帰宅後にネットで調べてみて、わかったことがある。

 ……最近、妙に自殺が多いそうな。

 まあ、新聞の過去記事で、自殺に関するものが多くヒットしたからそう思うだけかもしれないが、俺の勘的には『どうも脇坂と、帰宅時に見たあの女の子の自殺は、無関係じゃなさそうだ』という気がする。

 もちろん、二人揃って同じブレスレットをしていたというのも、無視できない証拠だ。

 短時間に二人の男女に会い、そして両方揃って飛び降りて死に――なおかつ、二人共同じブレスレットをしていた……これを偶然だと思わない方がいいだろう。
 
 ただ問題は、俺のイビルアイが脇坂を見た時に『人生に多大な影響を及ぼす(身体が光っていた)』と判定された事実だ。

 もしかしてあれは、今回の事件をきっかけにして俺がこの騒動に首を突っ込み、その結果として、『おまえの人生に影響大だよ?』ということではないだろうか。

つまり逆に言うと、俺がこのまま何のリアクションも起こさなければ、今後も何事もなかったように過ごせる……かもしれない


 あえて声に出して呟いてみる。

 すると、不埒にも人が座る後ろから抱きついてきているルイが、くすっと笑って言った。

でも、おにいちゃんは知らん顔をして、脇坂さんの死やあの女の子の死を見なかったことにはしないもの――そうでしょ?

わからんよぉ? 僕ぁ、平穏が好きな男の子だし

 俺はわざとおどけた声を出し、背後から首っ玉にしがみつくルイの手を撫でてやった。
 こいつも、何が楽しくて、わざわざ深夜にまで俺の部屋にくるのやら。

別に脇坂は親友ってわけじゃないし、帰宅時に会った女の子は、完璧なる他人だ。つまり、俺が動く理由なんか1ミリもないわけだな、これが

うん。それで、次はどこを調べるの?

ルイちゃーん……おまえ、俺の渾身の弁明、ちゃんと聞いてた?

聞いてたけど、おにいちゃんが知らん顔するわけないもの

 ルイは、なぜか不動の自信が籠もった声で言ってくれた。

 俺自身だって、そこまでの信念はないってのに……どこからそんな自信が出てくるのだろうか。まあ、結果的にルイの予想通りになるのかもしれないけれど。

         ☆

 次の日、俺は学校をサボった。

 褒められたことではないのは重々承知だが、やはり、どうしても脇坂の一件が気になったからだ。

 幸か不幸か、うちは母一人に子供二人の家庭であり、その母も普段から芸能プロダクションの経営が忙しくて、俺のことなどに構っている暇はない。

 だが、俺はそのことについて文句を言う気は欠片もない。
 お陰でこうしてサボれるわけだし、むしろ

よくぞここまで回復してくれたね、母さん

と言ってあげたいほどだ。

 父さんが亡くなって――いや、殺されてからの母さんは、一時いつ自殺してもおかしくない有様だったからな。
 半ばはルイのインフェクションのお陰とはいえ、息子としては本当に嬉しいさ。

 ……たとえ、もう昔のような家族に戻れないとしても。

 一人でうんうんと頷きつつ、俺は自分で焼いたトーストを囓る……すると、いきなり声がした。

……おにいちゃん、今日はお休みの日?


 ルイが廊下からキッチンを覗き、俺を見つけて目を丸くした。

 それはいいが、こいつはなんと、純白のブラとパンティー姿のままである。一応、壁の影から半身を覗かせているポーズだが、それでも見た目以上に豊かな胸がほぼばっちり見えてしまう。

せめて着替えようとか思わない?

 無駄と知りつつ俺は言ってみたが、やはり無駄だった。

起きたらすぐに、おにいちゃんがうちにいるか確認しないと……着替えはその後なの

 ルイははっきりきっぱりと言い切った。

麗しい兄妹愛で感動の極みだけど、トースト食ったら出かけるよ

えぇーーー!

 あからさまにがっかりした声を出した後……なぜか、ルイはふっつりと言葉を切った。

……どしたん?

 最後のトーストの欠片を口に放り込み、俺は逸らしていた視線を戻す。

 そこでようやく気付いた……ルイの顔からすっかり表情が消え、なんだか荘厳な目つきで俺を見ている。

 妹――彼女はそのまま、背筋を伸ばした美しい姿勢で廊下からキッチンへと入ってくると、テーブルに着いた俺の横に立った。

 もちろん下着姿のまま、なぜか気をつけのような姿勢で。

このタイミングで……サイレントボイス発動か。なんだか、運命を感じるな

 俺は密かに唸る。

 サイレントボイス……それは、妹が持つギフトの一つで、いわゆる神託のようなもの――と俺は理解している。

 ただ、本当のところはどうなのか、全くわからない。

 この力はルイの意志とは全く関係なく発動するし、時と場所を選ばないからだ。
 今も、人形のように立ち尽くすルイは、俺を見下ろしたまま唐突に口にした。

中野ブロードウェイ内にある店……そこに、おまえが求める者がいる


 相変わらず、とても妹の声音とは思えない口調でそう言うと、またふっと言葉を切り――。
(ちなみに、この姿は俺の想像で、別にルイが変身したわけじゃない)

 次に目を瞬いた時には、もういつものルイに戻っていた。

……今の、どういうこと?

 サイレントボイスは、ルイ本人の表層意識は完全に消えているが、自分で発した声は後で思い出せる。しかし、あいにく本人にも言葉の意味がわからないことが多い。そもそも、サイレントボイスが発動している時は、ルイ本来の意識は綺麗に消えているからだ。

 今も、ルイ自身は自分が口にしたことをさっぱり理解していなかった。

俺に訊かれましても

 軽く肩をすくめてやる。

それより、早く着替えてこないと。下着のままだぞ、下着の

 俺が控え目に突っ込むと、ルイは不服そうな目つきで俺を睨んだ。

……何か危ないことするなら、ちゃんと事前に教えてね

 そう言い残し、ようやくキッチンから出て行ってくれた。
 これは、着替え終わる前に出て行くのが正解だな。

第二章①サイレントボイス

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