こんなに体調を崩したのは、3年ぶりくらいかもしれない。


シンクからトイレに移動した私は、便器に頭を突っ込みながら情けなさにうめいた。


胃の中の物をあらかた吐き出すと少しスッキリしたが、熱があるのか頭も視界もまだボンヤリしている。


そんなときふと、私は先ほどまで聞こえていたテオ達の声が消えている事に気がついた。


アプリを落とした記憶は無いので、たぶん携帯自体をどこかに落としたのだろうと考えていると、最後に見たテオの焦った表情が頭をよぎる。


たぶん、彼は私の異変に気づいていたのだろう。


だとすれば、急に喋らなくなった私を心配しているに違いない。

サキ

せめて、大丈夫だって打っておかないと

まだ重い頭を持ち上げて、周囲を探ると足下に携帯電話が落ちていた。

近場にあって良かったと思いながら腕を伸ばし、携帯を拾う。


何とか手は届いた物の、思うように力が入らない指のせで私は今一度、携帯を取り落としてしまう。


カシャッと、聞き覚えのある音が響いたのはそのときだ。


響いたそれは、カメラのシャッター音。


どうやらここに来る途中、誤ってカメラモードを起動してまっていたらしい。


変な写真を撮ってしまった、と見当違いのことを考えながら、私はもう一度携帯電話に手を伸ばす。

だがその直後、再び視界が歪み、吐き気が戻ってくる。

サキ

(まずい……)


慌てて、私は便器に向き直り、便座に手をおいた。


しかし……。

サキ

(あ、れ……)

便器に顔を突っ込みかけた瞬間、額と手に妙に暖かい物が触れた。


会社の便座ならともかく、ウォシュレットなんて高機能な物のないうちのトイレは一年を通して常に冷たい。


故に温もりを訝しく思って、私は顔を上げると。

ジイジ

イヤン

吐き気の代わりに、声にならない悲鳴が口からこぼれる。


何せ、今まさに顔を突っ込もうとした便座に、あろうことかジイジが座っていたのだ。

ジイジ

まだ、してないからばっちくないよ

なぜそんな説明をするのかと考えてから、先ほど額にあたった温もりを思い出し、今度こそ悲鳴が漏れる。

そのまま後ずさるようにしてトイレのドアを開けた瞬間、私額に別の温もりが触れた。

テオ

……サキ?

聞き覚えのある声に、顔を上げる。


するとそこには、いつも頭の中にあったテオの顔がある。


驚きで息を呑むと同時に、頭をよぎったのは今の格好だ。

サキ

なんで、よりにもよって今!

だらしない部屋着を着ている上に、吐瀉した直後なのにと考えた直後、私は再び吐き気に見舞われる。


思わず背後を振り返ると、そこには股間丸出しでトイレに座るジイジの姿がある。


さすがにあの股の間に吐くのは無理だと躊躇っているのがいけなかった。


再び視界は歪み、私は倒れ込むようにしてテオの胸の顔を預ける。


そしてその直後、意識を失うと同時に、私は気持ち悪さに負けた。

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