俺はサイガに怒鳴った。
ざけんなゴラァッ!
俺はサイガに怒鳴った。
てめえのドックで整備する約束だろが!!!
なんでヤマギシの息のかかった工房で整備するんだよ!!!
俺はサイガに詰め寄る。
ヤマギシのバカは確かに頭が弱くて運動神経も良くない。
ヤンキー業界の底辺人種だ。
だがアイツは敵を罠に嵌めるのが異常に上手いのだ。
AくんとBくんの両方が邪魔だ。
それならAくんとBくんにあることないこと吹き込んで戦わせて消耗したところを後ろから攻撃する。
それがヤマギシという男なのだ。
ヤマギシの息のかかった工房で整備するなんて自殺行為だ。
いいから、ガタガタ言わねえでダ・ヴィンチのジジイの所に行きやがれ!!!
これは命令だ!!!
裏切るつもりか?
違うね!
行けばわかる。
行かなきゃ後悔するぞ。
これは俺の名誉にかけて保証してやる。
サイガは真っ直ぐ俺を見据えていた。
よほどのことがあるようだ。
しかたない。
気が進まないが見るだけ見てこよう。
罠だったらその場にいた全員に生まれてきたことを後悔させてやる!
あ、そうそう。
吉田の旦那も連れてけ。
喜ぶぞ。
なんだ?
吉田のバカと一網打尽に……
……うん。ないな。
いや、あのバカを殺すのは難しいだろう。
サイガが一番よく知ってるからな。
ホント……なにがあった?
工房区画
俺は吉田を連れてダ・ヴィンチの工房へ向かった。
途中チンピラが商店の前にウンコ座りしているのを見て、俺はメンチをかます。
どこの肉食獣だお前は……
うるせー!!!
俺は吉田のツッコミへ抗議する。
チンピラには一応威嚇しておくべきだ。
目をそらしたら次の瞬間襲ってきやがるからな。
すると、いきなりチンピラの一人が俺を指さした。
あ、タカムラだ!
おい、黒騎士だぞ!
生黒騎士!!!
ん?
なにかがおかしい。
いつもと反応が違う。
あ、デビュー当初からファンでした。
サインお願いします!!!
え? ファン?
ちょっと待て、俺にファンなんて存在したのか!?
タカムラさんのあのヒールッぷり、俺たちクズの星っす!
うれしくない!!!
全然うれしくない!!!
アレか!
DQN御用達のスポーツ選手!
俺はそのポジションなのか!!!
俺は痛キャラ扱いなのかあああああ!!!
自分の中で新たな葛藤が生まれながら俺は生まれて初めてのサインをした。
恥ずかしい!!!
お前、男にはモテるのな
そんな俺に非情な台詞が浴びせられる。
吉田ぁッ!
その言葉死んでも忘れないからな!
俺は泣きそうになりながら怒鳴った。
まあ俺の負けだ。
クッソ!
あとで仕返ししてやるからな!
靴の中に画鋲入れてやるんだからな!
……それにしても俺、なんか人気出るようなことしたか?
俺はSAN値がガンガン減っていくのを感じた。
そうこうしているうちに俺たちは工房へ到着した。
ダ・ヴィンチの工房
工房の中に入ると、頭の禿げたオッサンが俺を指さした。
おお! 全裸男!!!
その呼び方はヤメレ!!!
俺は脊髄反射でツッコむ。
そんな俺のツッコミなど関係ないとばかりに、オッサンはズカズカと大股で近寄ってくると俺の胸倉を掴んだ。
てめえ!
ウチの弟子を泣かせたらぶっ殺してやるぞ!
っちょ! オッサン!
意味がわかんねえよ!!!
トボけんなこの野郎!!!
ありゃ俺の娘みたいなもんだからな!
泣かせやがったら地の果てまで追い込んでやる!
わかってんのかテメエ!!!
顔を真っ赤にしたオッサンが、俺の胸倉を掴みながら怒鳴る。
俺なにかやったか!?
俺にはまったく身に覚えがない。
そして混乱する俺への糾弾会へもう一人が参戦する。
やはり貴様ああああああぁッ!
ファンのJCを隠してやがったな!!!
吉田ぁッ!
頼むからお前は黙ってくれ!!!
え、ファン?
……ねえよボケ!!!
お前ら!
俺はついさっき男のファンがいることを知ったばかりだぞ!
