拝啓、母上殿
子供のころから一緒だった愛馬に見捨てられました
拝啓、母上殿
子供のころから一緒だった愛馬に見捨てられました
いくら金がないからって
ニンジンを横取りしたのはまずかったか……
さてどうしたものか、と途方に暮れた矢先のこと。
そこのおじさん!
失礼で馴れ馴れしい子供に、呼び止められた。
出会い頭にオッサン呼わばりはねえだろ
これでも俺はにじゅう――
どうせ二十七歳と百八か月みたいな下らない冗談を言うんでしょう!?
中年はみんなそうです!
いや俺はれっきとした――
そんなことより僕の話を聞いてください!
姉さんが、姉さんが大変なんです!
そりゃお前さんを見てりゃ分かる。
出会い頭にヒトをオッサンと決めつけるヤツの家族だ、大いに変だろうさ。
確かに僕も姉さんも変わってますけど、そういうことじゃないんです! とにかく来てください! 騎士なんでしょう!?
ほう、ボウズ。一目で俺が何者か見抜くとはやるじゃねえか。
そんな立派な鎧を着てたら誰だって分かりますよ!
ははっ、そいつは盲点だったぜ。だが人を見た目で判断しちゃいけねえ。もし俺が流浪の大魔導士だったらどうするよ。
それはそれで構いませんからとにかく姉さんを助けてください!
俺は道すがらに事情を聞き出す。
この女みたいに華奢なボウズの名はオロト。
なんでも馬車旅の途中、運悪く魔物に襲われてしまったらしい。
で、姉を助けてくれる相手を探して草原を彷徨っていたのだとか。
そいつは、角が二つのユニコーンでした。
あっという間に護衛の騎士たちは倒されてしまって――
おいちょっと待て。
なんですか?
年のせいで耳が遠いのでしたら、
もう一回説明しますけど……
だから俺はまだ若いって……まあいい。
角が二つなのにユニはねえだろ、ユニは。
今のガキは帝国古語も知らねえのか。
そういう説教の仕方、いかにも年寄りって気がします。
うるせえ。それよりお前さんたちを襲った魔物だが、間違いなくバイコーンだな。
バイ――それは帝国古語で"二つ"を意味する。
……どんな魔物なんですか
簡単に言えば、森のロクデナシだ。
ああ、おじさんの親戚ですね!
違えよ! 俺もしまいにゃ泣くぞ!
もう、いい大人なのに怒鳴らないで下さいよ
いやなんで俺が注意されてんだ……
ああ、もう。話を進めるぞ。
ユニコーンは各地で聖獣として信仰されており、乙女の純潔の象徴ともされている。
だったらバイコーンは角が二本で聖性二倍、純潔二倍……みたいに都合のいい話はない。
むしろその対極、性格は凶暴にして残忍。
雄々しく天を衝く二本の角で人間を貫き殺し、血肉を啜ると言われている。
……ついでに乙女の純潔を穢す存在でもあるらしい。
前に冒険者仲間の前で
「二本の角で前も後ろも奪っちまうんだな!」
なんて叫んだら場の空気が凍りついた覚えがある。
おじさん、最低……
うるせえ。酔った勢いだったんだよ。
で、護衛の騎士もやられちまって、お前の姉ちゃんがさらわれた……ってところか。
バイコーンによる誘拐、割とよくあるクエストだ。
だったら急いだ方がいい。じゃないとこいつの姉ちゃんがひどいトラウマを抱えて生きていくハメになっちまう。……ウマだけに。
――だが。
違います。
は?
姉さんは今も戦ってるんです、たった一人で
はあああああああああああああああああ!?
果たして、その通りだった
……っ、このっ!
紅に輝く刃を振るい、女剣士が戦場に舞っていた。
おそらくは魔法剣の類だろう。かなりの業物だ。
観念しなさいっ!
使い手――オロトの姉もまた只者ではない。
一つ一つの動きには隙が無く、才覚ある者が優れた師の元で学んだことを伺わせた。
辺りには横転した馬車の残骸や、息絶えた騎士の屍。
それに足を取られるような無様も無く、華麗な足さばきで魔物と渡り合っている。
『魔物大典』の著者、古の剣聖リヒランデ師曰く。
戦場を疾走するこの凶馬は、全身に厚い魔力の膜を張り巡らせている。ゆえに胴体や脚への斬撃は無意味。
例外は二本角と、その間のごくわずかな額のみ。
凶馬の挙動を見切り、狭き額を剣にて貫くべし。
――これが唯一の攻略法と伝えられている。
ああっ、もう!
レミアはリヒランデ師の教えに忠実だった。
バイコーンの突進を紙一重でかわしつつ、一撃必殺を狙っている。
でもな、魔物も学習するんだ。人間がどこを狙ってくるか、それを判った上で襲いかかってくる。
古くさい書物に記された攻略法など、
もう、攻略されてしまっている。
もらったっ!
