拝啓 兄上様
どうして銭はこんなにも儚いのでしょう?
拝啓 兄上様
どうして銭はこんなにも儚いのでしょう?
昨夜の俺はツイていた。
そう、確かにツイていたのだ。
バクチは大勝ちだったんだよ。
"ダイス当て"で丁丁半半丁半半、
一休みして半半丁。全部的中だ。
――昼に善行を為せば、夜にバクチの女神が微笑む
昔からの言い伝え通りだった。
バイコーンに襲われた姉弟を助けたその夜、
道端で拾った100ペコ銀貨を元手にバクチを打てば
百発百中の大当たり。
これだけありゃしばらく遊んで暮らせる。
俺を捨てた駄馬の代わりだって買える。
夢が広がりまくっていた。
なら、なんで教会へ物乞いに来たのかしら?
昔馴染みのシスター、クラリスは細い首を傾げる。
そんなに大勝ちしたなら、
いまごろお大尽じゃないの?
そのはずだったんだけどな、
イイ感じに酔っちまって、気分も上々で
だから――
「テメエら、今日の飲み食いは俺が奢ってやる!」
賭場に来ていた連中の前で、
うっかりそう宣言してしまったのだ。
……
開いた口が塞がらない、といった様子のクラリス。
――あんたばかじゃないの?
言葉はなくとも気持ちは伝わっていた。
以心伝心だな、俺たち。うん。
あのとき、賭場にゃあ五十人はいたっけな。
細かいことは忘れたが、
飲めや歌えやの大騒ぎだったことは覚えている。
で、気付いたら路地裏で倒れてたんだ。
ポケットには、1ペル胴貨が3枚だけ。
これじゃあビスケット1枚買えやしない。
つうわけで、だ。
朝メシの残りでいいから分けてくれねえか?
……もう。
エステルは、またか、と呆れたようにため息をつくと
仕方ない人ね、貴方って。
反省はしてるんだぜ。
しばらく酒はやめるよ。
……どうせそのうちまたやらかすわよ。
俺もそう思う。
さすが長い付き合いだ、よく分かっている。
てか、五十人分の飲み食いを払いきるとか、貴方ホント、どんだけ勝ってたのよ。
さあな。だが今考えてみりゃあ、そんな儲けておいて賭場主が黙って帰してくれるワケもねえ。パーッと使って正解だったな。
まあ、つまりは――
昔からよく言うだろ、
「バクチ打ち、文無しまでの右往左往」ってな
なにそれ?
有名なダイス当て師の言葉だよ。
バクチ用語じゃ右は偶数、左は奇数
どっちにするか迷っても、最後はどうせ一文無し。
だったら最初からやらなきゃいいじゃない。
わかってねえなあ。どうせ文無しになるならせいぜい楽しもうぜ、ってことだよ。
……はあ。
なんだよ。
全く、我らが神はどうしてこんな屑オヤジに剣をお与えになったのかしら……
オヤジとはなんだオヤジとは、俺はまだにじゅう――
はいはい、二十八歳と百九ヶ月とか言う気なんでしょ。中年はみんなそうよ。
違えよ! つうかそれ流行ってんのか!?
オロトだったか、バイコーンから助けた弟の方も、
似たようなことを言っていた気がする。
こいつはうめえ、生き返るぜ!
米。
海を隔てた遠い東の島国から伝わった穀物だ。
蒸らすように炊けばふっくらとした歯ごたえになり、
噛めば噛むほど、ほのかな甘みが舌に広がってくる。
俺は五つ目になる握り飯にかぶりついた。
よかったわね、朝食の米が余ってて。
ああ、しかもお前さんがここの教会に異動になってたとはな。ラッキーだったよ。
ま、私がいなかったら門前払いだったわね。
違えよ、たとえ誰が相手だろうと俺はメシをたかってたよ。自信がある。
イヤな自信ね、それ……
まあいいだろ。で、俺の何がラッキーかと言えば、だ。
俺は六つ目になる握り飯を掲げる。
お前さんの握り飯を食えたことだな、うん。
握り飯には、単によそった米とは違う滋味がある。
握るやつの手のぬくもり、米の湿り気、そして荒塩。
それが三位一体を成して、妙なる味が生み出される。
あちこちで握り飯を食ってきたが、
お前さんのが一番だよ。
……
なんだよ、人の顔をじっと見やがって。
イケメンだってことに今更気付いたか?
ばか。相変わらず老けてるって思っただけ。
うるせえ、ほっとけ。
――などと話をしているうちに、俺は最後の握り飯を平らげる。
ごっそさん、うまかったぜ。
おそまつさま。
あら、ヒゲのところに米粒がついてるわ。
マジか、気づかなかったぜ。
じっとしてて、取ってあげるから。
悪ぃ、まかせた。
そして、クラリスのやつが手を伸ばしてきた矢先――
すみませーん、アルドって人を探しているんですけ……ど……?
扉を開けて入ってきたのは、昨日のお嬢ちゃん。
……っ。
俺とクラリスの姿を見て、固まる。
……あら。
あー……。
厄介事の、予感がした。