教室の空気か緊迫する。
ハチロー様のヘッドホンを手にしたワタクシを、チカ様と、クラスメイト達が固唾を呑んで見つめていた。
残留思念であるハチロー様は、空中椅子DJの姿のまま、虚空をじっと見つめている。
まるでそこに、失われた栄光があると言わんばかりに。
教室の空気か緊迫する。
ハチロー様のヘッドホンを手にしたワタクシを、チカ様と、クラスメイト達が固唾を呑んで見つめていた。
残留思念であるハチロー様は、空中椅子DJの姿のまま、虚空をじっと見つめている。
まるでそこに、失われた栄光があると言わんばかりに。
…。
形あるものは必ず壊れる
残された想いもまた同じ
ワタクシは、グッと帝王拳(カイザーナックル)を握りしめる。
いざ。壊し、祓わせていただきます
砕滅帝王拳!!!!!!!
ワタクシは大きく振りかぶり、ヘッドホンを天井へと投げる。
そして帝王拳(カイザーナックル)を装着した拳を、思い切りぶち込んだ。
間髪入れずに、連打を繰り出す。それなりに高級で頑丈なヘッドホンなのだろう。しばらくは形を保っていたが、次第に崩壊し始めた。
ボロ、ボロ……ポロ…………
ヘッドホンだった物が、
プラスチックや鉄線、様々なパーツへと壊され、崩れていく。
ハチロー様の残留思念も、何も言わず、空中椅子DJの姿のまま、ただ静かに薄れていった。
……。
全ては、小さな欠片も残さずに粉砕された。
粉砕、完了。
お疲れ、夜美子
しかしまた綺麗にぶっ壊したな
物の中に姿を残すほどの想いは、重く辛い物ばかり
それを物ごと粉砕し、祓い清めるのがワタクシのつとめですから
勤めって(笑)
オマエは、幽霊を否定したいだけだろ
だから目についたモンぶっ壊してんだ
……。
否定はしませんわ
チカ様は、ぼんやりと天井を仰いでいた。
その表情には、悲しみも、喜びもない。
……ハチロー……
これで、良かったんだよね
おい、オマエ。チカだっけか
え? うん、チカでいいよ
ヤミコにも、呼び捨てでいいって言ってくれない?
アンタ、ヤミコの友達でしょ?
……?!
チカ様……チカの言葉に、ワタクシは愕然とした。
思い人であるハチロー様の、強い想いの残された物を、目の前で粉砕されて、どうしてこんなに優しい言葉を言えるのだろう。
あと、むしゅふしゅを、ワタクシの腹話術の人形と思わずに、普通に話しかけてきたことにも驚いた。
チカは、結構天然な性格なのだろうか。
お。おい、オマエ……
夜美子は、ハチローのヘッドホンを壊しちまったんだぞ?!
ちょっとは怒らないのか!!!
そうですわ!!
だって、ハチロー様は亡くなられて…これは形見で……
へ? ハチロー生きてるよ???
ワタクシの上だけでなく、教室中に、疑問符が浮かび上がるのが、目に見えるようだった。
ここまでのチカの言い方だと、ハチロー様は何かが原因で死亡、チカは事故現場や告別式などで、壊れたヘッドホンを、勝手に形見分けして貰った……というストーリーしか、思い浮かばなかったのだ。
それは多分、ワタクシだけでなく、見守っていたクラスメイト全員がそうだろう。
しかも彼らには、残留思念が見えていない。ゴスロリ少女が、突然奇声を上げ、通りすがりのギャルに襲いかかり、帝王拳(カイザーナックル)でハチローの遺品(推定)をぶち壊した。そんな状況しか分からないのだ。
客観的にカオスだろう。
いやいや、ホントだって。
ハチローは普通に生きてるよ
ちょっと腰を痛めただけで
空中椅子DJで?
空中椅子DJで
チカは肩をすくめ、ため息をついた。
アクロバットDJとして、もう少しアピールポイントを増やして、有名になりたかったみたいなんだけど
ぶっちゃけ、ハチローって68歳でさ
空中椅子DJ中に、腰痛めちゃったんだよね
なるほど、それでハチロー……
年齢を逆に読んだのか
流石に、寄る年波には勝てないな…って
ハチローは、DJをやめることにしたんだ
そうなんですの…
お見舞いに行ったらさ、腰痛めた時に壊れちゃったヘッドホンを出して、
『年金暮らしで良ければ、恋人になろう。
結婚してくれないか』
って言われたんだけど
DJやってないハチローなんて、
アタシのお祖父ちゃんと
同い年のお爺さんじゃん!!!
ま
まあ……そうですわね
だから……
アタシは、格好良かったハチローだけでいいって言って、ヘッドホンを貰って……
ううん、奪って逃げちゃったの
ひどいことしたなって思うよ?
