1月1日晴れ。

うゎっ…メチャ混んでる

初詣だからね


俺は遥と一緒に初詣に来ていた。
高校生活最後の正月。
遥と付き合って約2年になるが、初詣に来たのも初だった。

初初詣…

夏樹…さっきからぶつぶつと、【はつはつもうで】って何なの?

遥と来たのが初の初詣だから

で、はつはつ?

うん


頷くと遥は笑い出した。
大きな口を開けて腹を抱えて笑う。

それじゃ夏樹みたいだね

俺みたい?

夏川夏樹…なつなつ


言われて気が付いた。
そういえば俺はそんな名前だった。

 俺の親は意外と天然で名前を付ける時に季節が夏で病院の窓から大きな木が見えて『あの木の様に丈夫に育つ様に』と夏樹と付け、俺が保育園に入った時に保育園の人に名前をツッコまれて初めて気が付いたらしい…自分達の苗字が夏川である事に…。

…ちっとも、俺みたいじゃねー


少し悔しくて拗ねてみた。

うわっ…子供っぽい

少しも私の様ではないみたいだが

言い方を変えても、子供っぽいよ


メチャ悔しくて反論できなくて本気で拗ねた自分がいた。


 人混みに巻き込まれながら、やっとお参りできる場所まで来た。

初詣は戦争だ…それが正直な感想。

テレビで初詣の光景はみた事はあったが、まさかコレほどまでとは…近所の神社じゃダメなのか?ご利益ねーのか?それとも、これを越えて辿り着くからこそ有難味が増すのか?そんな事を考えながらも遥の手を離さない様にしっかりと握る。

ねぇ夏樹。聞いてもいい?

何?

人混み嫌いなのに、今日は良く来てくれたね。私…結構ダメ元で連絡したんだよ

そりゃ…高校生活最後の正月だしさ。そんな時に『初詣は1月1日に行かなくてもいいんだよ。2月に行こうが12月に行こうが、その年で初めてなら初詣だ!』なんて言えないだろ

そんな風な考え方なんだ

変か?

多少


それでも、遥はどことなく嬉しそうな表情をしていたのが分かった。

 話しながらも列は順調に流れていき、参拝する出番が回ってきた。

その時に俺は大事な事に気が付いた…

(何を祈ればイイんだ?)

参拝のルールは知っている。

会釈をし、鈴を鳴らす。

(何を祈ろう…)

賽銭箱に賽銭を投げ入れる。

(アレか?世界平和?…って俺は清原か!)

次に2回頭を下げる。

(遥とこれからもずっと一緒に…ってのも、違うのか?俺だけか?俺だけなのか?どうなんだ?)

2回手を叩く。

(そうだ!大学合格…いや別にイイや。行きたいワケじゃねーし)

最後に一礼。

(俺は、大学じゃなくて…就職でもなくて…)

時間が止まった様な気がした。

他の人から見たらアイツどんだけ願ってんだよ的な事を思われる位、頭を下げていた。

 参拝が終り、俺たちはベンチに座りながら話していた。

夏樹。しっかり二礼ニ拍手一礼できてたね

見てたのかよ

神社の娘として彼氏がしっかりできてるのか心配で心配で

何だそれ?


俺が聞き返すと、遥は立ち上がり指を一本立てて話しだす。

では、夏樹くん。お勉強の時間です

何の勉強だ?

参拝の時、何で鈴を鳴らすか知ってる?

神様にアピール

…ハズレ。鈴は邪なるものを祓う効果があるの。鈴の音で邪気を祓ってから参拝開始

ほぉ。で、先生。何故に賽銭を投げる?


折角だから、この遥のノリに付き合う事にした。

賽銭はね。捧げものとして賽銭を投げ入れる事で心の靄を祓うって意味になるんだって。昔の風習で神前に米を撒く事の名残っても言われてるみたい

みたいって…ちょっと自信ない感じ?

あっ!でも、ニ拍手の秘密は知ってるよ

はいはい。秘密って何ですか?遥先生

ニ拍手の時に右手を少し下にずらすんだよ。その後指先を併せて祈るの

下に?…何で?

