ケンスケ

 トラックに轢かれたことは、確かに不幸だった。
 でもさ、それを回避出来たってのは、幸運だろ。
 だから、まぁ、プラスマイナスゼロってとこじゃね?

美香

 そんなもんかなぁ

ケンスケ

 美香だって、不幸ばっかりとか、幸運ばっかりとか、偏ってるわけじゃあないだろ? そういうもんだよ

美香

 むふふー。私には『ハッピークリスタル』があるからさー。いつだって私はハッピーなんだよー

 言って、美香は細かく光る粒が散りばめられたブレスレットを僕に見せつけた。

ケンスケ

 ……お前の頭脳も随分子供のままじゃねえか?

 小学生の頃から、ずっと美香はこの『ハッピークリスタル』を持っている。小学校のときはランドセルに付けていたし、中学生のときは髪飾りにしていた。

『ハッピークリスタル』とは、まぁ昔にちょっと流行ったキーホルダーである。

 それが最も流行っていたのは僕たちが小学三年生くらいだったか。

 曰く、持つ者に幸せを与える宝石。

 当時はこれが口コミで広まり、大きなブームを巻き起こしていたのだ。

ケンスケ

 そしてそれは、僕にとって、最低最悪の思い出でもある……

 僕にとっての、最悪な思い出。

 美香はそれを知っていて、平気でその話題を僕に振る。

 本来なら心の奥底に仕舞いこんで永遠に開けないように縛りつけて永久保存してやるのが筋なのだろうが、しかし美香はそれを無理矢理引っ張り出して天日干しにしてしまうのだ。

 美香はそういうやつである。

 しかしだからこそ、僕は美香に対して距離を置かないで済んでいるのかもしれない。

美香

 ところでトラックの方はどうだったのー? 傷ついたから弁償しろ、なんて運転手さんに言われなかった?

ケンスケ

 ん? それは言われてないけど……どうかな。信号は確認してたから、文句つけられる筋合は無いと思うけど

 ……ん?
 何か分からないが、そこで僕は少しだけ違和感を覚えた。
 うぅん……?

美香

 じゃあケン君は全然悪くないんだねー。それなら私が弁護士でも勝てるよ

ケンスケ

 なんだその意味が分からない自信は。
 絶対お前には任せねえよ!

美香

何言ってんの。私は一流弁護士だよ?

ケンスケ

 ……あぁ、うん、ゲームの中の話ね。一応言っておくけど、現実と空想をごっちゃにしちゃ駄目だぞ

美香

うわー、ケン君にだけは言われたくないよー

 失礼な。
 僕はしっかり現実と妄想の区別はつけている。
 分かっているからこそ憧れるのではないか。
 美香にはその辺の気持ちをあまり理解してもらえない。

ケンスケ

無念である

美香

 でも難癖つけられなくて良かったねー。
 法律とか何やら全部無視して怒り散らしてくる人っているじゃん? その運転手さんはそういうのじゃなかったんだ

ケンスケ

 うーん、というか、難癖とかつけられる状態じゃないんだ

美香

えー?

ケンスケ

全治六ヶ月らしいから

美香

え? どうしてそんな重傷なの?

ケンスケ

 衝突目前で自転車から離脱……ヨッシージャンプしたって言っただろ? 
 でも僕にはマリオみたいなジャンプ力は無い。
 僕の脚力でそんな簡単に回避できると思うか?

美香

 うん確かに……言われてみれば無理かも。ゲームみたいには身体動かせないよねー

ケンスケ

 僕はそのとき、右側に向かって飛んだ。
 しかし運転手もハンドルを思いっ切り左側に回していたのだ。
 故に、ギリギリで僕の自転車だけを吹き飛ばし、トラックは壁に向かって激突したのだった

美香

だから何、そのナレーション口調

ケンスケ

 ちなみに、その後すぐに救急車が来てくれたよ。僕も一応頭の検査をしたけど、特に問題なかった

美香

 まー、ケン君の頭は最初っから悪いからこれ以上変なことにはならないよ。にゃはは

ケンスケ

お前は本当酷いことを言うよな

美香

 ケン君の頭は置いといて、運転手さんのお見舞い行った方が良いのかなー

ケンスケ

いや、美香が行く必要は無いだろうけどな

美香

 それにしても、よくヨッシージャンプなんて思いついたよねー。その判断力は認めざるを得ないかな

ケンスケ

 珍しく関心してくれるじゃんか。実はさぁ、なんか声が聞こえたんだよ

美香

声?

ケンスケ

うん。女の声で、『飛んで!』ってさ

 あの時聞こえた透き通るような声。
 まるで僕を守ってくれる女神のようではないか。
 しかしそんな僕に対し、美香は呆れるように大きな溜息をつく。

美香

 はー、ケン君……だからさー、もうそういう中二病的なものはやめよう

ケンスケ

 ち、違うって、そういうんじゃないって。
 本当に聞こえたんだよ

美香

 それってあれでしょ? 

美香

 力が欲しいか……我が授けよう……

美香

とか、そういうのでしょ?

ケンスケ

違うって!

美香

 それなら幻聴でしょ。
 ケン君はいっつも妄想してるから、そりゃあ幻聴くらい朝飯前だよね。
 ケン君の話し相手と言えば私と幻聴くらいのもんでしょ

ケンスケ

僕はそんな危険人物じゃねえよ!

 あれは確かに聞こえた。
 そしてあの声は、どこか聞き覚えのある声だった。
 あまりにも急だったため、正直なところあの声音をハッキリ覚えてはいないのだが……。
 しかしそれが幻聴ではないことを裏付ける情報があるのだ。

ケンスケ

 トラックの運転手も右向きにハンドルを切ったって言ったろ?
 だから、運転席側が潰れちゃってて、辛うじて救出できるくらいだったんだけど 

美香

うん

ケンスケ

 実は、左側も大破してたんだよ

美香

……ふぅん?

ケンスケ

 壁に激突した右半分が潰れるってのは当然なんだけど、本来傷がつくはずの無い左側に、まるで大きなハンマーでも打ち込んだみたいな痕があったんだ

 まるで、トラックの進行方向を力任せにずらしたような痕跡。

ケンスケ

 それで、入院中の運転手がな、言ってるんだってさ

美香

何を?

ケンスケ

白い女を見たんだって

その1-2 ハッピークリスタル

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