『白い女が現れた』
 
 トラックの運転手は酷く怯えた様子でそう語ったらしい。

 ただ今のところ、そういった人物を見かけたという証言は他に無いようだ。

 運転手が見たただの幻覚だったのか?

 しかし僕は、その女こそ、あの時聞こえた声の主であり、トラックの側面に傷跡を付けた張本人ではないか、と思っている。

美香

 白い女……

 美香は僕の言葉を反復する。

美香

 透明な彼女、雪女、白き天使、ガラスの少女、白い彼女

 と、美香は続いてどこか楽しそうな声音で謎の言葉を次々と呟いた。

ケンスケ

 あぁ? なんだそりゃ。誰かの二つ名?

美香

 知らない? 白い女の噂話。女子の間じゃ結構有名なんだよ

ケンスケ

 ふぅん? どんな話なんだ?

美香

 えーと、いやいや、大した話では無いんだけどねー。
 夜道を半透明の女が走って行ったーとか、目の前で白い服の女がいきなり消え失せたーとか。
 共通するのは白っぽいとか透明っぽい女ってところ

ケンスケ

 ふぅん、だから『白い女』ね

 僕が聞いたあの声、そしてトラックの運転手が見たという女。
 それと美香の言う『白い女』が関係しているかはともかくとして、そういう噂話があるのは初耳だった。

ケンスケ

 なんつうか、女子はそういうの好きだよな

美香

 ケン君だってこういう話は大好きでしょ?

ケンスケ

 そんなことはねぇよ

美香

 いやいやー、さっきからすっごく楽しそうな顔になってるけど

 美香に言われて僕の口元が緩んでいることに気がついた。
 うむむ、僕の体内を流れる妄想大好きの血が騒いでいるらしい。

美香

 でねー、この話って、普通の噂話よりも格段に目撃証言が多いんだよ。
 私達が住んでる地域が一番多いみたい。
 商店街の外れとか、近所の公園とか

 美香は思い出すように指を折りながら話す。

美香

 離れた場所だと隣の県にある病院でもあったりー……そうそう、海水浴場とかでも見たって話があるね

ケンスケ

 へぇ……というか、最近出てきた噂なのか?

美香

 えーと、いや、小学校の高学年くらいからだから……五年間くらい前からかな?

ケンスケ

 そんな前からあったのかよ。知らなかったのが不思議なレベルだ

美香

 うん、まー、ケン君は友達全然いないからね。仕方ないよねー

ケンスケ

 さらりと人を傷つけるんじゃねえ!

美香

 高校では友達いっぱいできるといいね。友達百人できるかなー?

ケンスケ

 小学生じゃねえか!

美香

 百人でおにぎり食べてるのに一人だけ仲間外れにされたのはケン君だしねー

ケンスケ

 こいつ殴りてぇ

美香

 さっきの噂話、一説には、病気になって孤独死した女の幽霊じゃないかって言われてるんだよ。
 ケン君は孤独死しても化けて出ないでね

ケンスケ

 ……お前の枕元には立つかもしれねぇな

 白い少女、透明な彼女。

 幽霊……ねぇ。

 ならばあの時聞こえた、透き通るような声とは……。

美香

 まー、所詮は噂話だよ。
 白い女なんて存在しないってー。現実と空想はごっちゃにしたらダメだよー?

 言って、美香は勝ち誇ったような笑みをこちらに向けた。

ケンスケ

 うぅん、ぶん殴りたいこの笑顔

 しかし何だかんだで心地良いから不思議なものである。

ケンスケ

 ひょっとして僕、ドMなのか……?

 ……ともかく。

 水鏡 美香。

 僕にとって最も影響力が大きく、そして近くにいると安心できる存在。
 
 美香と同じ高校に通えるというのは、僕が勝ちとった幸運なのである。

ケンスケ

 ……たぶん

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