やっぱり!


手紙を浅く水を張った浴槽に浮かべて、潤は叫んだ。
五芒星が示すのは、陰陽五行説。そして黒は水の意味だった。

手紙は水につけると多くの文字が消え、残った文字は――

以下の場所の、おが……いや、濁点が消えてるから……おかしなものの、所で待つ、か


読み上げて、思わず首を傾げた。

おかしなものって何だよ?


だがそれはまあ、現状では分かりそうもないので他の手がかりから読み解いていくことにする。


以下の場所というのは、おそらくさらにその下に残った“地図”と“5-1”というやつだろう。5月10日のところから、5と月の中の横棒と1だけが残ったのだ。


しかし、地図と書かれているからには、地図も水につける必要がありそうだ。


と、手紙を水から取り出そうとした時だった。

えっ!


手紙は潤が水に手を付けた瞬間、その波に揺られて溶けだした。
慌ててとどめようとするが、一度崩れ始めたものはもう止まらなかった。

あっという間に手紙は原型を失い、残ったのは繊維の小さな塊くらいのもので、復元は到底不可能だった。

おいおい……どうするんだよこれ


呆然とつぶやく。


ここまでの“謎解き”は叔母さんか誰かのいたずらだろうと呑気に楽しんでいた潤だが、どう考えたってここまでの念の入りようは並じゃない。

こんな風にまで徹底した証拠隠滅をされると――

俄然、燃えるぜ


潤は、そういう質だった。

ペロリ、と唇をなめて、潤は地図に向き直る。

水につければ、地図も同じことになることは間違いない。
いっそ写メでもとるべきだろうか、いや、でもそれじゃ……。

負け、だよな


向こうが証拠を消そうとしているのだ、こっちがわざわざそれを残しているようではダメだ。

そんなことを考えたとき、ふと頭の中に声がよぎった。

いい、潤。私たちはね、探偵でもなければ正義の味方でもない。目の前に謎があるとして、それを解かなければならないとしたら……それは、目的ではなく、手段だってこと、忘れちゃいけないわよ?

昔、叔母さんが珍しく潤の遊びに付き合ってくれた時、言った言葉だった。
こんな言葉を潤にかけた意図も何も潤にはわからなかったが、今のこの状況で、最も守るべき言葉であるように潤には思えた。

やってやろうじゃないか


ふわりと水に浮かべる。
地図をじっと見つめれば、ゆっくりとしかし確かに数字と線が浮いてくるのが見えた。

5-1、5-1は、っと……え?


おもわず頓狂な声が出た。
浮かび上がった数本の線。端に書かれた数字が線の番号だとして、その“5”と“1”の交差するところは――

公園?


潤の家から、自転車でおおよそ三十分ほど。少し古くなっ手こそいるが、広く色々な施設もあるため、休日には多くの人が集まるその場所。

なんで公園?
誰が、一体何の目的で俺を……?


疑問は尽きなかった。
だが、ちょうどいいことに明日は休日だ。
この謎解きを仕掛けた人物をこの目で見て、その理由を問いただす。

それが、この時の潤の“目的”だった。

翌日。
家を出た潤の目的地はもちろん、例の公園だった。

くそ、やっぱり人が多いな……


予想通り、休日の公園は親子連れであふれかえっていた。

特に公園の入り口にある唯一の水場、噴水のところには小さな子供が多く集まっていた。

もう、やめなさい!

えーでもあれ、キラキラしててきれいなのにー


そんな会話が聞こえてきて、潤はふとそっちに目をやった。


親が必死に止めているのが微笑ましくも思えて、潤は一瞬だけ口元をほころばせた。

この公園に来るのはいつぶりだっけか。そんなに前じゃないよな? 最後に来たのは……二か月くらい前かな


あたりを見回す。ほとんど変わりはなさそうだった。
遊具などが増えたり減ったりしていないことは入口の案内板で確認済みだし、そもそも二か月でそれほどの変化があるとは思えない。


おかしいものを目で探してみる。

ベンチで何かをデッサンしている男?
やたらと荷物の多い女性?
噴水に腰かけて本を読む少年?

いや、どれも普通の範囲といえた。
おかしなものと書くからにはもっと、明確におかしくなければいけないだろう。

しっかし何にせよ暑いな、全く……


まだ五月だというのに、この暑さは何だとため息をつく。
手紙もどうせなら、どこかの室内施設を提示してくれればよかったのだ。

そう思うが、もうどうしようもない。あとは、本人に文句を言うくらいか。

よし。いっちょ“おかしなもの”探すか!


そういって大きく手をたたき駆け出した潤だが、後ろでさっきの親子に、

ねーママあの人ずっと一人でなんかしゃべってるよー?

しっ、見ちゃいけません!


と、“おかしなひと”扱いされていたことは、知らぬが花というやつだろう。

pagetop