だって、ハチローは私のこと好きになってくれたのに、私は、DJをやめたハチローのこと、好きじゃないんだから
ヘッドホン見る度に、胸が痛んだ
アタシの好きって、こんなに軽いの?
ハチローの一面だけしか愛せないのって、サイテーじゃん!! って
でも…好きじゃないのに好きだって言って、お爺ちゃんのハチローと結婚して……ハチローの人生背負っていくのも……
多分、ひどいんだよね
ある人が、一番美しく眩く輝いている瞬間だけを愛することは、酷くワガママで幼い恋だろう。相手の心を思いやらない、独りよがりの愛。自分が好きでいたいものを好きでいるだけの、自己完結する恋愛構造。
でも、ワタクシは、それを責める気にはならなかった。
ワタクシも、似た形をした愛を、あの方に抱いているから……。
チカ……
あーあ!
なんか、ヘッドホンがなくなったら、スッキリした!!
残留思念? が、何かわかんないけど
アタシはなんも見えてないしさ
多分、ハチローもDJに未練があったんだろうな。腰を痛めても、ヘッドホンが壊れても、きっと本当はやり続けたかったんだ
でもそれもしょうがないなって。
だって、アクロバットDJハチローは、本当に格好良かったんだから!
アタシもずっと、DJハチローを大好きなんだろうな!
チカの明るい笑顔に、ワタクシは救われた気分になった。
真っ直ぐ、太陽のごとき彼を愛する彼女は、本当に優しい。ワタクシの行いすら、怒らずに受け入れてくれる。
……。
ありがとう、チカ
んーん!
こっちこそアリガト!!
よかったな、夜美子
弁償はなさそうだぞ
小声で話しかけてくるむしゅふしゅを無視して、ワタクシは帝王拳(カイザーナックル)をはずし、ポケットにしまう。
空っぽになった掌を、チカに伸ばした。
改めて……
ワタクシは、宇宙乃夜美子。
宇宙の夜の美しさを知る子ども、と書きますわ
オレはむしゅふしゅ!
むしゅふしゅって言うんだ!
アタシはチカ!
ヤミコと一緒によろしくね!!
チカは左手でむしゅふしゅの手を、右手でワタクシの手を握り、明るくウィンクした。
握手した手を振ってから放す。
友達にもなったことだし、カラオケ行かない?
友達っ……カラオケ……!!
マジか……夜美子がカラオケに……?!
天変地異だ、とワタクシは思った。
これまでワタクシは、学校内に友達がいなかった。この姿、この奇行、そして突然の器物破損行為が並んでいるのだから、しょうがない。だからいつも、放課後は、一人淋しくむしゅふしゅと会話しながら帰っていた。
一応、同じバンドを追いかけるバンギャル仲間はいるけれど、彼らがこうやって、放課後の教室で、カラオケに誘ってくれることはないだろう。学校は部外者立ち入り禁止なのだ。
だが、今、目の前に天使が現れた。
彼女が、ヨハネの黙示録にある、終末を告げるラッパを吹き鳴らす天使だとしても構わない。
放課後に、友達と、カラオケに行く。
そんな普通の幸せを、ワタクシに与えてくれるのだから。
放課後に……
友達と……
カラオケ……
イヤ?
イヤなんかじゃない!
です……わ……
じゃあ決定!
実はこのクラスの友達を、カラオケに誘いに来たところだったんだよね~!
おーいとクラスメイト達に声をかけるチカに、私は慌てる。そんなに大人数で行くと思っていなかったのだ。
集まってくる人達を避けるように、チカの背後に回る。
あっ、あのっ!!
ワタクシ……その……
がんばって言うんだ!
場を凍らせてからじゃ遅いぞ!
V系バンドしか……聞かなくて……カラオケで歌えるのもそういうのばっかりで
デスボイスで絶叫してしまうのですけれど……大丈夫ですか?
全然オッケー!
軽いな!!
アタシもアニソン入れるから全然問題ないよ
楽しければそれでいいじゃん!
チカちゃん~早くいこ~
オッケー!
ほら、ヤミコも行くよ!
は……はい!!
チカに手を引かれ、彼女の友達と共に、ワタクシはカラオケへと向った。
チカの友達は皆おおらかで、ワタクシがむしゅふしゅと喋ろうと、デスボイスで絶唱しようと、笑って受け入れてくれた。ワタクシのドレスの繊細さに驚嘆する子もいた。チカも含めてほとんどがギャルなだけに、一般人に爪弾きにされる者として、お互いを認め合うことが出来たのだ。
自分の特異性を盾に、人から距離を取っていたのは、ワタクシ自身だった。きっと、ワタクシが心を開けば、周りの人も受け入れてくれるのだろう。
ま、そんな感動オチだけで、この世が回ってるわけがないけどな。