第2話 オートマタの耳石
第2話 オートマタの耳石
君は、自動機械人形(オートマタ)か……
店主がつぶやくと、少年はなんだか照れたように耳をかき、
まあ、ね
と笑った。
〈螺子式骨董発明店〉などという看板を下げているため、店主はこれまでも夢の自動記録帖や真昼用天体望遠鏡といった、奇妙な機械の修理を依頼されたことは少なからずある。
しかし、機械のほうから修理を依頼されたのは、今回が初めてである。高級百貨店のショーウンドウに立って、流行りの服を見せつけながら冷ややかな笑顔を向けて来る服飾用自動人形以外で、自動機械人形を見るのも初めてだった。
めったにない機会だ。そう思うと、店主の手のひらはわくわくと震えた。
じゃあ……そうだね、ちょっと見せてもらうよ
はあい
店主は時計修理用の拡大鏡を目にあてがい、少年の白い耳をのぞきこむ。
複雑に入り組んだ歯車の向こう、人間ならちょうど蝸牛管が渦を巻くあたりに、ゆるみかけたゼンマイが見えた。
歯車はどれも独自の命を持っているかのようにそれぞれの速さで回転している。まるで少年の胸を開いて、心臓の鼓動を見つめているような気がした。
ゼンマイがゆるみかけているね。あと、歯車にも少し油と汚れがある
え~、嘘。耳そうじはいつもしてるよ
本当?
ほんとほんと
…………
え、なんなの。信じないの?
いや、自動機械人形も口からでまかせって言えるんだな、って関心した
ええ?!もう、なんなんだよ。失礼だよ!僕はお客なの
ああ、そうでしたね。失礼いたしました。それでは、お耳の汚れを先に落としましょうか
なんかムカつく
店主は長めの綿棒を探し出すと、油用の洗浄液にひたした。
じゃあ、行きますよ
そう言って、店主が綿棒を少年の白い耳の奥に入れた。とたん、
ひゃあ!
と少年は飛び上がった。
あ、危ないなあ。じっとしてなきゃだめだよ
わ、わかってるけど。くすぐったいんだもの
ほら、おとなしくして下さいよ
わかってる~~けど~~!
もう、しょうがないな
店主は腕まくりをし、綿棒を持ち直すと、ひじと足でもって少年を机の上に押さえつけ、ぐいっと綿棒を差し込んだ。
きゃっ
黄色い悲鳴が店に響いた。しかし、それは少年のものだけではなかった。(半分は少年の悲鳴でもあった)
少年を押さえ込んだまま、店主は顔だけ入口に向けた。
扉が開き、そこから女性が半分だけ体をのぞかせていた。
ああ、リリエンタールさん。これは……
リリでいいわよ。気にしないで。どうぞ続けて頂戴
そう言ってさっさと店内に入ると、積み上げられた木箱の一つに腰を下ろした。
ここで見てるから
見てるって、何を。
店主はつっこみたい気もしたが、それよりも綿棒をつっこまれたままの少年がひーひー言ってもだえているので、先にそちらを片づけることにした。
ようやく汚れをぬぐい、ゼンマイを巻き終えるころには店主は汗まみれ、少年はぐったりとなっていた。
はあ、とにかく、これできれいになりましたよ
うう……あ、ありがと
耳の調子はどう?
少年はぽきぽきと首を回しながら、左右の耳をぽんぽんと手で叩き、
うん!よくなった
ほっ、と店主は息をついた。なにせ、時計や天文器具は修理した後、感想を述べたりしないものだから。
これ、お代になるかな
少年の手のひらには小さな歯車が3つ組み合わされたものが2つ乗っていた。
何だい、これ
僕のジセキ
ジセキ?
耳の石、と書いて耳石
ふいに話に入ってきたのは、木箱の上に座って頬杖をつきながらこちらを眺めていたリリエンタール、自称リリである。
耳の奥にある平衡感覚を知るための器官よ。海辺を歩いていると、鯨の耳石が打ち上げられていたりするんですって
そう、それ
と少年はうなずく。
この前のオーバーホールの時に交換したの。これはその時取り出した古い耳石
ほう
3つの歯車が少年の耳の中でくるくる回っている様子を想像しながら、店主は手の中で自動機械人形の耳石を転がした。
ぱたん。と音がして目を上げると、すでに少年の姿は扉の向こうに消えていた。
店主はちょっと笑って肩をすくめると、1対の歯車をアルミの小箱に入れ、引き出しにしまった。
その耳石とやらで修理代になるのかしら
さあ、どうでしょうね。ガラクタを押し付けられたのか、唯一無二の珍品をゆずってもらったのか……。どうでもいいですけど、勝手にゼンマイ仕掛けの蝶を時計から逃がそうとしないように
し、してないわよ!ちょっとどんな仕組みか見てただけだから
そう言って、リリエンタールは蝶が羽ばたく懐中時計のふたをさっと閉めた。
さて、今日は何をお探しですか?
ああ、あのね。ちょっと作ってもらいたいものがあるの
つづく