第3話 タンポポ・フィラメント

あのね、ちょっと作ってもらいたいものがあるの

そうリリエンタールは言って、おもむろに設計図らしきものを店のカウンターに広げた。

それは巨大な鳥の骨のように店主には見えた。
木で作られた骨格に布の羽が張られている。頭部はないが、腹の部分に座席らしきものがあり、ペダルを漕ぐことで起動する仕組みのようである。

これを僕に作れと……

馬鹿ね。そんなわけないでしょ

そうぴしゃりと言われると妙に傷つくものであるが、店主は平静を装う。

それでは何を

機体はもうできてるの。何度か試験飛行もしたし。で、今度、夜間飛行をしてみようと思うんだけど、それには照明がいるのよね

照明……ですか

前を照らすというより、周りから見えるようにする目印って感じね。翼のふちにぐるっとつけたいの。それには電源もなく、熱くもならず、小さく、軽い照明がいいの。でも……

そんなものはない

そうなのよね


困っちゃうでしょ。まるで他人事のようにリリエンタールは言い、鞄からすっと革の小袋を取り出した。

だから、ないなら作ってよ。発明家さん


ちゃりっと手のひらに乗せられた袋の重さから、店主はそれ相応の前金が手渡されたと推測した。

やれやれ、どうしたものか。
骨董発明店の椅子をきしませてあれこれ考えてみるが、一向にそれらしい材料が思い浮かばない。光を発生させるものは色々ある。北の岩陰に生えるヒカリゴケ、湿った森の底に光る月夜茸(つきよだけ)、自動機械人形の付属品として製作された電気羊の羊毛など。

しかし、いずれも地面から抜いたり、本体から切り離せば光を失うものばかり。

駄目だ。今日はもうやめ


店主はぐんと伸びをすると椅子から立ち上がり、店の扉に〈閉〉の札を出し、裏口から西の方角へと裏路地をずんずん抜けて行った。

この街の西には広大な森が広がっている。野生動物や希少種の植物や昆虫が多いため、本来は立ち入りが制限されているが、店主はこの森の鬱蒼とした青い暗がりが好きで、仕事で煮詰まるとこっそり散策に出かけるのだった。

すでに日も暮れ、宵闇が森のあちこちから染み出していたが、不思議と暗くはなかった。街ではほとんど見ることのできない夜空の星が、森の上ではざわざわと輝いて、夜空そのものが青く光るのだ。

以前、星狩りを見たな。あれはいつだったか


夜空から落ちた流星がきんきんと硬い音を立てて森に降り注いだ日。大きな青いスモックを着た集団に店主は遭遇したのだった。彼らは皆、黒い山高帽をかぶり、黒いマフラーで顔を隠していた。

彼らは計算された動きで森の中を走り回り、星が落下してくる地点でスモックのすそを広げ、雹のように降る星を集めていた。

星狩りは何十年、あるいは何百年に一度の荒稼ぎをする集団だと聞いていたので、店主は木の陰からこっそりのぞき見ていただけだった。闇の中で、星が空気を切って落ちるきん、とした音と、それを追う星狩りたちの素早い足音だけが森にあふれた。

星が降り終わると、いつの間にか星狩りたちの姿は消えていた。木の陰からようやく身を起こした店主があたりを見回すと、草の中にぷつりと光るものがある。店主はそっと身をかがめると、手の中で温めるように包みこみ、こっそりと店に持ち帰った。

今でもその星は店のどこかにあるはずだった。ただし、誰にも見つけられない棚の、誰にも知られない箱の中に入っている。それは店主だけの秘密だった。

気が付くと、これまで来たことのない場所にいることに店主は気づいた。

これはすごい


鬱蒼とした木々が途切れ、わずかに開けた草地には一面のタンポポが広がっていた。それはただのタンポポではなかった。今にも飛び立とうとしているそのタンポポの綿毛は、まるで電気を帯びているかのように仄かに、しかし力強く光り、森の闇の底を光の畑に変えていた。

店主がそっと綿毛に触れると、それは店主の指先に吸い付くように付着した。ちょうど静電気を帯びているように。綿毛は店主の指先でも一向に光を失う様子はなかった。おそらく、水に触れるまで種が芽を出さぬように、この綿毛も光を失うことはないだろう。

これだ

店主は独り言ちると、すぐさまポケットからいつも携帯している採取用の三角紙を取り出し、綿毛を丸い球のままそっと手の中に包んで摘み取った。半透明の三角紙の中でも綿毛は電球のフィラメントのように、ぼうっと光を放った。

その時だ、店主の肩を誰かがぽん、と礼儀正しく、しかし断固として叩いたのは。

第3話 タンポポ・フィラメント

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