夢だけど夢じゃなかった。
 というなんかステキっぽい台詞は、
 現実は現実でしかない、
 という、それこそ夢のない話でしかないのだ。

ケンスケ

 それならば、そんな現実の中にこそ夢を見出してやろうじゃあないか

 夢を現実にできたのなら、それこそステキなことだろう。

 あの時聞こえた声。
『飛んで』と聞こえた、透き通るような不思議な声音。

ケンスケ

 うぅむ。あれは一体なんだったのだろうか

美香

 おはよー、ケン君……って、あれ?

美香

 新しい自転車はどうしたの?

 高校入学式の朝。
 古めかしいママチャリに乗って現れた僕を見て、美香はそれまで眠たそうにトロリとさせていた瞳をパチリと丸くした。

ケンスケ

 産業廃棄物になったよ

美香

 ふーん……

美香

 って、早!
 おととい買ってもらったばっかりじゃなかった?

ケンスケ

……うん

美香

 高校の入学祝いに姉ちゃんが買ってくれたんだ! 
 って、わざわざ私の家にまで来て見せびらかしてたのに!

ケンスケ

……うん

美香

 姉ちゃん大好き愛してるペロペロしたい!
 って興奮してたのに!

ケンスケ

 流れるように歴史を捏造してんじゃねえ!

 僕は声を張り上げてペダルを踏み込む。

美香

 あ、ちょっとー、先に行かないでよー!

 水鏡 美香(みかがみ みか)。
 幼稚園から小学校、中学校を共に通い、そして高校までも同じになってしまったスーパー幼馴染である。
 背は低めだが胸はそこそこ大きい。

美香

 こんなに早く自転車壊しちゃってー、お姉さんに怒られたんじゃない?

 僕の隣まで追いついた美香はすごく嬉しそうな声音でそう聞いてきた。

ケンスケ

 こいつは人の不幸がそんなに楽しいのか

ケンスケ

 ……めっちゃ怒ってたよ。首絞められて軽く失禁した

美香

 にゃはははは。よく生きてたねー

 姉ちゃんの暴君ぶりは美香もよく知っている。
 普段はそうでもないのだが、怒らせると本当に怖いのだ。

ケンスケ

 あーあ、僕はもっと優しい姉ちゃんが欲しかったよ。それこそペロペロ甘えられるような姉ちゃんな

美香

 うわぁ、また気持ち悪いこと言ってるー……

美香

 いやいやー、ケン君のお姉さんは十分優しいでしょ。じゃなきゃ、入学祝いの自転車なんて買ってくれないってー

ケンスケ

 そりゃまぁ、そうか

美香

 ケン君は贅沢だよー。私は一人っ子だから兄弟とか姉妹ってだけで憧れちゃうのに。
 一人よりは絶対に楽しいと思うなー

ケンスケ

 無い物ねだりってやつか? 
 それを言うなら僕は妹が欲しいよ。
 姉ちゃんなんて、べつにいいものじゃあないぜ

美香

 それ、妹が居る人も同じこと言うよー。妹なんていらないから姉が欲しい、ってさ

ケンスケ

 そんなもんかなぁ

ケンスケ

 しかし、妹か……。
 可愛くて優しい妹

 その妹は絶大な超能力の持ち主で悪の組織と日夜戦いを繰り広げている……とか、そんな妹が居たら絶対に楽しいだろうな……

ケンスケ

 あ、あああ! なんか妹が欲しくなってきた! ビクンビクン!

美香

 絶対気持ち悪いこと考えてる……

美香

 そういえば、どうして自転車壊れちゃったのー?

ケンスケ

 ん? あぁ、事故ったんだよ。
 ゴシック体でドガシャン! みたいな衝撃だった

美香

 書体はどうでもいいんだけどさー。
 その割には随分ピンピンしてるね

ケンスケ

 どうやら『不動の散乱(アイドリングカウンター)』が発動したらしい

美香

 ……えー、またその中二病的な発言ー? 
 というかネーミングセンスの欠片も無いよそれ。
 ケン君はいつまでも子供だなー。超恥ずかしいー

ケンスケ

 めっちゃ馬鹿にされてる……。
 いやいや、超恰好良いの間違いだろ?

美香

 今日から高校生なんだよー? 
 そんなんだとー、見た目は大人で頭脳は子供の残念な人になっちゃうよ

ケンスケ

失礼な奴だ……

美香

 まぁ、それがケン君の持ち味なのかもしれないけどねー。
 うん、そういうキャラで売っていくのも有りだと思うよ

ケンスケ

 なんだその謎プロデューサー気取り

ケンスケ

 僕をどこかに売り飛ばすつもりなのか……?

ケンスケ

 ……それはともかく、今回はただただ運が良かったわけじゃないんだぜ

美香

 ふーん?

ケンスケ

 迫ってくる巨大な鉄の壁に気付いた瞬間、僕は神がかり的な反応速度で自転車から離脱し、直接的な接触を逃れたのだった

美香

 なにその謎ナレーション口調

美香

 ふーん、それは、あれだねー。
 マリオがヨッシーを犠牲にして自分だけが助かるっていう、そういうテクニックみたいな感じ?

ケンスケ

 おお、それすげえ分かりやすいな

美香

 にゃははは。でしょー?

 美香は無類のゲーム好きである。
 中学生の頃の美香といえば、

美香

 授業中に携帯ゲームをするのは当然ですが

 みたいな顔をしていつも遊んでいた。
 というか、授業中はゲームか寝るかのどちらかだった。
 それでも成績は悪くなく、必死で勉強していた僕と同じくらいのレベル……いや、美香の方が上なのだから、人間のスペックとは不平等なものである。
 おそらく今も美香の鞄には携帯ゲームが息を潜めているのだろう。

ケンスケ

 いや、さすがに入学式にまで持ってきて無い……よなぁ……。そう信じたい。

美香

 それにしても……ケン君は昔っから不運だよねー

ケンスケ

 そうか? 今回の話で言えば、運が良いからトラックとの衝突も回避出来たんだと思うが

美香

 いやー、運が良いならそもそもトラックと接触しそうにならないって

ケンスケ

 おいおい……そりゃあ、卵が先か鶏が先かっていう話か?

美香

……そんな難しい話はしてないと思う

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