教室の空気か緊迫する。
ハチロー様のヘッドホンを手にしたワタクシを、チカ様と、クラスメイト達が固唾を呑んで見つめていた。
残留思念であるハチロー様は、空中椅子DJの姿のまま、虚空をじっと見つめている。
まるでそこに、失われた栄光があると言わんばかりに。

夜美子

…。

夜美子

形あるものは必ず壊れる

夜美子

残された想いもまた同じ

ワタクシは、グッと帝王拳(カイザーナックル)を握りしめる。

夜美子

いざ。壊し、祓わせていただきます

夜美子

砕滅帝王拳!!!!!!!

ワタクシは大きく振りかぶり、ヘッドホンを天井へと投げる。
そして帝王拳(カイザーナックル)を装着した拳を、思い切りぶち込んだ。

間髪入れずに、連打を繰り出す。それなりに高級で頑丈なヘッドホンなのだろう。しばらくは形を保っていたが、次第に崩壊し始めた。

ボロ、ボロ……ポロ…………

ヘッドホンだった物が、
プラスチックや鉄線、様々なパーツへと壊され、崩れていく。

ハチロー様の残留思念も、何も言わず、空中椅子DJの姿のまま、ただ静かに薄れていった。

……。

全ては、小さな欠片も残さずに粉砕された。









夜美子

粉砕、完了。

むしゅふしゅ

お疲れ、夜美子

むしゅふしゅ

しかしまた綺麗にぶっ壊したな

夜美子

物の中に姿を残すほどの想いは、重く辛い物ばかり

夜美子

それを物ごと粉砕し、祓い清めるのがワタクシのつとめですから

むしゅふしゅ

勤めって(笑)

むしゅふしゅ

オマエは、幽霊を否定したいだけだろ
だから目についたモンぶっ壊してんだ

夜美子

……。
否定はしませんわ

チカ様は、ぼんやりと天井を仰いでいた。
その表情には、悲しみも、喜びもない。

チカ

……ハチロー……
これで、良かったんだよね

むしゅふしゅ

おい、オマエ。チカだっけか

チカ

え? うん、チカでいいよ

チカ

ヤミコにも、呼び捨てでいいって言ってくれない?
アンタ、ヤミコの友達でしょ?

夜美子

……?!

チカ様……チカの言葉に、ワタクシは愕然とした。
思い人であるハチロー様の、強い想いの残された物を、目の前で粉砕されて、どうしてこんなに優しい言葉を言えるのだろう。
あと、むしゅふしゅを、ワタクシの腹話術の人形と思わずに、普通に話しかけてきたことにも驚いた。
チカは、結構天然な性格なのだろうか。

むしゅふしゅ

お。おい、オマエ……

むしゅふしゅ

夜美子は、ハチローのヘッドホンを壊しちまったんだぞ?!

むしゅふしゅ

ちょっとは怒らないのか!!!

夜美子

そうですわ!!

夜美子

だって、ハチロー様は亡くなられて…これは形見で……

チカ

へ? ハチロー生きてるよ???

ワタクシの上だけでなく、教室中に、疑問符が浮かび上がるのが、目に見えるようだった。

ここまでのチカの言い方だと、ハチロー様は何かが原因で死亡、チカは事故現場や告別式などで、壊れたヘッドホンを、勝手に形見分けして貰った……というストーリーしか、思い浮かばなかったのだ。

それは多分、ワタクシだけでなく、見守っていたクラスメイト全員がそうだろう。
しかも彼らには、残留思念が見えていない。ゴスロリ少女が、突然奇声を上げ、通りすがりのギャルに襲いかかり、帝王拳(カイザーナックル)でハチローの遺品(推定)をぶち壊した。そんな状況しか分からないのだ。

客観的にカオスだろう。

チカ

いやいや、ホントだって。
ハチローは普通に生きてるよ
ちょっと腰を痛めただけで

むしゅふしゅ

空中椅子DJで?

チカ

空中椅子DJで

チカは肩をすくめ、ため息をついた。

チカ

アクロバットDJとして、もう少しアピールポイントを増やして、有名になりたかったみたいなんだけど

チカ

ぶっちゃけ、ハチローって68歳でさ
空中椅子DJ中に、腰痛めちゃったんだよね

むしゅふしゅ

なるほど、それでハチロー……
年齢を逆に読んだのか

チカ

流石に、寄る年波には勝てないな…って

チカ

ハチローは、DJをやめることにしたんだ

夜美子

そうなんですの…

チカ

お見舞いに行ったらさ、腰痛めた時に壊れちゃったヘッドホンを出して、
『年金暮らしで良ければ、恋人になろう。
 結婚してくれないか』
って言われたんだけど

チカ

DJやってないハチローなんて、
アタシのお祖父ちゃんと
同い年のお爺さんじゃん!!!

