リザードマン。


 そいつはおよそ戦に関わる悪徳をすべて備えた、
 生まれながらの殺戮者。








 亜人だから厳密には魔物じゃないんだが、
 色々とあってリヒランデ師は
 『魔物大典』にこいつらの名前を乗せている。








アルド

リヒランデ師は駆け出しの頃、
リザードマンに手ひどくボコられたらしいな










 その恨みを何十年も経ってから書物で晴らすあたり
ちょっとどうかと思わないでもない。


 記述も記述でかなり悪意的だ。なにせ。









剣聖リヒランデ

彼奴らは大戦魔(マアズ)と竜族の女の、
永遠に許されざる不義の子である。








 そんな一文から紹介が始まるんだから、
 まったくもってロクでもない。


 リザードマンは風評被害にマジ切れしていい。


 なにせほとんどの人族が『魔物大典』を信じ込み、
 内心でリザードマンを見下しているんだから。



 ただ、まあ。




 

剣聖リヒランデ

 時として何不自由ない嫡子より、
 愛薄く育った私生児(バスタアド)こそが
 親を深く愛するように。

 彼らは一心不乱戦の理を信奉する。
 地上の誰より熱心に大戦魔を崇めている。











 ここは間違っちゃいない。


 リザードマンは一匹残らずマアズの信者だ。


 それも、徹底した。





 

アルド

同じ亜人でも、
オークみたいな奴らとは次元が違う。






 オークは農耕も牧畜もする。妻を娶り子を育てる。

 "戻るべき日常"というヤツを持っている。





 ゆえに戦いにおいても後先を考える。命を惜しむ。







 だが。







 リザードマンにその"ぬるさ"はない。
 
 生まれてから死ぬまで、ただ殺戮を繰り返す。

 徹頭徹尾の常在戦場。

 血の池に生まれ、血の池に還る定め。





アルド

いったいいつどこで、
やることをやってるのやら。





 ……などという下世話な疑問はさておき。





















アルド

残念だが、テメエの不意打ちは失敗だ
仕切り直しといこうか



リザードマン

……!?







 おうおう、驚いてやがる。

 そりゃそうか。

 人間がよもやリザードマンの言葉を話すとは
 思ってもないだろう。





アルド

俺はアルド、アルド・ステリア。
テメエの名は?







リザードマン

…………







 リザードマンは答えず、左手の槍を
 じり、とこちらに向けてくる。







アルド

おいおい、だんまりかよ。
マアズの子が、戦の作法も知らねえか。










 我ながら安い挑発とは思うが――








ドラゼル

ドラゼル。
――"蝶を友とする"ドラゼル。










 このリザードマン、案外と"青い"らしい。


 玄人なら何も言わずバッサリ来るところだろうに。















 

















 ヴァイオレント・バタフライどもを放ち、
 その隙を狙っての奇襲。





 意表を突くという意味じゃあ中々だ。
 ついでに失敗した後のことも考えてやがる。








 

レミア

……ッ! ……ッッ!









 俺の後ろではレミアがむせこんでいた。


 バタフライどもの鱗粉には毒がある。


 少しなら咳をしているうちに治っていくが、

 多けりゃ頭がふらつきはじめ、
  次第に立つことも出来なくなる。


 ひどい場合は喉が腫れあがって窒息死だ。


 でもって、なんとも不都合な話だが。
 バタフライの鱗粉、人族以外には無害らしい。








アルド

さっさとケリをつけちまわないとな。










 だから――








アルド

 ――『抜刀』











ドラゼル

ほう……








 さっきの挑発が功を奏したのだろうか、
 ドラゼルは仕掛けてこなかった。

 こちらが得物を抜くのを、待ってくれていた。






アルド

我が手に在りて在れ、神意の剣
















 稲妻は古来から天意の表れとされていた




 神は怒りや嘆きを、すべて稲妻により地上に示した




 つまるところ、稲妻は遍く轟く神意の咆哮




 ――天の代理人だなんて名乗る気はさらさらないが




 
 大戦魔(マアズ)の子が相手なんだ、
  神様だって大賛成だろう。














ドラゼル

雷纏う大剣――そうか。










 何かを心得たように頷くドラゼル。








ドラゼル

貴様がかの"繋がれざる剣鬼"か。














 なんだその気障ッたらしい二つ名は

 これっぽっちも名乗った覚えもないが――まあいい

 

 今はやるべきことを、やるだけだ。













アルド

『ゆえに神はあなたのために雷をつかわし、
 あなたを害するものをうちすえるだろう』
















 聖句を唱え、剣の権能を解放する。







































 天に掲げた剣から雷撃が迸り――













ドラゼル

貴様ッ……!











 バタフライどもは火炎に包まれ黒焦げの灰と化す。

 一匹残らず、そうなった。

















 

ドラゼル

よくもよくも、我が友らを――!



















 激情のままに飛びかかってくる、ドラゼル。














アルド

さて、ここからは腕比べと行こうか――!











