朝のホームルーム前の教室は少し騒がしい。

 昨晩のドラマの展開にはしゃぐ者や深夜のアニメの内容を議論する者、今日の授業であてられる可能性があると慌てて予習する者、放課後の寄り道先を考えている者、様々だ。

おはよう、あずー

千代ちゃん、おはよう。今日も眠そうだね

ちょっとね、なかなかセーブ出来なくて

 薄っすら目の下にくまを作った千代ちゃんは、かなりのゲーマーで、好きなシリーズの新作が出るとこうやって寝不足顔を披露してくれる。

お盛んだね

へっ!?

あずちゃん、それちょっと使い方どうかなー?

え? なんか違う、陸さん?

 二人の呆れ顔に首を傾げながら、自分の机にかばん置くと、ふと隣の席の宇田川詩水の手元が目に入る。

ん?

 彼はなにかを作っている様子で銀色のハサミと筆ペンが机上に転がっている。

宇田川くん、なに作ってんの?

 その手には白い紙が摘ままれている。
 和紙のような紙質だ。

式札

しきふだ?

 一言でそのものの名詞を言ったようだが、残念ながらちゃんと聞き取れなかった。

 変わった形に切られた紙の真ん中には筆で文字が書かれているようだったが、見慣れた日本の文字では無かったようにみえた。

 お弁当の時間が学校で一番好きな時間だなんて、小学生みたいかな。

 お弁当は、
 一年の頃から同じクラスで今や親友とも言えちゃう千代ちゃんと、
 今年から同じクラスになった市川さんと、
 その友達で隣のクラスの横芝光ちゃんとの
 四人で食べている。

あずー、朝宇田川と話してなかった?

 千代ちゃんが美味しそうな肉巻きおにぎりにかぶり付きながら言う。

うん、なんか折り紙みたいなの作ってたから

あは、なにそれ

宇田川ってへんなやつだよねー

そうかな?

 今年から同じクラスになった宇田川くんは隣の席ながら、あまり会話したことがない。

 そもそもあまり誰かと話しているところを見たことがない。休み時間になると一人でどこかに行ってしまうし、クラスにはまだ仲の良い人はいなそうだった。

 だが、今朝のように話し掛ければ無視されるわけでもなく答えてくれるし、人を敢えて避けている様子もなく、特段浮いた存在ではない。
 授業態度もごくごく普通。

 だから変なやつ、という見解にまでは至らない。
 わからない人、ではあるかもしれない。

 ちゃっかり宇田川くんの席を借りてご飯を食べる市川さんにとっては変わったやつに映るのかな。

おい梓川!
お前、今日当番!

あーっ!?

 思わず声をあげて立ち上がる。

 クラス中の注目を集めてしまったので、口に手を当ててゆっくり座り直す。

 は、恥ずかしー。

 千代ちゃんたちがクスクス笑う。

ゆっくり弁当喰ってんなよ

ゴメンね、ゴメンね

 彼は一年の時同じクラスだった石倉くん、同じ図書委員でもある。

 図書当番のことをすっかり忘れていて、慌てて弁当を片付ける。

うるさいよ、ながおー

 千代ちゃんがちょっとムッとした顔をして石倉くんを咎める。

江崎も黙った方が美人だぞー

いまなんて言ったー!

 この二人はいつもこうやって言い合ってる気がする。

 石倉くんがとろくさい私を突つくと、千代ちゃんが噛み付いてくれる。

 石倉くん、今千代ちゃんのこと美人だって言ったよね。

あずちゃん、残しちゃうの?

 光ちゃんが心配そうに見上げる。彼女は小動物みたいな可愛さがあるので、機会があったら愛でたい。

ううん、あとは図書室で食べるから。
ゴメンね~

 せっかくお母さんが早起きして作ってくれたお弁当だ。残すなんて不義はしたくない。

図書委員ってイチバンめんどいよね

あず、二年目だもん、よくやるよ

 だって私は本が好きなのだ。

 本はいろいろ教えてくれる。教師に教わるより、本を読んだ方が勉強になった。本は私の先生とも言える。

 図書室にはそんな先生が五万といるのだ。

 次はどんな先生に出逢えるのかってワクワクしちゃうでしょう?

図書カードをお返ししまーす

梓川、棚戻し頼む

 そう言って石倉くんが返却本が山のように積まれたカートを持って来た。

あ、……うん

 これは遅れた罰です。


 でも、この作業は嫌いじゃない。
 見たこともないような本が、どんな人によって読まれたのだろうかと考えるとおもしろい。

 例えば今手にあるのは『空想量子力学論』という分厚い本。こんな特殊で難しそうな本誰が読むのだろうか。

 次は『スカイストーリー』というファンタジー小説。パラリとめくってみると短編集のようでなかなかワクワクするタイトルが並び、装丁も写真のような空の絵が一面に描かれていて綺麗だ。こんな風に今度読んでみようかなという本も探せる。

 カラカラとカートを押しながらどんどんあるべき棚に戻していく。
 だいぶ減ってきたな。お昼休みの時間内で終われそうだ。

そういえば、今朝宇田川くんが言ってた
シキフダって、なんだっけ……。

 ひと気がぐっと少なくなるジャンルの方に向かう。

 そこには辞書やら百科辞典がずらりと並んでいる。
 インターネットの普及した昨今ではあまり使用されることがなく、場所を取るだけのものでしかなくなってきた。


 中段にあるサ行の辞典を取り出す。重たいのでそのまま床に置いて、座り込んで"シ"のページをめくっていると、人の気配がして顔をあげる。

うた!

 辞典が並ぶ本棚の裏側から声がした。

図書室だぜ、静かにしろ

 辞典をめくる手が止まる。

あれ? 宇田川くんの声だ。

 こんなところでなにやっているんだろう。

 ふつふつと好奇心が湧いて、座り込んだまま棚の裏側を本の隙間から覗く。なんとなく気まずいので気配を消そうと試みた。


 やはり声の主は宇田川くんで、もう一人の少年と向き合っている。

今日の夜、川のあいつやるってよ!

 川のあいつ?
 川っていったら佐那川のことかな。

わざわざ呼び出す用件ってそれ?
一宮から聞いてる

うた、あいつのこと前から気になってたじゃん!
直接反応見たかったんだよね

 もう一人のテンションと比べれば、宇田川くんはなんだか素っ気ない。

 川のあいつをやるって、喧嘩でもする気なのかな……。

お前には参るよ

えーなんでー



 二人が去って行く。


 喧嘩なら止めた方がいいんだよね……。

 ふと、目の端で宙にひらひらと何かが通り過ぎる。

 ハッとして顔をあげるが、何もいなかった。
 蝶でも迷い込んできてしまったのだろうか。


 辞典を戻して、蝶を探していたらお昼休みが終わってしまった。

祓い人 宇田川詩水 ep1

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