だ。
手際がいい。
作業を終えると親方は私を見てニヤッと笑った。
なにか楽しいことがあったらしい。

ダ・ヴィンチ

おうご苦労。
聞いたか? 
領主のヤマギシが闘技場で決闘だってよ!

私はアゼルは好きだが、闘技場での殺し合いはどうにも好きになれない。
どう考えても野蛮に思えるからだ。
それに領主のヤマギシも好きじゃない。
私と友人たち全員を奴隷として売ったカタキなのだ。
でも仕方がない。
これは仕事なのだ。
仕事にはプライドを持つ。
親方の教えだ。

細川

仕事にはベストを尽くす。
職人はそれだけを考えていればいい。

そうだ。
それだけを考えるんだ。
そのためにも、ちゃんと話を聞かなければ。

細川

んじゃコイツで出撃ってわけですか?

ダ・ヴィンチ

ああ。そうだな。気張ってやれよ!
試合の前に動かなくなったら工房の恥だからな!

細川

あいよ親方!
ところでカスタマイズはしないでいいんですか?

正規兵だったら自分好みに装備や挙動をカスタマイズする注文が入ってるはずだ。
ところが今回はそのような特別な注文を聞いていない。

ダ・ヴィンチ

フンッ!
ヤマギシがそんなことわかるわけがなかろう。
実戦すら二年前の一度だけだ。

野球部の万年補欠野郎。
それがヤマギシだ。
ひたすら頑丈なだけで、メンタルもフィジカルも弱い。
領主なんだとふんぞり返っているが、他の男子の足手まといだから置いて行かれたに違いない。

細川

まあそうっすね。

私は納得して返事を返した。

ダ・ヴィンチ

くくくっ

ダ・ヴィンチ

わかってるな。カオリ

ええ。わかってますよ。

細川

『職人は仕事にベストを尽くしさえすればいい』ッスね?

ダ・ヴィンチ

ああそうだ。
余計なことは考えるな。

親方が満足そうに笑う。
どうやら私は正解を言ったらしい。

ダ・ヴィンチ

ところで知ってるか?

細川

なにがです?

ダ・ヴィンチ

ヤマギシの対戦相手だよ!

細川

興味ないです。

闘技場の選手なんかには興味はない。
試合も見ないし見たくもない。
闘技場にいる連中は、どいつもこいつも死にたがりのバカ野郎だ。

細川

ホントバカばかり……
アイツだってもう死んでるに違いない。

私たちのせいで味方になってかばってくれた友達が死んだのだ。

そんな私の心なんて知らないとばかりに親方は続ける。
よほど楽しい出来事らしい。

ダ・ヴィンチ

んでよう、傑作なんだよ!
あの黒騎士タカムラだぜ!
ほら、二年前に全裸でテレビに出やがった……

レンチが床に落ちた。
工場に金属音が響く。

細川

タカムラ……生きてたんだ……。

ダ・ヴィンチ

おい! 工具は丁寧に……ってお前……

私の目から自然と涙が溢れてきていた。
生きていたのだ。
高村が生きていたのだ。

ダ・ヴィンチ

お、おい!
俺なんか悪いこと言ったか?
なあ……俺は女の子のあやしかたなんてわからねえぞ……あー困った……おい頼むから泣き止んでくれ!

細川

お、親方ぁ。違うんです。
と、友達なんです。タカムラは。

彼は私たちの犠牲にならずに生きて戻ってきたのだ。
約束を果たしにやって来たのだ。

細川

助けなきゃ。
彼をなんとしても助けなきゃ。

これは私に課せられた義務なのだ。
私は涙を拭う。
負けてなんていられない。
アレを。
アレをタカムラに渡す時が来たのだ。

細川

親方。
お願いがあります!

ダ・ヴィンチ

お、おう……なんだ?

細川

アレを高村……黒騎士に渡します!

ダ・ヴィンチ

いいのか?
アレはまだ調整が……

細川

完成させます!!!

このとき私の心に残ったなにかが燃え上がった。
それは情熱と言うのかもしれない。
こうして私の運命も動き出したのだった。

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