その二話 ~純文学の歴史part1~

元々、純文学というのはな。概念的にはそこまで古くないと思うのよ

そうなの?

うむ。明治に入って北村透谷あたりが論じたのが最初だろう。だが、それも曖昧たるものでな。一人大声をあげて論じているような有様で……ウィキペディアなんかも随分と曖昧に書いているが……当時はまだ有耶無耶としていた頃でな。北村透谷とその周辺が騒ぐだけで、未だに文語体で描く人もいたし、戯作的な義理人情のしがらみを描くような人もいたわけだ

まあ、なんていうのだろう。分裂していたってこと? 政党みたいに?

政党か……まあ、政党っちゃ政党だなあ。斎藤緑雨って作家が当時の文壇のボスたちを皮肉った小説八宗って作品があったくらいだし……

小説八宗?

ああ。面白いで。当時の人気作家と小説を揶揄した批評なんだが

誰が槍玉にあげられたのでしょうか?

ええとな。春の舎おぼろこと坪内逍遥、二葉亭四迷、饗庭篁村、山田美妙、尾崎紅葉、森田思軒の六人か。

あれ? 八人じゃないの?

これな。八人描くつもりが作者の病の為に中断になったはずだわ。惜しいわあ。他にも森鴎外や幸田露伴なんかも槍玉に挙げられていた気がするが

簡単な内容をお教えくださいませ

作者註:「小説八宗」です。こうやって挿絵を入れていきたい。

まず、坪内逍遥を西洋料理に喩えて西洋好みの作風をからかい、二葉亭四迷を『迷宗は迷執なり』と煮えきらぬ態度を挙げへつらった上で四迷のネチネチとした緻密な文体を『煙管を持た、煙草を丸めた、雁首に入れた、火をつけた……』って揶揄して、煙草吸うのにどれだけ時間かかるねんと冷笑しているのね

ふむふむ……

フミフミ……

パイセンが名前呼んでくれた……♡

百合は外でやれ!!

んでな。饗庭篁村……これは忘れ去られた作家やが、この人は東京根岸で文士を集めて徒党を組んでいたんだが緑雨はそれを槍玉に挙げた。そして、山田美妙も忘れ去られているが、この人はですますで書いた人だわ。初めてというと語弊はあるかも知れぬが。この人の作品は読みやすいよ。まあ、読みやすいよっても明治時代の中ではな

武蔵野……だっけ?

せやで

武蔵野楽器……!

タカネさん。あんたは喋んな!!

それで山田美妙の独特の言文一致の書き方を秘蔵のお経にたとえて嘲笑い、『酒を猪口に注げば、猪口の形です。酒を枡に注げば、枡の形です……』と美妙の文体を見事に本歌取りして、やはり冷笑している。

そして、森田思軒。この人は日本に西洋小説を持ち込んだ功績があるんだが、緑雨はこの人を『隣家の釜を借て飯を炊く』と翻訳ばかりで、自分の創作を見せつけない森田思軒の態度をバカにした……まあ、こんな具合の批評集。痛快で面白いで!

ふむ……しかし、難しそうですね……

確かに斎藤緑雨は文語体で描くから読みづらい。だけど、この発想と反権力と皮肉と笑いの精神は今の作家に足りないものがあるな。あと、これ読んでおくと、明治文学に詳しくなれるし、文語体に触れられるから、そういうのに興味ある人にとっては血となり肉となるんじゃないかな?

どこで読めるのでしょうか?

ええと、筑摩書房刊行の『斎藤緑雨全集』の第一巻だね。手軽に見られると言うのならば。

早えなフミ……

ドヤッ

すごいすごい!すごいからその闇のような髪を触手みたいに動かして俺を叩くのやめろ!

キャピ♡

キャピじゃねえよ!!

まあ、後はネットに転がっているわな。

詳しいですねお二人は……

で、ダンディー。純文学の話は?

せや。まあ、そういうわけでな。そんな風に揶揄されるように当時は派閥が強かったんだな。師弟制度とか、結社とか。そういうのに属さないとダメみたいな風潮があったんだのは否定できないな。

なるほど……

そんな中で綺羅星のごとくに現れたのが自然主義文学だった。尾崎紅葉死に、坪内逍遥が小説を止める中で、島崎藤村、田山花袋という人々が自然主義文学を引っさげて、出てきたわけだ

なるほど! それが純文学の……

いや、そうとも限らないってか……当時はまだ、俺は純文学を書いてるのだよ! 的な今風の感覚はなかったと思うんだがなあ。純とエンタメを分けるのが現代的であって……

でも、それじゃ自然主義文学出した意味なくない?

話は最後まで聞くように。しかしな、この自然主義文学が描こうとした、『私』たるもの。即ち私小説的、告白的小説は大きな影響を与えた。言うなれば日本の文学界に大きな衝撃を与えたわけだ。己の心を描く、ということで。

どういうこと?

ふーむ。明治の小説というのは、特に自然主義文学以前は先も述べたように、心理的なる小説が少なかったんだ。一見心理らしく見えても、作り物であったり、また戯作文学の主流であった、茶化し、洒落、勧善懲悪などが根幹にあったりしたんだなあ

でも、坪内逍遥は『小説神髄』でそれらの戯作文学を攻撃しているはずじゃ?

確かにその通りなんだ。しかし、逍遥は言うだけ言ったが技術が追いつかなかったというべきか。まあ、あの人自分の作品を『悪書全集』って自嘲するくらいだしな(笑)

悪書全集(笑)

結局、論理は張りながらも、世相風刺という戯作的なもの……それが当世書生気質なんだが……に甘んじることとなったわけだなあ。別にこればかりは逍遥に非があるわけでもなくて、ある意味当然っちゃ当然だったわけなんだがね。

保守からの脱却でもがいたということですか?

まあ、そうなるわなあ。だから、自然主義文学の出現は余りにも大きかった。言うなれば、ビッグインパクトであり、黒船の来航だったわけなんだなあ……ここから純文学的なものが……

それより、先生!

……なんだ?

お腹すきました!

あのな……ちょうどいいところなのに……お前少し待ってくれよ

待てません! 餓死しちゃいます!

(二時間前、フミが持ってきた饅頭食ってたじゃねえかよ……)

パイセン! 今日はどこ行きますか?

そうですねえ。たまには蒙古たんめんなど如何でしょうか?

先生の奢りで?

ふふっ。まこと。

おい、勝手に話進めんな

じゃあ、貴方様。参りましょう! いざ、蒙古たんめんを食べに!

おい! おま! 今食ったら間違いなく胃を壊すって! ダレカタスケテェェェェ



ちょうど時間になりにけり!

第三話 ~ダンディー死す?!~

純文学のミカタ!! ~第二話。純文学の歴史 part1~

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