~前回までのあらすじ~

人間の頭の中には、「ヨロコビ」や「カナシミ」
(またはポジティブやネガティブ)といった感情たちが住んでいて、人間たちを操作している。

しかしある日、ある男が目覚めると、彼の頭の中からは
「喜び」や「悲しみ」がいなくなっており、
代わりに新しい5つの感情が生まれていた。

新たに生まれた感情たちは、
彼らなりに居なくなった感情たちの代わりを務めようと「本体」である男を動かしていたのだが、
突如、謎の感情が“無気力”に襲いかかった!




う…ぐぐ…

アイツが…「無気力」を取り込んでいる…!?

おい!何があった!?大丈夫なのか!?

分からない…突然襲われた…。

だが、もういいんだ…抵抗する気力もないし…それに…なんだか心地が良いんだ…。

…心地…いいのか?

どうする?助けるべきか?

…い、いや…俺まで取り込まれたら困るし…。それに、取り込まれたのは俺のせいじゃないからな…。

“無責任”らしい答えだな。

お前はどうする?助ける気はあるか?

興味ないね。

そうか。では仕方ないな。

お前も助けないのかよ…。
無感動だから同情する感情がないのか?



~やがて無気力は取り込まれ、
“コイツ”はさらに大きくなった~



コイツは一体なぜ「無気力」を取り込んだんだ?それにどんどん成長している。まさか俺たちも取り込む気じゃないだろうな?

だとしても、ここじゃあ逃げ場はないよな…。











~一方、本体のいる現実世界では~

よっ、最近元気がないな。どうだ?そろそろ仕事を切り上げて、これから飲みに行かないか?

…いえ、結構です。疲れているので…。
今日はこのまま帰ります…。

そんなこと言わずに、な?






~脳内では~

…黙れ、酒の席なんて興味がない。






~現実~

…黙れ、酒の席なんて興味がない。

えっ?






~脳内~

ドサクサに紛れて何言わせてんだバカ!
俺に代われ!

好きにしろよ。

よし…

あ、いえ、なんでもありません。飲み会行きます!ただし誘ったのは先輩なんですから、そちらの奢りですよ?それと僕が酔いつぶれたら責任持って介抱してださいね?






~現実世界~

あ、いえ、なんでもありません。飲み会行きます!ただし誘ったのは先輩なんですから、そちらの奢りですよ?それと僕が酔いつぶれたら責任持って介抱してださいね?

ええ!?






~脳内~

お前ら…もう俺に代われ。俺が何とかする。

なんだよ…俺のせいじゃないからな?

すみません、飲み会に誘われたら僕は喜ぶべきなのでしょうか?それとも悲しむべきなのでしょうか?






~現実~

すみません、飲み会に誘われたら僕は喜ぶべきなのでしょうか?それとも悲しむべきなのでしょうか?

えええ!?






~脳内~

お前が一番ひどいわ!

何がだ?






~現実~

…お前、だいぶ病んでるな。少し休んだほうがいい。飲み会はナシにしよう…。



なんだ、飲みに行かないのか?だったらちょうどいい、こっちの仕事もやってくれ。これでお前のたるんだ気持ちも引き締まるだろう?

…はい。






~脳内~

よし、俺の一言でなんとかこの場を凌ぐことが出来たようだ。

やべぇコイツ天然だ

勝手にやってろ。






うわっ!何だコイツ!?
こっちに触手を伸ばしてきたぞ!
やっぱりまだ誰かを取り込む気なんだ!

おいバカ!よけろ!

ぐぐ…

…なぜ逃げなかった?

コイツに興味が…なかったんでね。

無関心にもほどがあるだろう…。

しかし…これはたしかに心地がいい…お前たちも早く来い…

心地いい…か。

そんなに心地いいのか…。


~やがて”無関心”も取り込まれていった~


またデカくなっている…。











~現実世界~

…ダメだ、何度やってもうまくいかない。
…休みが欲しい。

…午前3時か

…もういいだろう…もう…
俺は精一杯やった…終わりにしよう…











~脳内~

そうだ、こんな時間までやらなきゃいけない仕事など、もうどうだっていいだろう。これ以上はもうお前の責任じゃない。やめちまえ!

…違う、今のは何かがおかしい。仕事を放棄したという意味ではないようだったが…?




…ってちょ、オイ!いきなりかよ!
よせ!やめろ!俺はまだ本体を操作した…

離せ!やめ…

ぐげげ…げ…

とうとうお前も…

あ、あれ?…なんだか…心地いいな…

息つく暇もなく俺まで一気に取り込む気か。一体何をそんなに焦っているんだ?

もう逃げ場がない…これまでか。

とうとう俺も…取り込まれてしまった。

あっさり全滅か…もう少し本体を…操作してみたかったな…。

みんな心地いいと言っていたが…俺は…何も感じないな…。

無感動だからだろ…





















…おい、まだ意識はあるか?

…ああ…

取り込まれて…やっとコイツの正体が分かったよ。

…教えてくれ

コイツは”無意識”なんだ。俺たちが生まれる前から、いや、本体がこの世に生まれた時から、ずっと脳内にいたんだ。「ヨロコビ」や「カナシミ」が生まれる前から、ずっとな。

コイツは…本体にとって必要がなくなった感情から取り込んでいたんだ。だから俺たちの前に脳内に居た感情たちは消えたんだ。先に取り込まれていたのさ。そして俺たちを一気に取り込んだのは…本体が決意したからさ。

…何を…?

死ぬことをだよ。

死にたい時に現れるのは…「絶望」や「諦め」じゃないのか…?

本体はそれを通り越してしまったんだ。だから俺たちが生まれた。無気力・無責任・無関心・無感動…もう本体は正常な思考ができなかったんだ。

そして今…そんな俺たちも…無意識に取り込まれた…。

本体が無意識にそう望んだんだ…すべての感情がなくなれば「生への執着」も無くなるからな。本体にとっては俺たちも必要なかったんだ。そして無意識だけが残る、つまり最後にあるのは…“無執着”だ。

全ての執着がなくなれば、もう死ぬことも怖くなくなる…だから…本体はこのあと…

…おい…聞こえているのか?

…そうか。

…そろそろ俺も…休むとしよう…。








続く…

”アイツ”の正体(中編)

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