テオ

ごめん、お待たせ

テオから改めて連絡がきたのは、個人トークでの会話がとぎれてから10分ほどあとのことだった。

サキ

大丈夫?

尋ねると、テオは少し疲れた顔で頷く。

テオ

うん、凄いくだらない事だった……

テオ

たぶん、そろそろ……

直後、突然会話にナミナの顔が割り込んでくる。

ナミナ

うへへへへ、あれ、邪魔した?私邪魔した?

サキ

(このからみ方は……)

テオ

うっ、酒臭い……

サキ

ナミナ、顔真っ赤だよ

ナミナ

飲み過ぎちゃった☆

テオ

さっきも酔った勢いでルースの風呂に忍び込んだみたいでさ

サキ

それで大騒ぎに??

ナミナ

坊や過ぎるのよねえ。ちょっとあそこ触ったくらいで真っ赤になっちゃって

ちっとも反省していないナミナに苦笑して、私はルースを哀れに思う。


ナミナは酔うとからみ癖がひどい。
そして見た目同様彼の心は乙女なので、彼は若い男の勇者に目が無いのだ。


ナミナに気に入られ、彼の過度なスキンシップに悩まされた勇者は1人では無い。

ナミナ

やっぱり、テオの方がいいわぁ。大人だし、紳士的だし

テオ

はいはい

ナミナ

そういうツレないところも、
たまらないのよねぇ

ナミナ

ねえねえサキィ~、テオ襲ってもいい?

サキ

なんで私に聞くのよ

ナミナ

だって、テオはサキの気に入りだから

サキ

お気に入りって……

ナミナ

もしくは『特別?』

思わず指が止まり、私は頭に浮かぶテオの顔を窺う。


こちらが文字を打たなければ、私の言葉も、表情も、感情も、伝わらない。


それはわかっていたのに、ついついこちらの気持ちがこぼれていないかと心配してしまう。

サキ

特別なのは否定しないよ。
テオとは、アプリを使い始めた頃からの仲だから

ナミナ

素っ気ない反応ねぇ

ナミナ

もうちょっとこう……、
熱く燃え上がる何かは無いの?

サキ

そもそも、燃えるには物理的距離がありすぎると思うけど

文字を打って、そして自分の言葉に寂しくなる。
例え姿と声が側にあっても、私達は触れる事さえ出来ない。


忘れがちだけど、私とテオ達の間には超える事の出来ない隔たりがあるのだ。

ナミナ

サキは、いまどこに住んでるんだっけ?

テオ

たしか、運良く元の世界に帰れた……って言ってたよな

サキ

あ、うん

こちらの動揺を悟られないように、努めて冷静に文字を打つ。

テオ

じゃあ、目覚めてもすぐには会えない訳か

サキ

すぐどころか、合うのは難しいかも……

ナミナ

やだ、なんかロマンチック

テオ

おい、何でそうなるんだよ

ナミナ

世界に隔てられた恋人同士って、なんか燃えない?

サキ

そもそも恋人じゃないし……

ナミナ

いや、絶対燃え上がるわよぉ

ナミナ

好きな相手のために世界を超えて会いに行く! とか超熱い展開じゃない!

独りで鼻息を荒くして、ナミナは目を輝かせている。


どうやら、今の会話がナミナの夢見る乙女心を刺激してしまったらしい。

ナミナ

ちょっと、何しらけた顔してるよ

テオ

別にしらけた顔は……

ナミナ

もしかして、サキも冷めた目で見てる?

サキ

えっ、そんなことは……

ナミナ

当事者達が冷めすぎ!
あんた達、もっとロマンスに生きないさい!ロマンスに!

テオ

ロマンスって……

ナミナ

胸に熱い物を感じるの!
そしてそこに身を投げるの!

ナミナ

本能と心の赴くまま、恋によって愛に溺れるのが人生ってものでしょ!

熱く語るナミナには苦笑を返すことしか出来なかったけど、本当はちょっとだけうらやましかった。


恋と愛なんて言葉をためらいなく口にする彼なら、本当に好きな人が出来たとき、真っ直ぐ自分の気持ちを告げに行くのだろう。


例えそこにどんな障害があっても、ナミナなら無理矢理の乗り越えていってしまう気がする。

サキ

そういう所があるから、ナミナは勇者になれたのかもな

動じることも臆することもない彼女だからこそ、きっと何かしらの功績を得たのかも知れないとふと思う。

ナミナ

ちょっとぉ、聞いてるぅ?

サキ

あっ、ごめん

ナミナ

私今、凄くイイ事言ったのよ!
ちゃんと聞いて!!!!

サキ

ただ、このからみは勇者らしいとは言えないけど

ナミナ

それで? 胸に何か熱い物は芽生えた?

サキ

そんなすぐには……

テオ

燃えようと思って、いきなり燃えるもんでも無いだろう

ナミナ

燃えるわよ! ほら、お互いの顔を見て!

テオ

……

サキ

……

勢いに負け、頭の中に浮かぶテオの顔に目を向ける。

サキ

あれ……

サキ

なんか、確かに熱いかも

テオ

えっ!?

ナミナ

燃えてきた? 燃えてきたのね!!

サキ

あれ、いやちがう……

サキ

熱い

ナミナ

うんそれよ!それが恋の炎!

テオ

おい、サキっ!

いつになく真剣なテオの顔が浮かんだ直後、彼らの向こうに見えていた景色が歪む。

サキ

あと、何かちょっと気持ち悪い……

吐きそうだと打つ間もなく、私はシンクに顔を突っ込んでいた。

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