 俺は剣を構え、迎え討つ。






































 ――少女は魅せられていた。











 

レミア

きれい……













 炎に包まれる、毒蝶。




 その煌々とした輝きは、まるで











 

レミア

"命"そのものが、燃えてるみたい
















 胸の奥が、甘く疼いていた



 自分もあんな風にしてみたいと、されてみたいと



 命を燃やしたいと、燃やされたいと









レミア

……羨ましい











 少女は視線を、リザードマンへと転じる







































レミア

あいつは、今、"生きている"















 結局のところ、生と死は背中合わせ、
 体の繋がった二首の魔獣。



 

 死が近ければ近いほど、生はより鮮明になる。

 

 






 それは、貴族家の令嬢サマとして過ごしていては、
  絶対に感じることのできないもの。














レミア

わたしが欲しかったのは、"これ"なんだ











 少女は後追いで理解する。




 なぜ自分がアルドに惹かれるのか。


 なぜ太刀合いを申し込まずにいられなかったのか。


 なぜ昨日、
   バイコーンに勝ち目のない戦いを挑んだのか。


 






 それはつまり――
























貴方も、
 戦狂いの病に罹ってしまったのでしょう?































クラリス

違うかしら、可愛いお嬢さん?





レミア

えっ……!?










 突如として話しかけられ、我に返る。











 

クラリス

アルドに近づいてくるのは、
男も女もみんなそう。















 このシスターは……クラリスと言っただろうか。


 アルドとは長い付き合いと聞いている。








 





 

クラリス

平穏無事じゃ生きられない。
暖かな暖炉より、冷たい戦場が懐かしい。
――どこか"いかれた"連中ばっかり。

















 嘆かわしげに、シスター・クラリスは嘆息する。















クラリス

先に言っておくけど、
このままアルドに関わってたら、
貴女、ろくな死に方はしないわよ。












 それは真にレミアの行く末を案じての
 助言だったかもしれない。



 だが――









レミア

大きなお世話よ、親切なお姉さん。














 なぜだろう。


 "牽制されている"と感じた。


 だからこそ、反発せずにいられなかった。









 




 

レミア

さっきアルドと戦って分かったの。
わたし、被虐趣味があるみたい。















 例えばあの雷撃を受けて衣服を剥がれ肌を焼かれ、
  組み伏せられた末に命を奪われたとすれば――


 きっとそれはそれで、本望に違いない。

 
 そんな、歪な確信があった。










クラリス

……












 いい年をした少女に似つかわしくない爆弾発言に、
  クラリスはしばらくの間、呆然とし、













 やがて――









 




クラリス

――仕方のない子ね。















 フッと表情を緩めると。













レミア

きゃっ!













 くしゃくしゃ、とレミアの頭を撫でていた。












クラリス

全く、罪作りな男よね、アイツも。










 もう一度、次は全てを受け入れたかのような嘆息。


 その視線の先では
 今もアルドとリザードマンが剣戟を結び――


 



 やがて決着が、訪れようとしていた。


























ドラゼル

グル……!










 ドラゼルは悟っていた。




 純粋な剣技においては向こうが上。




 さらに武器の質も劣っている。




 しかしリザードマンに後退の二文字は無い。
 


 アルド・ステリアは間違いなく強者。



 それに挑み敗れるのなら誉れの中の誉れ。


 
 流れる我が血は
 我らが父祖マアズを歓ばす供物となるだろう。



 ならば、こそ――









 

ドラゼル

ガアアアアアアアアアアッ!!!














 あらゆる手を、尽くして尽くして尽くし尽くす。














 















 まずは左手の槍での一突き。












アルド

テメエの動きはもう、見切ってんだよ!































 キィン、と。
 澄んだ音と共に、矛が切り飛ばされていた。


















 太陽の光に輝きながら、矛はクルクルと宙を舞う。

 それが落ちてくるまでの僅かな間――









 

ドラゼル

オオオオオオオオオオオオッ!!!!












 槍を捨て、右手の剣で薙ぐように斬りかかる。










アルド

……無駄だぜ










 刃は、届かない。

 避けられていた。





 ――だがここまでは計算のうち。




 

 

ドラゼル

シャアッッ!










 ドラゼルの第三撃は、




 左手でも右手でもなく、




 リザードマンにあって、人間にはないもの。











 ――尾、である。








 全力で叩きつけたなら、大木すら叩き折るとされる
 リザードマンの尻尾。









 それでもってアルドを追撃する?




 否。




 万が一、予想されていたらどうする。





 実際、アルドは後退し尾の間合いから外れていた。




 
 さすが我が強敵、そうでなくてはならん。

 だがしかし、これは慮外にあるだろう。









 

















 ちょうど眼前に落ちてきた矛――

 それを尻尾で跳ね飛ばす。




 まっすぐに、アルドめがけて。




 さすがにこれは捌ききれまい、と読んでいたが。

























 何が起こったか、分からなかった。








ドラゼル

!?










 突如飛来した何かによって、
  矛が弾き飛ばされていた。





























 さらにもう一つが、空気を切り裂き、
 ドラゼルの額を貫かんと迫る。














ドラゼル

……木刀、だと!?













 二度目に至り、
 ドラゼルの動体視力は事態を捉えていた。







 初めにアルドが投げ、自分が真っ二つにした木刀。







 アルドは足元のそれを蹴り飛ばして矛を弾き、

 次に、こちらの額を狙ってきたのだ。












 そして、それを認識した時には、
  すべてが、終わっていた。






































第四話 老け騎士、大戦魔の子と斬り合う

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