女の子との接点なんて……(ほろり)。
最早なにがなんだかわからない。
なにがあった?
娘って誰よ!!!
そしてその本人がやってくる。
こら親方ぁ!
なに騒いでいやがる……
こっちはギアの音聞いてんだよ!!!
それは高い声だった。
女子の声だ。
この声には聞き覚えがある。
って、その声はタカムラ!
それに……吉田先生!
細川……さん……?
俺の声は震えていた。
細川香織《ほそかわかおり》。
クラスのにぎやかし担当。
テニス部をサボっていつも凶暴ヤンキーの菊池や小平と遊んでいた女子だ。
見た目は派手。
自分の顔を自覚していて、それを魅せる手段を知っているタイプの女子だ。
いわゆるギャルというヤツだと思う。
そういうのに疎いので……正直、自信がないが……
友達に売られるとは思ってなかったらしく、奴隷商に引き離されたときには大泣きしていたっけ……
細川の外見は変わっていた。
汚い金髪に染めていた髪は元の黒髪に戻り、原型がわからないくらい派手だった顔は化粧っ気もなく機械油がついていた。
横文字ブランドの服は整備工のツナギと軍手に変わっていた。
街で会ってもわからなかったかもしれない。
それほど彼女は変わっていた。
剣闘士になる前、いわゆるオタクだった俺と彼女は違う世界の住民。
校内カーストの最下位と最上位。
接点は全くなかった。
それでも……俺は……
細川ぁ……
なぜか涙が流れてきた。
俺の二年間、それがこの瞬間ようやく報われたのだ。
まだたった一人だ。
それでも二年間を費やして初めてクラスメイトを見つけたのだ。
情けなくも泣き崩れた俺の頭にポンと吉田が手を置いた。
高村。よかったな……
せんせ……い……よかった!
生きててくれてよかった!
こっちこそお前死んだと思ってたぞ!
グス……
よかった……
俺、生き残って良かったよ!!!
おう。
そうかそうか。
うん。
グス。
グシグシ。
グスッ! ちーん(鼻をかむ音)
イラァッ
泣き崩れる俺に細川は近づいた。
最初は彼女も涙を浮かべていた。
だがいつまでもグシグシと泣いている俺を見ると、細川は油まみれの軍手を外すと、手を大きく振りかぶり俺の頭を……
思いっきりひっぱたいた。
高村!
まだ終わってないよ!
ヤマギシ倒さないとみんな助けられないよ!
ほら、シャンとしなさい!
うあ……
間抜けな声を俺は上げた。
細川は怒っていなかった。
その証拠に顔を見上げた俺にニコッと笑いかけた。
その顔を見て俺は冷静になった。
確かに少しみっともなかった。
そうだな。
男は泣くもんじゃない。
……すまん
俺は立ち上がった。
その顔は真っ赤だった。
お前相変わらずドSだな。
でもいい女になったじゃねえか!
吉田はそう言って笑っていた。
せんせーせくはらー!
細川はまるで昔のように吉田へ軽口を叩いた。
オイコラお前ら! 俺を忘れてねえか!!!
再会のイベントが終わったのを感じ取ったのかオッサンが怒鳴った。
いや忘れてねえから。
黒騎士ぃ、オメエのアゼルをこの俺、ダ・ヴィンチとその一番弟子である細川が限界までチューンしてやる!
ありがたく思え。
ガハハハハ!!!
オッサンが高笑いし、細川は俺に笑顔を向ける。
その笑顔はくだらないイタズラをするときの顔だった。
そうだ!
思い出した!
細川ってこういうヤツだった!
細川ぁ!
オメエの作ったアレを出しやがれ!
あいよー!!!
細川が昇降機のボタンを押した。
工房の地下から、なにかがせり上がってくる。
ガシャンと言う音とともにその全貌が顕わになった。
おい待て、これって……
細川……これって……使えるのか?
もちろん!
アニキがこういうの好きでさー。
構造は知ってたんだわ。
でも実際作るのは苦労したぜ!
どうだすげえだろ!
細川は胸を張って鼻息荒く言った。
でかい……だと!
なあ、タカムラさんよう……
今どういう目でウチの弟子を見やがった?
素晴らしい職人だと尊敬と羨望の眼差しで見ておりました!
で、あります!!!
このオッサン怖い!!!
こうして俺は新兵器を手にヤマギシに挑む事になった。
俺に死ねない理由が一つできた。
そうだ。
俺は生き残らねばならない。