ワタクシは、帝王拳(カイザーナックル)を握りしめ、ジッと目の前にいる残留思念を睨み付けた。

夜美子

見たところ、男……成人男性ですわね

夜美子

何も喋らない…
訴えたいことは、特にないのでしょうか

夜美子

ただ、何かに思念が残されているだけのようですわね…

むしゅふしゅ

このよくわかんねぇポーズは何なんだ?

むしゅふしゅ

腰に悪そうだな…

夜美子

でも、現れたのは今この瞬間

夜美子

それを手がかりにすれば……!

ワタクシは、バッと勢いよく手を上げた

夜美子

ちゅうもーく!!

バッと、クラスメイトの視線がこちらに集まる。
ずっとブツブツ呟いていたワタクシが、急に大声を出したからビックリしたのだろう。

教室の入り口から入ってきたばかりの、別のクラスの女子も、硬直してワタクシを見つめていた。

ワタクシはその女子を、帝王拳をはめた手で示す。

夜美子

そこの女生徒さん!! はじめまして!

チカ

へ? ハ?

夜美子

ワタクシ、宇宙乃夜美子と申します!
アナタのお名前は?

チカ

???
三木谷チカだよ??

夜美子

チカ様!
突然で申し訳ありませんが、
中腰で両手を前に伸ばしている男性に
記憶はございませんか?

チカ

ちゅうご? え? え?

チカ

ハチローのこと?

むしゅふしゅ

知ってるんかい

チカ

アクロバティックDJ・ハチローを知らないなんて、煌のギャルじゃいないよ

チカ

ミックスはクールな正統派! 鍛え上げた身体で見せる、片手逆立ちスクラッチで、ど派手にクラブを盛り上げる!

チカ

最近では、あえて低いところにターンテーブルを置いて、中腰でDJする、空中椅子DJにもトライしてた

チカ

マジ、かっけーDJなんだからっ!!

むしゅふしゅ

へえ…(心底どうでもいい…)

夜美子

なるほど……ハチロー様ですね……

夜美子

……何も反応しない…。

チカ

……。

チカ

でも……今……ハチローは……

夜美子

ハチロー様は?

チカ

……。
ていうか

チカ

なんでアンタがハチローの事知ってんの??
煌市のクラブになんか来たことないでしょ。
見たことないモン

夜美子

ワタクシも一応バンギャルですので、クラブ文化にも若干触れたことはありますが

夜美子

ハチロー様は存じ上げませんわ

チカ

なら、なんでっ……

夜美子

ワタクシはただ、そこにあるハチロー様の残留思念を見ているだけ…

夜美子

ハチロー様ご自身には、会ったこともございません

チカ

…は?

チカ

意味わかんないんだけど

夜美子

分かるように説明するつもりはありませんわ

夜美子

時間の無駄ですし

チカ

あ??

夜美子

チカ様、ハチロー様に関係する物をお持ちですね?

夜美子

それを、出していただきましょう

チカ

は??
んなもん持ってねーし!

チカ

なんでいきなりドロボー扱いすんだよ!

むしゅふしゅ

なんで「持ってますね?」って質問が、
ドロボー扱いになるんだよ

むしゅふしゅ

馴染みの客で、なんかプレゼント貰ったことあるとか、そういうのだってあるだろ!

むしゅふしゅ

もしかしてアレか?
自爆ってやつか?

むしゅふしゅ

マジで盗んだものだったりして~!

チカ

えっ、あ……!

チカ

こ、これは……盗んだんじゃなくて!
貰ったんだよ!

チカ様は、目を泳がせながら、鞄の肩紐に掛けられたヘッドホンに触れた。大切に守るように、掌の中におさめる。

ワタクシとむしゅふしゅは、ゆっくりとチカ様に近づいた。周りのクラスメイト達は、微かに言葉を交しながら、私たちを見つめている。

皆、結末を待っているのだ。そうワタクシは思った。
突如、帝王拳を握りしめたゴスロリ少女が、ギャルにどんな行動を取るのか、皆気になっている。だから帰らず、息を潜め、状況を見守り続けている。

でも、何となく、皆、結末なんて理解しているのだろう。

得物を握りしめた人間がすることなんて、たった一つなのだから。

チカ様は、うっすらと涙のにじんだ目でワタクシを見た。

チカ

だって……DJしてるハチローはすごく格好良かったんだ
クラブの誰よりも輝いてた

チカ

ハチローのDJって、本当にすごいんだよ
すげーイケメンが更にかっこよくノってさ
クールなお姉さんもボトルを持って揺れてた
それ全部、ハチローがやったんだって思うと、もう、本当に胸がいっぱいで……

チカ

だからアタシ、何回も告白したんだ
DJハチローが大好きだって
本当に、何回も

チカ

でもダメだって

チカ

コネもなにもない、煌の一人のDJじゃ
女の一人も幸せに出来ないんだ、って…!

むしゅふしゅ

まあ……DJって収入源謎だよな
ていうか、ガチの有名人以外、
あんまり稼げなそうな職種……

チカ

それでも良かったんだよ!

チカ

アタシは、ハチローが格好良ければ、
それで……!!

夜美子

チカ様

ワタクシは手を伸ばし、鞄の紐に掛かっていたヘッドホンを取る。チカ様は、少しだけ抵抗したけれど、すぐにヘッドホンに触れていた手を退かした。
だらりと垂れ下がったコードは、何処にも繋がっていない。

チカ

断線してるよ。もう、音は聞こえない

むしゅふしゅ

だから盗んでいいってのか?

チカ

盗んでない! 貰ったんだ!

チカ

格好良かった頃の、ハチローを思い出せるように……

夜美子

……

ハチロー様の残留思念は、やはり何も語ろうとしなかった。空中椅子DJという、華々しい姿のまま、ずっと動かないでいる。
ワタクシは、酷く悲しい気持ちになった。
この場所には、ターンテーブルも、スピーカーも、音楽の中、鮮やかに泳ぐ群集もいない。ハチロー様の姿は、DJのままだけれども、彼を輝かせた全ての物は、失われてしまっていた。




夜美子は幽霊を粉砕する

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