北方に火竜山脈を仰ぐ水神湖のほとり、アルサラムの町。

 この町は三百年以上の昔から、旅人たちの宿場としてほどほどの繁栄とそこそこの平和を保ってきた。

 町の中心には町長の住む立派な館が構えられ、そのすぐ近くには町でただ一つ許された町長の館よりも大きな建物がある。それがこの町とほぼ歴史を同じくする、宿屋を兼ねた酒場『ユニコーンの蹄亭』だ。


 まだ昼間だというのに、酒場のテーブルは半分ほどが既に埋まっている。

 ジョッキを片手に話に花を咲かせている者の大半は、暫しの休息を求めて立ち寄った旅人だ。

 だが、旅人たちに混じってチラホラと、町の男たちの姿も見える。
 この町の男たちはろくに働きもせず、昼間から旅人と酒を飲み交わすことで有名だった――

店主

へい!
ウィンナーにビール、お待たせ!

傷顔の客

おう、待ってたぜ!

傷顔の客

へへ、これこれ
この町に寄ったらこいつを食わなきゃな

商人らしき男

ほどほどにしてくださいよ
あんまり旅費がかさむと、私が
旦那様に叱られるんですから……

傷顔の客

おいおい、細けェこと言いなさんなって!
今回の旅は順風満帆、野盗もモンスターも
まだ一度も遭遇してないんだぜ?

傷顔の客

黒字も黒字、少しくらい俺らの飯に
還元したって罰は当たんねェさ!

商人らしき男

はぁ……仕方ありませんね……
それじゃ、帰り道でゴブリンの群れにでも
遭遇したことにしておきますよ

傷顔の客

さすが、話がわかるじゃねえか!

店主

なんだなんだ、ゴブリンの群れ程度じゃ
大した出費にはならねえだろ?

店主

どうせならゴブリンなんかより、
火龍山脈のドラゴンってことにしちゃどうだ

アイツと一戦交える費用だったら、
ウィンナーを在庫全部だって食えるぜ?

商人らしき男

か、勘弁してくださいよ!

ガラの悪い客

はは、流石にそこまでの嘘になると、
コイツが五体満足じゃ信じてもらえないぜ

魔道士風の若者

あ、全身火傷くらいならお手伝いしますよ
火魔法、得意ですから

傷顔の客

笑顔で怖いこと言うんじゃねェ!

傷顔の客

ゴブリンで充分だ、ゴブリンで……
それだってあとビールの3~4杯くらい
余裕でいけンだろ

傷顔の客

てなわけで、ビールおかわりだ!

店主

あいよっ

商人らしき男

はぁ、まったくもう……

傷顔の客

まあそうしょげるなって
商売の道のりが平和なのはいいことだぜ

ほら、アンタも飲んだらどうだ?

商人らしき男

そうですね……ではいただきます
ご主人、私にもビールを!

店主

よしきた!

ガラの悪い客

はは、こりゃゴブリンを何匹か追加だな

魔道士風の若者

ふふ、作り話とは言っても気の毒ですねぇ
気まぐれに狩られるゴブリンたちは

旅人風の男

お前ら、あんまり食いすぎて
ゴブリンを絶滅させんなよ!

ガラの悪い客

なーに、そん時ゃコボルドの奴らの出番だ

旅人風の男

ハハハ
そいつは違いねェや

 店の中は今日も騒がしく、慌ただしく、そして平穏だった。
 しかし、そんな一時を遮る存在は、既に近くまで迫っていた。

騎士風の大男

おい! バイバルスを出してもらおう!

 店の入口でそう叫んだのは、身長二メートルはあろうかという大男だった。
 後ろに背負ったこれまた巨大な剣が、大男の威圧感を一際強めている。

 突如現れた物騒な闖入者に人々の注目が集まり、店内は静まり返った。

 大男は呆気にとられる酔客たちをジロリと睨み返し、もう一度口を開く。

騎士風の大男

《白煙のバイバルス》を連れて来い
この町に来ていることはわかっているのだ

騎士風の大男

もし匿うというならば容赦はせんぞ!

傷顔の客

白煙のバイバルス……?
人名みてェだが……聞いたことあるか?

商人らしき男

いえ……私は存じませんね

ガラの悪い客

おい、お前は知らねぇのか?

旅人風の男

いや、知らんな

騎士風の大男

さあ、早くヤツを出せ!
さもなくば――!

店主

待ってくれ!

騎士風の大男

――なんだ貴様は

店主

俺はこの店の主だ
騎士さんよ、悪いがアンタの探し人には
誰も心当たりが無いみたいだ

騎士風の大男

……よもや嘘をついて、
匿っているのではあるまいな?

店主

ああ、悪いが本当だ
少なくともその白煙のバイバルスとやら、
俺も客連中も聞いたことが無い

騎士風の大男

ふむ……となるとバイバルスめ、
アルサラムに立ち寄らず、
先を急いだのか……?

騎士風の大男

店主よ、念のため宿帳を見せてもらえるか?

店主

生憎、うちにはそんな上品な仕組みは無い

店主

まあ、もしあったとしても、
そいつに偽名でも使われたんじゃ
何の意味も無いんじゃないのか?

騎士風の大男

うむ、確かにその通りだ……

店主

……なあ、騎士さん
バイバルスとやらのことは知らないにせよ、
ここにゃ冒険者や商人、旅人が大勢いる

店主

よかったらいきさつを話しちゃくれんか
何か役に立てるかも知れないぜ?

騎士風の大男

そうだな、そうさせていただこう

店主

んじゃ、そこ座って
飲み物はビールでいいか?

騎士風の大男

いや……食事は結構だ
恥ずかしながら長旅で路銀のほとんどを
使い果たしてしまったものでな

店主

なあに、気にすんな!
オゴリだオゴリ!
話を聞かせてもらう礼ってもんよ

騎士風の大男

……では、お心遣いに甘えさせていただこう
感謝する

傷顔の客

おっ、気前がいいじゃねェか!
さすがマスターだな!
じゃあ俺ももう一杯……

店主

アンタはダメだ
この人にオゴるのは話の代金だからな

傷顔の客

んじゃ、俺も旅の武勇伝を……

ガラの悪い客

バーカ、ゴブリン相手の武勇伝なんか
聞いたってしょうがねえよ!

店主

まあ、そういうことだ
ドラゴン退治でもして来りゃ
その時はオゴってやるよ

傷顔の客

ちぇー……

つづく

第一話 訪れたもの

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