自転車で横断歩道を駆け抜けた瞬間、右目に映ったのは巨大なトラックだった。
自転車で横断歩道を駆け抜けた瞬間、右目に映ったのは巨大なトラックだった。
いやっべ~……これ僕死んだなぁ……!
心臓が荒縄でグググっと締め付けられるような感覚。
全ての感覚が、
時間が、
世界が、
ゆっくりと、
ねっとりと、
遅く、
重たく、
圧縮される。
人は危機的状況に陥った時、それまでの人生経験からその打開策を見出す。
ふぅむ。
それならば少しだけ考えてみよう
不幸があったのなら、それを上回る幸運をつかみ取ってやれば良いのだ。
幸せを勝ち取ってやれば良い。
それが僕の信念である
僕には不幸を幸運に変える力があるのだ
例えば一年前。
不良にカツアゲされる寸前で、ちょうど警察官が通りかかって難を逃れた
例えば三年前。
僕は海で溺れたが、波の関係か、死ぬ直前で浜辺へ打ち上げられた
そんな風に、僕は今までに何度もピンチを乗り越えているのだ。
幾度となく窮地に立たされようと、持ち前の運でそれを回避する。
この能力
【不動の散乱(アイドリングカウンター)】
……いや、ごめんなさい。
嘘です。
全部偶然です。
能力とか、そんなの持ってないです。
……いやまぁ、運も実力のうちって言うしね
ただ、そういう異能には憧れてしまう
しかし、幼馴染の美香は
まーた馬鹿なこと言ってんのー?
とか冷たい一言を放ったりするのだ
でも人外の能力とか格好良いじゃん!
人外。
僕が知りうる限り、最も人間離れした強さを持つ僕の姉ちゃんならどうだろうか
トラックに跳ね飛ばされてもね、その衝撃を受け流すと良いですよ。
右手から左手に、空気に全部拡散しちゃうんです。
そしたら痛くないでしょ?
参考にならん
姉ちゃんのような化物と違い、僕にはなんの力もないのだ
不思議な力に憧れたり、隠された力を妄想したりするけれど……
残念なことにこの世には、
非情に、
冷徹に、
残酷に、
虚しいほど、
そんな能力、
微塵も、
欠片も、
一握りも、
存在しない。
目前には、トラック。
だけれど、
それでも、
そうだからこそ、
僕はそれを突き破ってやりたい。
僕の力で壊してやりたい……。
が、しかし今回はどうしようもないようだ
さらば、僕の人生よ。
全然幸せじゃなかったけど、もういいよね
お し ま い
『飛んで!』
その時そんな風に響いたのは、透き通るように鳴り響く女性の声だった。
え? 誰?
飛ぶ?
僕の背中に翼が無い以上、それはおそらくジャンプしろ、という意味なのだろう
つまり、またがっている自転車から飛び降り、トラックとの衝突を回避しろ、ということだ
とか、そんなことを考える間もなく、僕は反射的に自転車のペダルを思い切り踏みあげた。
それと同時に、激しい衝撃音。
あれ、やっぱり僕死んだんじゃね?