掌を合わせないって事はね。神様と人が一体になってないって事なの。二度手を打つ事で神様を招いて、その後掌を合わせる事で神と人が一体になり、祈願を込めて神の力を体得するの

ほぉ。んじゃ、しっかりとした手順でやらねーと神様も来ないって事か

そゆ事


遥は満足そうな表情だった。

でもな…そーゆーのって、最初に言えよ。俺んトコに神様来てないっぽいし

ははは。ちゃんと来てた来てた


俺は遥の真面目な様で少しなげやりな部分が好きだった。

ってか、お前ん家の神社で初詣じゃダメだったのか?

ご利益ないからね

断言すんなって


また口を大きく開けて笑う遥を見てると、こっちも楽しくなる。

遥の顔を黙って見てると、突然真面目な顔をして質問された。

ねぇ夏樹。夏樹は何を願い事したの?

それを聞くのは反則じゃねーのか?


遥は何も言わないで、ただじっとこっちを見ている。
正直俺はこの瞳に弱い…。
だから、その瞳を正面から見ない様に立ち上がり、空を見ながら答えた。

祈ったよ…大学合格しますようにって…

ふーん意外とシンプルだね

あぁ…シンプルだな。シンプルすぎて、遥の大学合格の事しか祈らなかったし


言うと、遥はもの凄い勢いでタックルしてきて、そのまま俺に抱きついた。

…高校生活最後の正月に初めて彼女に嘘をついた。

 一人で帰る道はどこか寂しかった。
正月でいつもより人が少ないからかもしれない、嘘をついた事の後悔があったからなのかもしれない。

 自宅に着くと、母親が『おかえりなさい』よりも先に『御節あるから食べなさい』と言ってきた。

正直、正月の料理は苦手だ。

ほとんどの料理の味付けは甘く、好んで食べる気にはなれなかった。

まだ、お菓子を食べた方が良い気がしたが、せっかく出された料理を断る事もできず、とりあえずで受け答える。

後で食べるよ


それだけ言って、二階にある自分の部屋へと上がる。

 俺の部屋には本棚が5つある。
並んでいるのは漫画とライトノベル。

 部屋に入ると一直線に窓際にある机へと向かう。
机の上には一台のノートパソコンとクロッキー用紙、シャーペンと消しゴムが置かれている。

 家に帰って最初にする事は決まっていた。
机に座りシャーペンを口に咥え考える。

その日に起きた事や印象的な場面を思い浮かべる。

 しばらく時間が経つとイメージが浮び上がり、そのままクロッキー用紙の上にシャーペンを滑らす。
手は止めてはいけない。
浮かんだイメージが霧にかからない内にクロッキー用紙に落とし込む。
途中構図に違和感を感じても手は止めない。

5分でラフ画が完成する。

一息付いてから、机の引き出しを開け一本のロットリング(製図ペン)を取り出す。
線の細い製図ペンがラフ画に息を吹き込み、みるみる内に一本一本の線が明確になり完成を向かえる。

できた…


クロッキー用紙に描かれた絵は【神社のベンチで話す男女】だった。

 おそらく、男の方が夏樹で女の方が遥なのだろうが、男性の方が若干美化されていた。
しかし、女性の方はしっかりと特徴を捉えていて、知っている人が見れば大概の人が『コレ遥でしょ』と答えるに違いない完成度であった。

これが夏樹の日課だった。

 いつの頃からだろうか、この様にその日の事を一枚の絵にする様になったのは…誰に言われたワケでもなく始めた事が今では日課―――いや、趣味になっていた。

よくねーよ…


(よくないですネ)

あぁ…嘘はよくねー


(…嘘付いちゃったのですカ?)

おぅ。俺の願いなんか…言えねーよ


(ふーん…でもその願いが私を呼んだのですヨ)

ほぉ―――…ん?


横を見るといつもと変わらない自分のベッドがあった。

いつもの様に乱雑になった布団。

裏返った枕。

半分めくれたシーツ。

唯一つ…

唯一つ違うのは…

ベッドの上に人がいた。

黒髪のおかっぱ頭の和服少女…

な…何だ?お前?

あれ?意外と驚きませんネ?


