店に現れた男はハミルカルと名乗った。
 ハミルカルは店主や酔客たちに、これまでのいきさつを語るのだった――

激流のハミルカル

……というわけで私は、卑劣なる逆賊の
白煙のバイバルスを討ち果たし、
主の無念を晴らさねばならぬのだ……

店主

なるほどなあ……
アンタ、苦労したんだなあ
ほら、もう一杯飲みな

激流のハミルカル

ああ、かたじけない

ガラの悪い客

でもよ、なんかおかしくねェか?
そのバイバルスってヤツは筆頭騎士として
地位も名誉も財産も約束されてたんだろ?

旅人風の男

そうだよな、そんな恵まれたヤツが
その全てを捨てて逃亡者生活なんて……
何かよほどの理由があったんじゃないのか?

激流のハミルカル

うむ、それは私も気になっている……
ヤツと対峙した暁には問いただすつもりだ

激流のハミルカル

しかし、どんな理由があったにせよ
主君殺しは騎士として最大の罪、
そして最大の不名誉だ

激流のハミルカル

私は騎士として、何があっても
バイバルスを討たねばならんのだ!

商人らしき男

ううっ、主の無念と騎士の名誉を胸に
かつての親友と戦うなんて……

傷顔の客

ああ、立派な話だぜ……
俺もガラにもなく感心しちまった

傷顔の客

ほらアンタ、こいつも食いな
ちいと冷めちまったが、この店の名物料理だ

激流のハミルカル

む、これはこれは……
お気遣い痛み入る

ガラの悪い客

ようし、そんじゃハミルカルさんの
旅の無事と成功を祈って、乾杯するか!

旅人風の男

よし乗った!
マスター、俺にもビールだ!

店主

へいよ!

 昼過ぎから始まった宴会は、夕方まで続いた。

 店主は宿泊を促したが、ハミルカルはそれを丁重に断り、その場の人々に礼を言うと再び旅立っていった。

 その日の夜の『ユニコーンの酒場亭』は、ハミルカルの話題で大いに盛り上がった。

 そして、夜が明けた――

店主

よし、仕込み終わりっと
今日も店を開けるとするか!

ガラの悪い客

ようマスター、おはようさん!

店主

おう、おはようスノッリ
アンタが昼前に起きてるなんて珍しいな
昨日のハミルカルさんの影響か?

スノッリ

まあ、な
仇討ちのために寝ず食わずの一人旅なんて
なかなか無ェ立派な話を聞いちまったしな

店主

そいつはなによりだ
怠け者のアンタをやる気にさせるとは、
ハミルカルさんは大した御仁だな

スノッリ

ってなわけで、まずは腹ごしらえだ
さあ、何か適当に食わせてくれよ

店主

おう、ちょっと待ってな
先に宿泊客を叩き起こして来る
メシはそれからだ!

 やがて酒場には、宿泊客や町の男たちが集まってきた。

 食事を済ませた彼らは、そのまま昨日の続きと言わんばかり、ハミルカルの噂話を肴に酒を飲み始めるのだった――

旅人風の男

俺が思うに、ハミルカルさんは
東のエリュクス辺りの出身だな

傷顔の客

エリュクスって、あれか?
いくつも小王国が集まって連合組んでる……

旅人風の男

ああ、あそこだったら
俺たちが知らない国もゴマンとあるぜ
バイバルスやハミルカルさんはきっと
そういう国の抱えてる騎士だったんだろう

スノッリ

エリュクスか……なるほどな

商人らしき男

そういうことでしたら、私たちが誰一人
彼らの名前を知らなかったのは当然ですね

傷顔の客

……ん?
おいマスター、入り口にお客さんだぜ

店主

おうよ! いらっしゃい!

朴訥な騎士

………………

店主

どうした、突っ立ってねぇで入ってきな
ウチは一見さんも大歓迎だぜ!

朴訥な騎士

……う、うう……

傷顔の客

お、おい……なんか様子が変だぞ?

旅人風の男

顔色が悪いな……
おい、アンタ大丈夫か!?

朴訥な騎士

み、水、を……

傷顔の客

あちゃー、倒れちまった

店主

アンタ大丈夫か! しっかりしろ!
おい、ボサッとしてないで水だ!

傷顔の客

お、おう!

傷顔の客

……俺が汲むのかよ

店主

ほら、水だ!
焦るな、ゆっくり飲め!

朴訥な騎士

ん、うく……

朴訥な騎士

……はぁ、はぁ……
すみません、助かりました
えっと、ここは……?

店主

アルサラムの町の酒場だ
それよりアンタ、一体どうしたんだ?
見たところ旅の騎士さんのようだが……

朴訥な騎士

は、はい
私はマゴーネと言います

マゴーネ

人探しの旅の途中で野盗に襲われ
馬も路銀も失い、彷徨っていました……

店主

そいつは難儀だったな……
で、人探しってのは?

マゴーネ

はい、マリクという旅の剣士なのですが
ご存知無いでしょうか……?

店主

マリク……珍しくない名だが
どういった人相や風体だ?

マゴーネ

年齢は五十路前、髪も瞳も黒です
顔立ちは品の良い紳士風なのですが、
今は髪や髭を伸ばしているかも知れません

店主

んん……そういう客は
ここ最近の記憶に無ェな……

店主

おい、アンタらはどうだ?

旅人風の男

すまんがオレも知らんなあ

商人らしき男

うーん、残念ながら

店主

だ、そうだ
力になれなくてすまんな

マゴーネ

そうですか……
いえ、こちらこそご面倒をおかけしました

マゴーネ

はぁ、バイバルス殿は一体どちらに……

店主

……ん?

スノッリ

あんた今、バイバルスって言ったか?
そりゃあひょっとして《白煙のバイバルス》
って元騎士のことか?

マゴーネ

ご、ご存知なのですか!?

マゴーネ

そうです、マリクというのは偽名で
私の探し人はバイバルス殿なのです!

スノッリ

なるほど、やっぱりバイバルスは
偽名を使っていたんだな……

傷顔の客

ってことはアンタもハミルカルさんと同じで
逆賊バイバルスの首を狙ってるってことか?

マゴーネ

ハミルカル……父のこともご存知でしたか

店主

へえ、あんたハミルカルさんの息子か

商人らしき男

言われてみれば面影がありますね

マゴーネ

バイバルス殿が逆賊など、とんでもない
あの方こそ真の騎士、騎士の中の騎士です
父はバイバルス殿を誤解しておられるのです

スノッリ

ふむ、どうやら色々と事情が
あるみてェだな……

スノッリ

なあ、マスター

店主

ああ、わかってるさ

店主

マゴーネさん、腹減ってんだろ?

店主

メシ食いながら事情を話しちゃくれないか?
もちろん俺がオゴらせてもらうぜ

マゴーネ

え? あ、はい……
では、お言葉に甘えさせていただきます

 こうして酒場の人々に迎えられた騎士マゴーネは、バイバルスの身に起こったことや、これまでの経緯を語りだしたのだった。

つづく

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