駿河恵司

とりあえずヒント。犯人は男

埴谷義己

分かりやすいんだかアバウト過ぎるんだか分からんヒントだな……

駿河恵司

まぁ俺も具体的な犯人名は指名出来ない状態だからなー。怪しい奴おらんのか? 被害者達の交友関係とかで

 ごもっともだ、と思った埴谷は資料をめくり、恵司のヒントである“犯人は男性”という基準に合わせて怪しい奴人間を探した。元々何らかの理由で怪しいだとか重要参考人になり得るといった理由で警察にリストアップされた人物が並んでいる。そんななか、埴谷はふとあることに気付いた。

埴谷義己

……被害者達の交友関係に関係性は皆無だな。複数の被害者と知人という人間はいないようだ

 埴谷の言葉に、恵司はさほど驚いた様子もなく、まるで何かの事実を確認するかのようにぶつぶつと小さく呟いた。恐らく、彼の中ではもうすでに事件の概要がある程度把握出来ているのだろう。まだ真実どころか全体像も把握しきれていない埴谷は首を傾げるばかりであったが。

駿河恵司

……なるほど。じゃあ第一被害者の交友関係の中からで構わない。何人か適当に名前を言って見てくれ。俺のヒントに即した人間だけだ

 恵司に言われた通り、埴谷はリスト内から適当に名前を言っていく。そして、恵司は埴谷が名前を言う度首を振っていたが、ある一人の男性の名でストップと遮った。埴谷が念のためこの人物と第一被害者の関係を告げると、恵司は小さく頷いた。

駿河恵司

案の定って感じだな。そいつ引っ張った方がいいぞ、本日の俺のオススメって感じ

 恵司に言われ、埴谷は傍に居た警察官の一人に指示する。
 ――白根平治という男性を重要参考人として任意同行を求めろ、と。
 埴谷と恵司は白根を待つために警察署へと移動することになった。音耶は埴谷が心配してしまうほど深く何度も頭を下げながら、

駿河音耶

先に謝らせて下さい!

と謝罪の言葉を述べていた。兄の奇行を心配しての事だろうが、埴谷はそんな弟にこう言った。

埴谷義己

安心しろ、こいつは異常だが、決して有害じゃない

 ただほんの少し、常識が足りていないだけだ。

 パトカーに恵司を乗せ、埴谷は警察署に向かう。後部座席に乗った彼は、

駿河恵司

何か逮捕された気分だ

 と落ち着かない様子であったが、ならば何故助手席に座らなかったのかそもそも後部座席でふんぞり返っていう台詞じゃないだろうとか色々言いたいことはあるが埴谷はそっと口を噤んだ。

 警察署に着くなりきょろきょろと辺りを見渡す恵司。恐らくは面白い事件でも見つけようとしているのだろう。しかし、そう簡単に見ただけでわかるものでもない。忙しなく動く警察官たちを見て飽きたのか、彼は腰を下ろせるソファを見つけるなりすぐにまたふんぞり返るように座った。
 そこから多少待つだろうと、自販機で飲み物でも買ってこようかと埴谷が恵司に声を掛けようとした時だった。

白根平治

んで、俺に何の用だ?

 聞こえたのは苛立った声。現れた白根平治は不機嫌そうに埴谷達を睨んだ。たまたま周辺を歩いていたらしい彼は指示通りに動いてくれた警察官によって署まで連行されたらしい。そして彼は、第一被害者――伊藤初に好意を寄せていた人間らしい。

埴谷義己

御足労感謝します。それで、本題に入りたいのですが、渡辺初音というお名前に聞き覚えは?

白根平治

知らねーよ。つか何なんだよ、俺が何かまずいことでもやらかしたってのか?

 そう言って、恵司の座るそれの反対側にあるソファに腰を下ろす白根。これは話を聞いてくれないような面倒な相手かも知れない。埴谷が覚悟して事件の概要からでも説明してやろうかという矢先だった。

駿河恵司

ああそうだ、今から言う事をよく聞け

 埴谷が言葉を発する前に、恵司が口を挟む。ふざけた様子は微塵もない、真剣そのもの。凄む恵司に少し狼狽したのか、白根は舌打ちしてから小さく

白根平治

何だよ

 と零す。
 恵司は表情を変えず、至って真剣に、こう言った。

駿河恵司

お前、人から金を騙し取ったろう

 殺人事件の調査中であり、強盗のような行為は一切見られなかったこの事件とは無縁の言葉。いくら常識が無いとはいえそれはいったいどういう事だ、と尋ねようとする埴谷の言葉は、白根が冷や汗を流す姿に止められた。

白根平治

ん、んだよ……。んなことするわけねーだろ! そもそも何を根拠に――

駿河恵司

200万だ

白根平治

は?

駿河恵司

いや、300万……500……わからん、とにかく高額だ

白根平治

な、何なんだよお前

 続けて、恵司は

駿河恵司

俺の勘違いだったらノーと言ってくれて構わない

 と言う。しかし、白根の態度から見るに嘘とは一概に言えないらしい。状況が理解出来ない埴谷だったが、ここで聞くことが出来るような状況でもなく、ただ黙って彼らの会話を聞くことにしていた。恐らくは、これも恵司から埴谷への“ヒント”だ。

駿河恵司

お前は友人から金を騙し取った。それも相当な高額を

白根平治

……

駿河恵司

しかもその友人は、伊藤さんに恋心を抱いていた。……いや、相思相愛だな。伊藤さんとその友人は付き合っていたはずだ

白根平治

……

 恵司の一言一言に、何か思うところがあるらしい白根平治は最初の態度を忘れたかのように顔を俯かせていく。心なしかその体は小さく震えているようにも見えた。

駿河恵司

もう一度言おう。俺の勘違いだったら――

白根平治

本当に、何なんだよ、お前!

 そして、黙り込んでいた白根が突然怒号を発する。それを見るなり恵司は頷き、埴谷の方を向いた。

駿河恵司

どうやら事件の犯人がわかったかもわからんね

第一話 ③ 解った解答、解らぬ犯人

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