和服少女は小首を傾げながらベッドに『ちょこん』と座った。

ってか…靴…ん?草履ってのか、それは脱げ。我が家は土足厳禁だ

これ?でもアタシの家じゃ平気ですヨ

欧米かッ!…とか言ってる場合じゃねーか…


夏樹がクダラナイ事を言っている内に、和服少女は立ち上がり部屋をゆっくりと歩きだした。

なぁんか残念…全然驚かないのですネ


手を後ろに組みながら話す和服少女は、まるで拗ねた子供の様だった。

って、靴~


夏樹が指差すと、一つの事に気付く…足が地面に付いていなかった。

浮いてるのか?

うん。コレも驚かないですネ

…何だ?驚かしたいのか?だったら、最初からやり直して次は椅子から転げ落ちるリアクション取ってやっから―――それ終わったら帰れ

なんか、アタシを幽霊と勘違いしてませんカ?

…違うのか?



 和服少女はため息を一つ落としてから両手を広げて言う。

違いますヨ!どっからどう見ても妖精じゃないですカ~

…妖精?和服でおかっぱで?羽もないのに?バイストン・ウェルから来たってのか?ミ・フェラリオだってのか?聖戦士ダンバイン…まさか実話だったとは…おぉぉオーラバトラー


夏樹が一人で興奮気味に喋っていると、和服少女は夏樹の袖をグイグイ引っ張って言う。

あの…全然違いまス―――アタシは筆の妖精

筆?筆の妖精…?聞いた事ねーな


和服少女はゆっくりと浮上し、天井の近くで止まり、指を一本立てて喋り出す。

【文字には不思議な力が宿る】って言葉を聞いた事がありますカ?

確か…トリックで野際陽子が…

でも、その不思議な力の秘密って【筆】にあったって知ってましたカ?

筆に?

アタシ達、筆の妖精は筆に宿る事で文字の力を発揮させるのでス

でも、弘法筆を選ばずって言うぜ?

…それはアタシ達に言わせれば特別な人間ですヨ。筆の妖精との波長が近いせいで、力が身体に染み付いた人間の事ですネ

…空海も?相田みつをも?326(ミツル)も?623(むつみ)も?…コレはケロロか…

何かよくわかりませんガ、微妙に伝わったようですのデ安心しましタ

―――で、結局一体俺に何の用なわけ?最初に言っておくが、『私の世界が大変な状況なの』的な展開で異世界に飛ばされて勇者にって話しならば他を当たってくれ。俺は滅法弱い。例え向こうの世界じゃ死にませんって言われても死ねる自信がある程弱いからな


夏樹は鼻息を荒くして言い放った。

そんな事言いませんヨ!それに私達の世界は平和ですかラ!

ならば…あれかこの後に怖いオッサンが複数やってきて『私を守って』的な展開かッ!『姫様お待ち下され』的な展開かッ!ほんでもって、結局謎の力を使える様にされて何かと戦う展開かぁッ!ダーリン浮気は許さないだちゃ的な事なのかぁ!


夏樹は一人妄想モードに入っていたが、暫らくすると落ち着いたのか疲れたのか奇妙な冷静さを取り戻した夏樹がいた。

―――で、結局何の用なんだ?

やっと話が進みますネ


反論できなかった。

アタシが来た理由は一つでス。願いましたよネ?

願う?何を?

ほら。神社デ


神社で?思い当たるのは初詣…。

遥との初初詣。

初めて遥に嘘ついた嘘詣で。

あの時に願ったのは…遥の大学合格じゃなく…。

俺の大学合格でもなく。

永遠の愛を願う事でもなく。

世界平和でもなく。

…もっと上手に描けます様に…

だから来ちゃいましタ

はい?

よろしくお願いしまス


和服少女は深く頭を下げるが、相変わらず天井近くに浮いている為、下げている様にまったく見えない。

いや…ちょっと…突然そんな事言われても…


悩む夏樹を横目に、和服少女は自分の左胸を指差しながら言う。

指の先には小学生が付ける名札の様な物が付けてあった。

アタシは未衣。あなたハ?

…俺は、夏川―――夏樹


夏樹が自分の名前を言うと未衣は嬉しそうに笑う。

そうでしタ。アタシその筆に宿りましたから大切に使ってくださいネ


未衣が指差す場所に筆は無かった―――あるのは一本のロットリング…

…欧米かッ

つづく

筆遊び~プラネタリウム~ 第1話

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