むしゅふしゅ

夜美子

まあ……そうですわね

チカ

だから……
アタシは、格好良かったハチローだけでいいって言って、ヘッドホンを貰って……
ううん、奪って逃げちゃったの

チカ

ひどいことしたなって思うよ?
だって、ハチローは私のこと好きになってくれたのに、私は、DJをやめたハチローのこと、好きじゃないんだから

チカ

ヘッドホン見る度に、胸が痛んだ

チカ

アタシの好きって、こんなに軽いの?
ハチローの一面だけしか愛せないのって、サイテーじゃん!! って

チカ

でも…好きじゃないのに好きだって言って、お爺ちゃんのハチローと結婚して……ハチローの人生背負っていくのも……
多分、ひどいんだよね

ある人が、一番美しく眩く輝いている瞬間だけを愛することは、酷くワガママで幼い恋だろう。相手の心を思いやらない、独りよがりの愛。自分が好きでいたいものを好きでいるだけの、自己完結する恋愛構造。

でも、ワタクシは、それを責める気にはならなかった。
ワタクシも、似た形をした愛を、あの方に抱いているから……。

夜美子

チカ……

チカ

あーあ!

チカ

なんか、ヘッドホンがなくなったら、スッキリした!!

チカ

残留思念? が、何かわかんないけど
アタシはなんも見えてないしさ
多分、ハチローもDJに未練があったんだろうな。腰を痛めても、ヘッドホンが壊れても、きっと本当はやり続けたかったんだ

チカ

でもそれもしょうがないなって。
だって、アクロバットDJハチローは、本当に格好良かったんだから!

チカ

アタシもずっと、DJハチローを大好きなんだろうな!

チカの明るい笑顔に、ワタクシは救われた気分になった。
真っ直ぐ、太陽のごとき彼を愛する彼女は、本当に優しい。ワタクシの行いすら、怒らずに受け入れてくれる。

夜美子

……。
ありがとう、チカ

チカ

んーん!
こっちこそアリガト!!

むしゅふしゅ

よかったな、夜美子
弁償はなさそうだぞ

小声で話しかけてくるむしゅふしゅを無視して、ワタクシは帝王拳(カイザーナックル)をはずし、ポケットにしまう。
空っぽになった掌を、チカに伸ばした。

夜美子

改めて……
ワタクシは、宇宙乃夜美子。
宇宙の夜の美しさを知る子ども、と書きますわ

むしゅふしゅ

オレはむしゅふしゅ!

チカ

むしゅふしゅって言うんだ!

チカ

アタシはチカ!
ヤミコと一緒によろしくね!!

チカは左手でむしゅふしゅの手を、右手でワタクシの手を握り、明るくウィンクした。
握手した手を振ってから放す。

チカ

友達にもなったことだし、カラオケ行かない?

夜美子

友達っ……カラオケ……!!

むしゅふしゅ

マジか……夜美子がカラオケに……?!

天変地異だ、とワタクシは思った。
これまでワタクシは、学校内に友達がいなかった。この姿、この奇行、そして突然の器物破損行為が並んでいるのだから、しょうがない。だからいつも、放課後は、一人淋しくむしゅふしゅと会話しながら帰っていた。
一応、同じバンドを追いかけるバンギャル仲間はいるけれど、彼らがこうやって、放課後の教室で、カラオケに誘ってくれることはないだろう。学校は部外者立ち入り禁止なのだ。

だが、今、目の前に天使が現れた。
彼女が、ヨハネの黙示録にある、終末を告げるラッパを吹き鳴らす天使だとしても構わない。

放課後に、友達と、カラオケに行く。
そんな普通の幸せを、ワタクシに与えてくれるのだから。

夜美子

放課後に……
友達と……
カラオケ……

チカ

イヤ?

夜美子

イヤなんかじゃない!

夜美子

です……わ……

チカ

じゃあ決定!
実はこのクラスの友達を、カラオケに誘いに来たところだったんだよね~!

おーいとクラスメイト達に声をかけるチカに、私は慌てる。そんなに大人数で行くと思っていなかったのだ。
集まってくる人達を避けるように、チカの背後に回る。

夜美子

あっ、あのっ!!

夜美子

ワタクシ……その……

むしゅふしゅ

がんばって言うんだ!
場を凍らせてからじゃ遅いぞ!

夜美子

V系バンドしか……聞かなくて……カラオケで歌えるのもそういうのばっかりで

夜美子

デスボイスで絶叫してしまうのですけれど……大丈夫ですか?

チカ

全然オッケー!

むしゅふしゅ

軽いな!!

チカ

アタシもアニソン入れるから全然問題ないよ
楽しければそれでいいじゃん!

チカちゃん~早くいこ~

チカ

オッケー!
ほら、ヤミコも行くよ!

夜美子

は……はい!!

チカに手を引かれ、彼女の友達と共に、ワタクシはカラオケへと向った。
チカの友達は皆おおらかで、ワタクシがむしゅふしゅと喋ろうと、デスボイスで絶唱しようと、笑って受け入れてくれた。ワタクシのドレスの繊細さに驚嘆する子もいた。チカも含めてほとんどがギャルなだけに、一般人に爪弾きにされる者として、お互いを認め合うことが出来たのだ。

自分の特異性を盾に、人から距離を取っていたのは、ワタクシ自身だった。きっと、ワタクシが心を開けば、周りの人も受け入れてくれるのだろう。

むしゅふしゅ

ま、そんな感動オチだけで、この世が回ってるわけがないけどな。

夜美子は友人を獲得する

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