最初はとまどうばかりだったけど、今はもう勇者に振り回される毎日にもずいぶんと慣れた。

それに苦労も多いけど、テオのように何でも話せる友人ができたことは素直に嬉しいことでもある。

サキ

それで、わざわざ深夜に個別トークで話しかけてきたって事は、何か用事があったんじゃないの?

テオ

ごめん、つい脱線した

テオ

実は今月のパーティなんだけ……。
もうすぐテオとルースがここにきて1ヶ月だから、それをテーマでやろうってナミナと話してたんだ?

テオの言葉に、私は彼が相談したかったことを悟る。


『奇跡』の中では、基本的に娯楽はない。


それ故、彼らは一月に一度様々な理由をつけてお祝い事をしている。

サキ

次は『1ヶ月目のお祝い』がテーマなのね?

テオ

お祝いといえるかどうかはわからないけどね

確かに力を使い果たし眠っているこの状況は、お祝いをするようなめでたい事とは言えないかもしれないけれど……。

サキ

でも先月やった、『ジイジの入れ歯から金歯が抜けた記念』よりはずっとましじゃない

テオ

あれはまあ、祝うことがほとんど無かったから……

サキ

そもそもあのころは、テオとジイジとナミナしかいなかったしね

テオ

その前に、一気に卒業しちゃったからな……

テオの言葉に、私はかつて『奇跡』の中にとらわれていた勇者達のことを思い出す。


力が回復したら目覚めるという女神の言葉通り、勇者達はある程度の時間がたつと、『奇跡』の中から解放される。


平均的に言えば、勇者達の目覚めは最短で2ヶ月から4ヶ月ほどでやってくる。


唯一テオだけは例外的に長いが、ジイジがいまで約4ヶ月、ナミナが約3ヶ月目だ。

サキ

ジイジとナミナも、そろそろかな

テオ

ナミナはまだ兆候がないらしいけど、
ジイジはあの調子だからきていても判断がつかないだろうな

目覚めには本人にしかわからない兆候があるらしい。


けれどジイジは少々ぼけが進行しているので、正直兆候を読み取れるとは思えなかった。

サキ

いつも思うけど、ジイジってよくあの調子で勇者になれたわよね

テオ

ここにきたときからあの調子って事は、たぶん眠る前からぼけてたって事……だよな

サキ

それなのにもう6ヶ月もいるって事は、それなりに強い力を使ったんだろうし……

テオ

実は、すごい人……なのかもな

サキ

ルースとどっちがすごいかな。彼、どこかの国の王子様なんでしょ?

テオ

王子で勇者か……。
それだとまあ、あんな性格にもなるよな


遠い目をするテオから察するに、どうやら彼には相当苦労しているらしい。

サキ

確かにルースって今までで一番我が強いっていうか……自由でわがままっていうか……

サキ

正直、レンより子供に見えるときある。
自分の思い通りにならないとすぐ拗ねるし

テオ

レンはむしろナミナあたりよりも大人だぞ。ナミナは年齢的にはかなり上みたいだが……

サキ

んっ? かなり……?

テオ

ナミナ、あいつ俺たちよりたぶん上だぞ

サキ

えっ!?
年下だと思ってたけどもしかして30代?

テオ

それも後半

サキ

えーーー、あんなに綺麗なのに!?

テオ

綺麗って、アレ男だぞ

サキ

いやその、それは知ってるけど……

あのもちもちの肌と美しい髪を思い出すと、少し凹む。

サキ

なんか負けた気分

テオ

安心しろ、サキの方が綺麗だ

サキ

きゅ、急にお世辞いわないでよ。
テオは顔が無駄にいいんだから、照れる

テオ

無駄にって何だよ無駄にって

サキ

っていうか、みんな無駄にいいよね。
ジイジはまあ、ジイジだけど

テオ

ジイジだって、昔はすごいハンサムだったかもしれないぞ

サキ

……だめだ、想像つかない

テオ

言ってる俺も、あんまつかないかも

二人してジイジのしわだらけの顔を引き延ばそうとしたが、若くて美しい青年の顔はいくらやっても出てこない。

テオ

やばい、ちょっとおかしくなってきた

サキ

綺麗なジイジとか、ちょっとおもしろいよね

そうして、ふたりでしばらく笑いあう。

真夜中にふたり、こうして無駄話する時間は本当に楽しい。

私たちの間にある大きな隔たりなど無いような、そんな気分にすらなる。

だけど……。

サキ

いつか、テオも奇跡の中からいなくなっちゃうんだよね……

そう思うとたまらなく寂しくなる瞬間があるのも事実で、私はぎゅっと携帯を握る。

テオ

そろそろ、寝るか?

言葉数が少なくなった私を気遣ってか、テオが優しく促す。

サキ

うん……

それに答えて、私は携帯から手を離そうとする。

そんなとき……

ジイジ

たいへんじゃーーーーーーーー!

突然、私の脳裏にいつになく真剣なジイジの声と顔が乱入してきた。

テオ

なんか、ジイジが叫んでるからいってくる

サキ

うん。わかった

たぶんジイジは実際に叫んでいたのだろう。


血相を変えたテオがこちらに背を向けるのを見て、私は何があったのかと不安に思いつつ、部屋へと戻った。

こういうとき、何もできない自分が、なんだかとても悔しかった。

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