レミアの剣が、バイコーンの角の間に滑り込む。
しかし。
……嘘っ!
バイコーンは首をよじり、強引に方向転換し――
二本の角でもって、レミアの剣を叩き折っていた。
要するに、梃子の原理だ。
姉さんっ!
姿勢を崩し、尻餅をつくレミア。
バイコーンは上体を起こし、彼女にのしかかろうとして――。
ヤツの動きが止まった――!
俺は飛び出す。
剣を抜く時間も惜しい、なら――
人間の持つ、最も原始的な武器を使えばいい。
らああああああああああっ!
横合いから、思い切り、殴りつける。
魔力の被膜? だからどうした。
それを越える力でぶち破るだけだ。
ヒィ、ン……!
たたらを踏むバイコーン。
その口からは情けない声が漏れる。
俺はその隙を見逃さない。
――『抜刀』
俺は騎士であって騎士じゃない。
鎧こそ立派だが、剣も槍も盾も持っちゃいない。
博打でスった? 違う。必要ないからだ。
我が手に在りて在れ、神意の剣
剣は望めばこの手の内に、いつであろうと顕現する。
稲妻の、剣……?
雷は古来から天意の顕れとされていた。
神は己の怒りを、嘆きを、全て雷により地上に示す。
つまるところ、雷とは鳴り響く神の叫び。
――神意の代行者だなんて名乗るつもりはないが。
美少女を助けるんだ、神様だって大賛成だろう。
――ヒヒィィィンン!
バイコーンは一際大きくいななぎをあげると、俺に背を向けて走り出す。
恐れをなして逃げだした?
違う。
捨て身、か。光栄だねえ
これまでにない速度でもって突進を仕掛けてくる。
とんでもない勢いだ。ヤツも無事じゃ済まない筈。
だったら、こっちも応えてやらねえとな!
稲妻迸る大剣を振り上げる。
真っ向勝負だ。
二本の角の間を狙う?
はっ、小賢しい。
たとえ数百、数千年の時が流れようとも変わらない真理がここに在る。
――はあああああああああああっ!
相手よりも早く、斬ればいい。
相手の矛も盾も砕けるほど重く、斬ればいい。
俺には、それができる。
ヒゥッ……!
最後に聞こえたのは、そんな、情けない断末魔。
……真っ二つ、だ。
……すごい。
お前さんにゃ恨みはないが、昔からこう言うだろ。――可愛いは正義、ってな?
――かくして俺は、勝利した。
それで姉さんったら、お見合い相手を木刀でボコボコにして追い返しちゃったんです!
ハハッ、そいつは痛快だな!
――バイコーンとの戦いのあと。
手早く騎士たちの供養を済ませると、俺はレミアとオロトを連れて出発した。
二人が目指しているのは貿易都市クラヒド、子供の足でも半日ほど歩けば着く距離だ。
そこまでの護衛を頼まれたのだ。
姉さんの言ったセリフがまた格好よくって、
「私は自分より弱い男に興味なんてない」
とか、もう、シビれちゃいますよホントに!
オロトは俺をなにかとオッサン扱いするのが納得いかないが、さっきの一件で心を開いてくれたらしい。
延々と楽しそうに話しかけてくる。
いい啖呵切ってるじゃねえか。貴族にしとくには勿体ねえぜ。
……えっ。
どうしたよ、変な顔して。便所か?
違いますよ。
……はあ、これだからおじさんは。
オロトはため息をつき、それから。
どうして僕たちのこと、貴族って分かったんです?
重大な秘密を見抜かれたかのような、深刻な表情で問い掛けてくる――って、いやいやいや。
おいおい、護衛の騎士つきで馬車旅なんて今どき貴族サマしかやらねえよ。もう少し世間ってヤツを知るんだな、ボウズ。
帽子越しに頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
わわっ、やめてくださいよ!
ところで、姉のレミアの方だが。
……
ムスッとした表情で俺の後ろをついてきている。
ん?
っ!
時折振り返っても、目を逸らされる。
……嫌われるようなことしたっけか、俺。
オロトの話じゃ、レミアはリヒランデ師を開祖とする由緒正しい帝国正統剣術を学んでいるらしい。
……だったらまあ、仕方ねえな。
俺の戦い方はリヒランデ師を真っ向から否定するようなものだ。
そりゃ、レミアとしちゃあ腹に据えかねるだろう。
強い、強い人。私より、強い人。
しかも、可愛いって、言ってくれた。
ほら、そろそろ見えてきたぞ。クラヒドだ。
着いたらさっさと親父さんに連絡とって迎えに来てもらいな。
これにて一件落着、めでたしめでたし。
俺はそう思っていた。
けれど、違ったんだ。
レミアに腕を叩き折られたボンボンやら何やら。
困ったことにこの姉弟をめぐる騒動のタネは山ほどあって。
――俺はもう既にその真っただ中に、どうしようもなく巻き込まれちまってたのだ。