第1章 北風イヤードロップ
第1章 北風イヤードロップ
その町は、時の流れの吹き溜まりだと言われている。
曲がりくねった路地のわきには、誰も名前を知らない細い路地が蜘蛛の巣のように広がっている。どこに行くのかも示さない、骨折した蛇のような路地裏を行くと、ふいに、その店に行きあたる。
行き当たらないこともある。
だから、もしその店を見かけたなら、ぜひ立ち寄ってみるといい。もう二度と行けないかもしれないから。
その店の黒い扉には、《螺子式骨董発明店》とある。
すすけた店はひどく小さいが、琥珀色にくすんだ窓ガラスをのぞき込むと、そこには奇妙なものが雑多に積み上げられている。
機械仕掛けの蝶が羽ばたく懐中時計、
クルミの殻に入った25種の花粉、
蜻蛉の羽で作った百色眼鏡、
一角獣の頭蓋骨、
そんなものが置かれた棚が、細長い店の奥の奥まで続いている。ずっと奥に、重々しい木の机があり、戸棚や道具入れ、紙束、天秤などにうずもれながら、この店主が作業に勤しんでいる。
古びた店に似合わず、店主は若い。焦げ茶色の髪の下で、いつも困ったような形になる眉をさらにひそめて、淡い青緑色の針状の鉱石を薬匙で硝子瓶から掬い取り、天秤で慎重に計っている。
カランと扉が開き、北風が吹き込んできた。
店主が目を上げると、少年が扉の隙間からするりと店に入ってくるところだった。
目深にかぶった帽子を取って、小麦色の髪の毛をくしゃくしゃとかきまぜ、また帽子をかぶりなおすと、少年は店を見まわした。
鉱石で作られた小型発電機や、銀板に写しこまれた大昔の帆船、異国の植物の種を並べた小指ほどの試験管などが並んだ棚をいちいちのぞき込みながら、少年は店主のほうへやってきた。
いらっしゃいませ。何かお探しですか
うん。えっとね……
そういいつつ、少年は店主の手元をのぞき込み、
ていうか、それなにしてるの?
薬匙にこんもり盛られた鉱石を指して言った。
薄荷(はっか)鉱石(こうせき)を計ってるんです。鉱石といっても、本当は石じゃないんですけどね。薄荷が何百年もかけて凍り付いて、水分が抜けて、成分が鉱石のように結晶化したものをそう呼ぶんです
何にするの?
小さな硝子の管に入れて、ネックレスに仕立てるつもりですよ。昔のご婦人たちはこれをダンス・パーティーの時に胸につけて、キスの瞬間にそなえたとか
ふうん、と少年は口を尖らせた。信じているのかいないのか微妙な表情だ。
あの、ところで、ご用は……
ああ、あのね、耳がちょっとぼんやりするんだ
そう少年は言って、半分に割られた白い巻貝のような耳を店主に向けた。
うちは医者じゃないので……
言いかけて、店主は口をつぐんだ。
少年の耳からはチリチリと音がした。
机に身を乗り出してのぞき込むと、少年の耳の奥では、幾つもの小さな歯車が回転木馬のように几帳面に回っていた。
さらにその奥には、蝶の舌のようにくるくると巻き上げられたゼンマイが、やわらかにほどけようとしていた。
つづく