テオ

サキ、そろそろ出てきてくれないか?

ナミナ

うんうん、せっかく来たんだから顔見せてよ

レン

サキさん、テオさん別に気にしてないみたいですよ

耳から入るみんなの声は、いつもと少し違う。


けれどそれを新鮮に感じる余裕は、今の私には無かった。

サキ

あろう事か、初対面で嘔吐とか……

サキ

その上、私ジイジの股間に……

ジイジ

わし、きにしてないよ

ナミナ

ほら、珍しくジイジも喋ってるくらいだし!

そう言われても、顔を出すにはまだ勇気がいる。


そんなとき、布団越しに私の背中を誰かが優しく叩いた。

テオ

サキ

いつもよりも、ずっと柔らかいテオの声が、誘うように私の名を呼ぶ。


優しい声音を聞いていると、そのまま毛布を被り続けるのも少し大人げない気がして、私は勇気を出して外を覗く。

テオ

具合、大丈夫か?

頷くと同時に、私はテオの纏った服に目をとめる。

サキ

それ……

テオ

ああ、汚れたから着替えたんだ

テオ

前に、サキに送って貰った奴だよ


微笑むテオが身に纏うのは、以前私が送った浴衣だ。

私の故郷の服だと話すと、彼が着てみたいと言い出し、慌てて探したのは記憶に新しい。

サキ

全身見るの、初めてかも

ナミナ

携帯で会話してるときっと、胸から上だけだもんね

レン

確かに印象違いますね

サキ

レンは、思ってたよりおっきいかも

ナミナ

じゃあ、私は?

サキ

……思ってたより大きいかも

と、思わず目がいってしまったのはナミナの胸だ。

ナミナ

サキのも、魔法で大きくしてあげようか?

サキ

……えっ、出来るの?

テオ

食いつくなよ。サキは今のままで十分だ

レン

そ、そういう話は別の場所で……

ナミナ

あらやだ、レンくんてれてるの?
か~わ~い~い~

レン

からかわないでください!

大きな胸の間にレンの顔を挟んで、ナミナは賑やかに笑う。


その様子は少し不憫だったけど、いつもと同じこの賑やかさに、ちょっとほっとする。


実際に会ってみたら印象がかわるのかな……なんて一人で考えて、不安に思ったこともあったけど。
どうやらみんなはアプリで会話している時とあまりかわらないようだ。

ルース

ああああ、うるせぇ!!!
お前ら、今何時だと思ってるんだ!

サキ

そして、ルースもやっぱりかわらないみたい

彼らしい不機嫌な表情を貼り付けて、ルースが部屋の扉を開け放つ。

サキ

あ、思ってたより背、高いんだ

ルース

!?

そんな感想をこぼした瞬間、ルースが不自然な体勢で動きを止めた。

ナミナ

あんたさー、好きな女の子が目の前にいるのにその顔は無いんじゃない?

ルース

す、好きじゃねぇ!!

生で聞くルースの声は、いつもよりもっと大きくて、迫力がある。

テオ

照れる気持ちはわかるが、病人に怒鳴るなよ

ルース

びょうにん……?

怪訝そうな顔でこちらを窺うルースに事のあらましを説明しようとしたが、熱でボンヤリしているせいか、上手い言葉が出てこない。


そうしていると、ここは任せろというように、テオが私の手に頭を置いた。


そこでなぜか不機嫌になったルースに、テオが今までの出来事を手短に説明してくれる。


ジイジの股間の下りや、テオの胸に吐いた下りをさりげなく省いてくれたのは、たぶん彼の気遣いだろう。


いずれバレてしまう気はするが、今ここで知られて馬鹿にされるのは、体調不良の身にはこたえる。

ルース

何となくわかったけど……

テオ

釈然としないって顔だな

ルース

だって急すぎるだろ

サキ

私も、まさか来れるなんて思ってなかったよ

レン

でも、何が原因なんですかね?

ナミナ

気が付いたら、こっちのトイレにいたんでしょ?

サキ

うん……

ルース

思い当たる、きっかけはねぇのか?

ルースの言葉に、私はここに来たときの事を思い出そうとする。

しかしやはり、熱の所為か頭も記憶もなかなかすっきりしない。

ジイジ

これ

そんなとき、突然私の前にジイジがずいと携帯を差し出す。

少々渋いデザインのそれは、どうやらジイジが使っている物のようだ。

サキ

あっ、これ……

ジイジ

さっき届いて、可愛いから待ち受けにした

そう言うジイジが持っているのは、私が写る写真だ。
待ち受けにするには少々ぼけているが、トイレにもたれる私の姿がそこには映っている。

サキ

そう言えば、トイレで一度携帯を落としたんだよね

サキ

そのとき、誤って写真が撮れたのかも

ルース

じゃあ食事の時みたいに、写真をアプリで送れば移動できるってことか?

テオ

いや、でも前は無理だったよな

サキ

一度試して見たことがあるけど、
あのときは何も起きなかったよね

レン

前の時と、何か違うのでしょうか?

ナミナ

写り方とか?

レン

もしかして、全身が上手く入ってるのが良かったのかな?

サキ

たしかに、頭からつま先まで入ってるね


思い起こすと、こちらに送れなかった写真は皆カメラに入りきれなかった物ばかりだった気がする。

サキ

こんな単純なことに気づかなかったなんて

ルース

まあ何でも良いじゃねぇか、来れたんだし

サキ

でも、来て良かったのかな

ルース

来たくなかったってのか?

サキ

そうじゃなくて、明らかに風邪とか引いてる感じだし。うつしちゃったら困るかなって

テオ

むしろ今でよかったよ。サキの看病できるし

穏やかに言って、テオが私の額に手を置く。

テオ

寝た方が良いな。少し熱い

サキ

なんだか、寝るのもったいない気がする

テオ

少なくとも、俺たちはどこにも行かないから安心しろ

ナミナ

そうね、ここから出ようもないし

ジイジ

いっしょ寝る

ナミナ

あらやだ、大胆

レン

じゃあ僕もここで寝る

テオ

別にいいけど、ここ一応俺の部屋なんだけど

ナミナ

じゃあ、テオもここで寝たら?

テオ

それはさすがに……

苦笑する彼の袂を、思わずつかんでしまったのはそのときだ。


立ち上がろうとする彼を見ていると、考える間もなく腕が伸びた、

サキ

あ、ごめん……

自分のしたことに自分で動揺して、私は慌てて引く。


そんな私に、テオは優しく笑った。

テオ

いて良いなら、いるよ

サキ

……その、せっかくだし

ルース

じゃあ俺もいる

レン

ルースさんはお願いされてませんよ

ルース

俺だけ一人で寝ろっていうのか?

ジイジ

寂しがりやさん

ルース

そんなんじゃねぇよ!

テオ

寝ても良いから静かにしろよ

テオ

あとほら、毛布運ぶから手伝え

苦笑しながら、テオがルースを引き連れ部屋を出て行く。

それを見送りながら、私はそっと毛布に顔を埋める。

サキ

テオの部屋って事は、これテオの布団なのかな……

自分の物とは違う、けれど優しい香りに包まれながら、私はゆっくりと目を閉じる。

疲れた体は早速眠る体制に入っていたけど、かなうならばもう少し、みんなの声を聞いていたいと私は思った。

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